第三十五話 BBQでは秘密の話がいっぱい

「もうすぐ第一陣が焼けますよ」

「ありがとうございます。今泉さん、手慣れてるんですね」


 ホテルの中庭、機材や材料も全てホテルが用意してくれていた。

 あたりには人口芝が敷き詰められ、奥にはプール、ウッドデッキの中で、肉や野菜を焼いていた。


 紬ちゃんと風花は二人でSNS用の写真を撮影している。

 傍から見ればただの自撮りだが、あれも立派な仕事の一つ。


 それをわかっているので、香苗さんと二人で共同作業していた。


「いやいや、大したことしてないですよ。もしかしたら独身歴が長いからかもしれないですね」

「え? 今泉さんってご結婚されてないんですか?」


 香苗さんがハッとする。本当に驚いているみたいだ。


「恥ずかしながら……彼女も随分といないですね」

「意外です、こんな素敵な人が」

「はは、そう言われると嬉しいです」


 芸能マネージャーってのは人と接することは多いが、そこから先へステップアップすることは少ない。

 そもそも仕事中なので何を言ってるんだと思われるかもしれないが……。


「私も早くいい人見つけないと、紬もいますし」

「え? というと?」

「あれ? 言ってませんでしたか? 私、バツイチなんですよ」

「そうなんですか、全然知りませんでした」


 驚いた。いや、本当に驚いた。

 香苗さんは超がつくほどの美人だ。多くの芸能人を見てきた俺でも驚くくらい目鼻立ちはしっかりしているし、背筋だってピンと伸びている。

 足もスラリと長く、なんだったら今からでもモデルになれそう。


「今泉さんみたいな人と一緒だと仕事に理解もあって日々楽しそうです」


 耳に息が降りかかりそうな感じで、ふふふと笑う。


 その時、『私、もっと今泉さんのこと知りたいんですよ』を思い出した。


「式さん」

「え? は、はああい!?」


 気づいたら風花が隣にいた。ジト目だ。

 こういう時の風花はなぜか機嫌が悪い。一体なんだろうか。紬ちゃんと何かあった、とか?


 香苗さんはいつの間にか離れていて紬ちゃんと談話している。


「なんだか楽しそうでしたね。ちらちら見てましたけど」

「そうか? 普通に話してただけだよ」

「そうですかでも、褒められた時の顔してましたよ」

「……なんでわかるんだ?」

「いつも見てるので」


 まるで恐怖映画のシーンみたいな発言をしながら、口をとんがらせるような仕草で、俺を見つめる。

 うーん、なんで、なんでだ!?


「とりあえず、食べようか!」

「はい」


 うーん、風花のことはまだまだわからないな。


 ◇


「このお肉、美味しいですねえ」

「ああ、最高だな」


 とはいえお肉を一口頬張ると、風花の表情が柔らかくなった。

 少人数ということもあり、ある程度焼き終えたところで、テーブルを囲って食べている。


「それにしても風花ちゃんの演技凄かった、私も負けられない」

「ええっ!? そんなことないよ。紬ちゃんのほうが迫真の演技だった」


 会話からも見てわかる通り、二人は随分と打ち解けてた。

 プライベートでも何度か遊んでいるらしい。といっても、ファミレスでご飯を食べたりゲームセンターといった子供らしい遊びだが、俺も嬉しかった。


 途中、香苗さんのお茶が切れていたのでサッと用意する。


「今泉さんは気が利きますねえ。流石敏腕マネージャーと言われているだけあります」

「いえいえ、そんなことないですよ。このくらい誰にでもできますし」

 

 あまり褒められることがないので、いざこうやって対面で言われると恥ずかしくなる。


「そうですよね、式さんってもの凄く気が利くし、美人さんに優しいし、気配りに溢れてるし、美人さんが好きですよね」

「あら、私のことを美人さんって言ってくれるの? ありがとう、風花ちゃん」


 風花が、再びジト目で俺を見つめてくる。いや、睨んでいる。

 うーん、もしかしてだけどヤキモチを妬いているとか? いや、でも流石にそれはない……?


 それからも撮影の話だったり、プライベートの話で盛り上がって、そろそろ解散しようとなった。


 俺が椅子やテーブルを片付けていると、香苗さんと風花が二人で洗い物をしている。

 何か会話をしているみたいだが、気になるな。


「モテモテですね」

「え?」


 隣で片付けを手伝ってくれていた紬ちゃんが、ふとそんなことを言った。


「うちのお母さん、今泉さんのことがタイプみたいです」

「……はい?」

「気が利いて、物腰が柔らかくて、それでいて真面目で」

「は、はあ……ありがとう?」


 よくわからないが、褒められているみたいだ。――と思ったら、人差し指をピシッと。


「でも、まだ認めていません。私のお母さんは素敵な人なので、見極めてあげます」


 何故いきなりこうなるんだと思ったが、ヤキモチなのだろうか。

 否定するのも変なので、ひとまず苦笑いで答える。


「取らないよ、そもそも俺のことはどうも思ってないはずだし」

「どうでしょうね。でも、今泉さんには風花ちゃんがいるかー」


 その瞬間、ドキッとする言葉を言い始めた。もしかして風花、紬ちゃんに”俺に伝えたこと”を教えている?

 視線が泳いだのか、俺を見つめたあとに、ふふふと笑う。


「やっぱり何かあったんだ」

「な、何もないけど」

「わかりやすいですね。あなたも、風花ちゃんも」


 うーん、今どきの子供は怖い。何もかも見透かされている気がする。

 それに紬ちゃん、時々謎のオーラがあるんだよなあ。

 さすが香苗さんの娘な気がする。


 そのとき、椅子を片付けようとしていた紬ちゃんだったが、体制を崩してしまって倒れそうになる――。


「きゃあああ」


 俺は急いで駆けて身体を掴み、無事に事なきを得る。

 異変に気付いた香苗さんが戻ってくると、俺にお礼を言ってくれた。

 プライベートのBBQで怪我なんてしたら……おそろしくて声が出なかった。


「あ、ありがとうございます」

「ふう、焦った……。怪我はない? 後は俺がやるよ」

「……はい」


 そして紬ちゃんは、香苗さんに少し怒られながら立ち上がる。

 風花も心配しながら声をかけていた。


 そして片付けを終えた俺たちは、それぞれ部屋に戻ることになった。


「それじゃあ今泉さん、色々とありがとうございました。ほら、紬も」

「ありがとうございました」


 紬ちゃんが少しよそよそしくなった気がする。

 もしかして咄嗟とはいえ身体に触れたからだろうか。

 嫌だったのかな……。


「また明日、紬ちゃん、香苗さん」


 そして離れようとするまさにその時、紬ちゃん振り返って――。


「仮合格にしておいてあげます」

「……はい?」


 ピシッと再び言い放った。

 香苗さんは、何の話? と言っているが、紬ちゃんは「教えなーい」とにへへと笑って去って行く。


 そして放心状態の俺の袖を、風花が掴んで揺さぶった。


「仮合格ってなんですか? ねえ、式さん。ねえ」

「ええと、なんだろうね。なんだろう?」

 

 誤魔化しきれないが、とにかく同じ言葉を繰り返した。

 エレベーターに乗り、部屋が別なので別れようとしたが、風花の背中が悲し気に見えた。


 それを見た俺は気づけば声をかけていた。


「風花」

「はい?」


 振り返る彼女、その表情は少しいつもより影がある。


「今日は一緒にBBQが出来て楽しかったよ。明日の撮影も頑張ろうな」

「……はい! えへへ、頑張りましょうね」


 たった一言で表情が明るくなる風花の笑顔が、俺にとってなによりも大切なことなんだとわかった。


 ――――

 ――

 ―


 香苗と風花の会話。


「ねえ、風花ちゃんは式さんのこと好きなの?」


 香苗が突然に質問をぶつけた。風花は驚いて声をあげそうになるが、かろうじて抑え込む。


「ど、どういうことですか……!?」

「二人を見ていると、そんな感じがしたのよねえ」

「え、ええと、ええと!?」


 なんて答えたらいいのかわからない風花だったが、それを見た香苗さんがふふふと笑う。


「わかりやすいわねえ」

「え、えへへ、えへへー?」

「ま、そういうことならわかったわ」

「……わかったって何をですか?」

「少し様子見しようかしら」


 香苗の含んだ物言いに、風花が困惑する。

 

「……もしかして香苗さん式さんのことが気になってるんですか?」

「そうね、気になってないと言えば嘘になるわねえ」


 まさかのハッキリとした答えに、風花は更に困惑する。

 スラリとしたモデル体型に綺麗な瞳、何よりも式と同じ大人だ。


 その目配せに気づいたのか、香苗が風花の鼻にちょんっと触れる。


「まあでも、その反応でわかったわ。あなたが諦めたらにするね」

「……諦めなかったら?」

「その時はその時よ、あら、それってもう答えじゃない?」

「え? あはは、あははー」


 照れ笑いで誤魔化そうとするが、誤魔化しきれない風花だった。


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