第三十六話 VTuberになったが配信切り忘れたら盛り上がってた

「わ、わ、難しい。倒せるかな!?」


 ある一角、事務所に作られた個室スペース内で、風花がテレビゲームをしていた。

 その並びには、パソコンや風花をキャプチャーする機材が置かれている。


『ゾンビだ、やれー!』

『倒せー、倒せー』

『フウちゃん、逃げるんじゃない、戦うんだー』


 右下には彼女を応援するコメントが流れていく。

 画面上には、二次元のアニメ絵が風花の表情と同じ顔をしている。

 頭の上には天使の輪っかが付いていて、背中にはもふもふの白い羽根。

 顔は風花に似ているが、どこか違う。


「はわわ、ダメでした……」


 今は安藤風花ではない。

 彼女は今、Vtuber天使、フウちゃんなのだ。


『お疲れ様でした!』

『楽しかった』

『おつうう!』


 配信を終えると、風花が「ふう」と溜息をついてヘッドセットを外した。


 俺はそっと飲み物を手渡す。


「お疲れ様。もう随分と慣れてきたんじゃないか?」

「まだまだですよ……。でも、楽しいですね。Vtuberも、ゲームも!」


 実は先日、うちの会社の支部でVtuberの事務所が設立されたのだ。

 そこのキャンペーンガールとして、一時的にだが安藤風花にやってほしいと依頼が来た。


 しかし俺を含めて上司にそんな知識はなく、1から勉強してようやく乗り込めた、という感じだ。


「楽しそうだもんな。何より、リアルタイムでコメントが来るのが凄い。まあちょっと不安なやつもあるが」

「そうですね! でも、ファンをより身近に感じられるので、とても良いことです!」


 本来Vtuberは素性を隠すが、風花に至ってはそうではない。

 といっても表向きは隠しているが、バレバレの宣伝みたいなものだ。


 今や登録者数は数十万人を超えているので、宣伝効果としては上々と言える。


 だがここまで来るのにも苦労した。


 まずキャラクターデザインを外注し、神絵師と呼ばれる人に依頼。

 そこからキャラクターモデリングで動くようになり、アニメーションの作成で風花の表情を作ってもらう。

 後はライブストリーミング用の設定の勉強をして配信、そしてキャプチャーを何度も繰り返しようやく配信をできるようになったのだ。


 専門家に来てもらってはいるが、マネージャーの俺がよくわからないんです。と言えるわけがない。

 ということで、ここ数ヵ月で俺はすっかり勉強していたこともあって、Vtuberの虜になっていたのだった。


「そういえば雨宮メメちゃんのゲームの動画おもしろかったな」

「見ました見ました! 声が可愛いですよね」

「ビビるちゃんのホラーゲームも良かった。今度やってみるか?」

「むむむ、ホラーは怖いなあ……」


 やはり十代というべきか、風花は基礎知識どころか有名どころを自然と知っていた。

 それだけではなく好きだったこともあり、配信も凄く上手なのだ。


 近々有名人とのコラボもあるとのことなので、それも楽しみである。


「そうか、とにかくお疲れ様」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 最近は頭を撫でることが多くなった気がする。

 風花も喜んでくれるので一番感謝を伝えやすい。


 まあ、俺がしたくなるってのもあるが。


「ねえ式さん、だったら一緒に勉強しませんか?」

「勉強?」

「はい! 勉強です」


 ◇


 狭い渡り廊下、天井に灯りはない。

 突き進んでいくと、奥に何か人影が見える。


「はわわわ」

「風花、ビビるんじゃない。頑張るんだ」

「で、でも殺されるかもしれないですよ!?」

「大丈夫、イケイケGOGOだ」

「なんか、その言い方おじさんっぽいです」

「普通に傷つくな……」

「えへ、って、きゃああああああああああ!?」


 人影から出てきたのは、犬のお化けだ。

 そして画面にゲームオーバーと表示されてしまう。


 勉強とはゲームのことだ。

 ちなみに今は事務所は全員出払っているので、誰もいない。


 ある程度気兼ねなく伸び伸びとしていた。


「難しいです……」

「そうだなあ、でもここをクリアすれば次のステージにいけるんだろ?」

「そうですね、ほかの実況者さんは割と難なくクリアしているそうです」

「だったら頑張ろう。確かに怖いが、視聴者さんはこのゲームが好きな人が多い。喜んでもらおう」

「はい!」


 そして俺たちは何度もゲームオーバーになりつつ、怖がりつつ、恐怖で叫びつつ見事にクリアした。


「やったああ! やりましたよ、式さん!」

「よくやった風花! これで次の配信もばっちりだ!」


 思わずハイタッチ。

 努力を重ねてクリアする風花の姿は恰好良かった。

 こういう裏での努力を見せられないのは残念だが、それもまた風花の良さだ。


 そのとき、パソコンがチカチカと光っているのに気づく。


「……ん?」


 ゆっくりと近づく。

 するとなんと、画面が動いている事に気づいた。


 いや、配信が――まさか。


「風花……」

「なんですか? 今、どこにお化けが出るのかメモしています!」

「ちょっと待ってくれ、配信切ったよな?」

「え? どういうことですか? ゲームは終了しましたけど」

「ええと……嘘だよな……」


 おそるおそる配信画面を開くとコメントが鬼のように流れていた。


『ようやく気付いた(笑)』

『マネージャーとこんな仲良いのびっくりしたけど、頑張り屋さんすぎて泣けた』

『こんな遅くまで視聴者の為に頑張るとか偉すぎだろ』

『ハイタッチ可愛すぎるんだが』

『やきもち通り越して感動した』

『式さん、僕たちはあなたを支持します』

『私、式さん推しになりました』


 ……え、ええええええええええ!?


「風花、配信が切れていないぞ!」

「え、うそ!?」


 どうやらカメラもばっちり映っていたらしい。

 何かヤバイコメントがないのかと焦ったが、どれも肯定的なものばかりだ。


 どうやら視聴者を楽しませようと頑張っていたことが好意的に受け取ってくれたらしい。


「え、ええと……これも含めて、ネタでしたー」

「で、でしたー!」


『流石に嘘すぎる笑』

『微笑ましかったから誰も怒ってませんよ』

『ゆっくり休んでね』

『最高でした、おやすみなさい』


 どうやら誰も信じてくれなかった。まあ当たり前か……。


 翌日、この出来事がSNSでバズりにバズってトレンド入りした。

 『安藤風花、マネージャーと裏での努力』と書かれたスレッドがあり、そこには俺たちが必死にメモしたり、Vtuberでどうやったらみんなが喜んでくれるのか話し合っている姿が映し出されていた。

 

 しかしそのおかげで社長から褒められ、評価はうなぎのぼりに。

 だだ小松原さんからは「不幸中の幸いね、次からは気を付けなさいよ」としっかりお叱りは受けたが、登録者数は三十万人を超えた。

 

 後日、「本日の式コーナー」という動画をアップすることとなり、なぜか俺も人気になってしまったのであった。

 

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