第三十四話 私、もっと今泉さんのこと知りたいんですよ

「ねえ、答えてよ!」


 後方に山が見える道路、降りしきる雨の中、風花が鋭く言い放つ。

 そして風花は、目の前の少女の腕を無理やりに掴んだ。


「……私だって、あなたのことが……もう離して!」


 腕を掴まれたのは――以前、風花と仲良くなった藤崎紬ふじさきつむぎちゃんだ。


「私は好き。あなたが好き」

「…………」


 二人は見つめ合い、そして――。


「カットオオオオオオ! オッケエエエエエエイ!」


 えだ監督が、勢いよく叫んだ。

 大勢のADが現れると、雨が同時にピタリと止む。


「最高だよ、安藤さん、藤崎さん!」

「ありがとうございます!」

「嬉しいです」


 クレーンで吊るされた大がかりな雨降らせセットが、ウィーンウィーンと音を響かせていた。

 それからバスタオルでごしごし頭を吹いた風花と紬ちゃんが談笑しながら戻ってくる。


「えへへ、紬ちゃんの演技凄かったねえ」

「私より風花ちゃんのが迫真だったわ」


 今二人はドラマの撮影中だ。

 内容はかなり今どきで、二人は女の子同士にも関わらず恋に堕ちてしまう。

 そんな繊細な十代の心を描いたドラマは、今や大人気を誇っている。


 特にダブルヒロインの二人はネットでの評判はすさまじく、風花派、紬派は見事に真っ二つ。

 いや、俺の票が入るので一票差で贔屓しておこう。


「私の紬ほうが可愛いですわ」

「……今、口に出してました?」

「いえ、何となく表情で察しただけですよ」


 隣には紬の母、藤崎香苗ふじさきかなえが立っていた。

 相変わらずスタイルが良く美人だ。


 それとは別に最近はちょっと――。


「あら紬、良かったわ。可愛かった、本当に可愛くて可愛くてみんなの目がハートだった!」

「ほんと? 可愛かった?」


 娘を愛しすぎている気もする。まあでも、いいことか。


 ふと視線を戻すと、ジィと風花が俺を見つめていた。


「なんだい」

「隣の芝生が青く見えますね」

「芝生? このあたりは道路が続いてるぞ」


 流石に大勢の人がいる前で、親子でもない高らかに褒めることは恥ずかしい。

 とはいえ、本音は同じくらい思ってるんだが、風花にとっては不満らしい。


「そうですねそうですね~」

「冗談だよ。――凄く良かった、演技の幅も広がってきているし、何よりも可愛い」

「……ほんとですか?」

「ああ、俺が風花と同じ歳なら間違いなくこのドラマを見てファンになった。いや、惚れてるだろうな」

「ふふふ、そうですか。まあ、そのくらいで許してあげます」


 本音を伝えたところでご機嫌になってくれたので、バスタオルを取って頭を拭いてあげる。

 椅子に座ってもらい、その間に台本をチェックしてもらった。

 

 ここは都内から少し離れたところだ。

 写真集の撮影をしたときほど田舎ではないが、それなりに自然も多い。


 雨が降ってくれれば一番良かったと監督は言っていたが、そう都合よくはいかない。

 だが重要なシーンは撮り終えたので、後は駄菓子屋さんで紬ちゃんと話をしながら微笑むシーンで終わりだ。


 明日も撮影があるので、今日は近くで泊まることになっている。

 ちなみに藤崎さん達も同じホテルだ。


 その時、香苗さんが声をかけてきた。


「今泉さん、今日の夜ご飯なんですが、良かったらホテルのお庭でBBQしませんか?」

「BBQですか? そんなの出来るんです?」

「はい、お聞きしたところお借りできるみたいです。ただ、少人数なので、私たちだけで良ければなと」


 紬ちゃんは、少しモジモジしながら風花を見ている。

 ああ、そういうことか。


「風花は?」

「もちろんしたいです!」

「だったら俺は構いませんよ。楽しみです」

「ありがとう、だったら話をしておくわ」


 そして二人は再びシーンの撮影へ。

 俺と香苗さんは隣でまたそれを眺めていた。


「今泉さん、気を利かせて頂いてありがとうございます。紬、あれからも風花ちゃんとメッセージのやり取りはしているんだけれど、なかなか会えなくて寂しがってたんですよ」

「お互いに忙しいから仕方ないですよね。こちらこそありがとうございます」

「それと」


 すると香苗さんは少しだけ含みを持たせた言い方で、間を開けた。

 何だろうと思っていると――。


「私、もっと今泉さんのこと知りたいんですよ」


 耳元で囁かれた瞬間、少し離れてから振り返り、俺に向かって片目をウィンク。

 俺は某立ちしながら、その意味を考えていた。


「……え、え、え!?」


 けれども結局、わからずじまいだった。


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