第三十三話 健全なお泊りと新しい家族

「ニャン太、綺麗になったねえ」

「にゃお!」


 風呂場から聞こえる風花の明るい声と猫の鳴き声。

 以前も風花は雫と風呂に入っていたが、今は二人きりなので状況が全く違う。あ、猫は別として。


 無音だとなんだかこそばゆいので、テレビをつけているが、気が気でない。

 事前にバスタオルは用意した。パジャマは雫のを用意しようと思ったが、なかったので俺のジャージを。

 シャンプーとリンスもたっぷりあるはず。


 俺は敏腕マネージャー(自称)だ。決してラブコメのような展開があってはならない。

 万全を期してお風呂にいってもらっている。


「式さーん!」

「は、はいい!?」


 と思いきやなぜか呼ばれてしまう今泉式26歳。

 一体……何が足りなかったのだ……。


 ゆっくりと身長に歩いて風呂場に到着。

 曇りガラスの先では、風花がいるのがわかる。

 脱衣所には、彼女が脱いだ服が畳まれていてドキっとする。


「ど、どうした?」

「ニャン太だけ先に渡すので、拭いてもらえませんか?」


 そういえばそうか……。

 ニャン太は湯舟に漬かれるわけじゃないもんな。


「なので、少しドア開けますね?」

「は、はい」


 今泉式に緊張が――走る。


 ドアがガチャリと開き、隙間からにょきっと風花の手、そしてニャン太が鳴きながら出てきた。

 水はある程度拭きとってもらったらしいが、まだびちょびちょだ。


「式さーん、お願いしますー」

「合点承知の助!」


 風花はまだ子供、そして俺の雇用主みたいなものだ。

 変なことは考えないように……。

 ニャン太を丁寧に受け取ると、ゆっくり地面に下ろしてバスタオルの上に乗せた。

 扉が閉まって、ようやくホッと一息。


「ふう、よし綺麗にしてやるぜ」

「にゃあお」


 元々真っ白だったが、更に綺麗になって毛がふわふわになっている。

 今まで猫なんて飼ったことはないが、見ているだけで癒されるものだな。


「はああ、気持ちい。――式さん、一緒に入りますー? あったかいですよー」


 ドア越しに聞こえる風花の冗談を聞こえないふりしつつ、ニャン太を連れて急いでリビングへ。

 まったく、大人を揶揄うんじゃないぞ!


 頑張ったご褒美にニャン太をなでなでしていると、風花がお風呂を終えてやってくる。


「気持ち良かったです。このシャツって式さんのですか?」

「そうだけど、何してんだ……」


 風花が萌え袖になっている部分を鼻でくんくん。

 何度もくんくん。


「えへへ、凄く式さん匂いがします」

「……もしかしておじさん?」

「いえ、式さんの匂いです!」

「どういう匂いだ……」


 よくわからないが、凄く良い匂いらしい。

 まあ、悪い気はしないが……。


「にゃーお!」

「じゃあ選手交代だな。風花、ニャン太を頼んだ」

「はーい! あ、洗濯物を置いたままなんですが、いいんですか?」

「ああ、乾燥機が付いてるからついでにやっておくよ」

「はーい! ニャン太、遊ぼー!」


 可愛い二人を横目に再び脱衣所へ。


「ふう、ようやく落ち着いて来たな」


 この状況にも慣れてきたのかもしれない。

 風花が脱いだ服を洗濯機に放り込もうとしたら、ハラリとピンク色の何かが落ちる。

 透明っぽく、それでいて薄い。


「ん……?」


 次の瞬間、それが下着だとわかった。

 リボンが付いていて、ちょっと透け感もあり、それでいて綺麗な色だ。


 今どきの中学――え、えええと!? 何言ってんだ俺!? こんなとこ見られたらまずい!?


 慌てて拾い上げた瞬間、風花が――。


「式さん、ニャン太が――え!?」

 

 下着を持ち上げている瞬間を見つけてしまい、その場で風花が固まる。

 あと、俺の上半身が裸と言うセット。


「あ、いやこれは!? 落ちて拾っただけで!?」


 じぃと見つめる風花。


「ふふふ、式さんも”男の子”なんですねえ」


 それからゆっくり微笑んで、去っていった。

 間違いなく勘違いしている。

 慌てて叫び訂正したが「はいはーい」と軽くあしらわれてしまう。


「はあ……しっかりしろ。俺は大人だろ」


 気持ちを持ち直して洗濯物をセット。

 風呂に入って体を洗って、湯舟にゆっくり浸かった。


「ふう……最近、ちょっと油断しすぎだよなあ」

 

 ネットの恐ろしさ重々承知している。

 やっぱり二人で泊まるのは危険だ。いやまあ、ニャン太もいるが……。


「……雫のとこにいってもらうか」


 なんとか説得し、車で風花を送ろうと思い風呂を出た。


 だが――。


「すうすう……」

「にゃお……」


 風花とニャン太は遊び疲れたかのように、ベットを机のように突っ伏して寝てしまっていた。

 その寝顔はまるで天使だ。


「可愛いな……」


 この写真をネットに掲載したら間違いなくバズるだろう。

 だがそんなことはできない。


 ま、これはマネージャーの役得にしておこうか。


 風花に近寄り体を抱き抱え、そっとベットに寝かせた。

 ニャン太は自分で起き上がって、いそいそ風花の首元に移動する。


「いい子だ。暖めてあげてくれ」

「にゃお……」


 気づけば笑みがこぼれていた。

 これが幸せかなと思いつつ、俺も欠伸が出る。


「おやすみ、風花」

「すうすう」


 彼女の頭を撫でたあと、俺は床に毛布を敷いて横になり、すぐに意識を失った。


 ◇


「式さんー、おはよーございまーす」

「にゃーお!」

「んっ……」


 寝ぼけ眼で目を覚ますと、机には朝食が並べられていた。

 卵焼き、ウインナー、炊き立ての白ご飯、海苔、卵。


「旅館に来てたっけか……。なんで風花が……あ、ああ!?」


 忘れていた。昨日、泊まっていったんだった。

 それと朝ご飯を作るので冷蔵庫を使わせてくださいと言っていた気がする。

 

 既に乾いた制服姿に着替えも済んでいる。

 今日はここから学校へ行くということか。


「ほらほら、朝ごはんですよー」

「ああ、ありがとう」


 風花に腕を掴まれて起き上がると、顔洗って着席。

 みそ汁の匂いが鼻腔をくすぐる。


「天才か?」

「えへへ、簡単なものばかりですよ」


 ちなみに当然だが、どれも美味しかった。

 特に卵焼きは絶品で、塩加減が程よくご飯も進んだ。なんと朝から二杯も。


「えへへ、いい食べっぷりですね!」

「毎日でも食べたいくらいだよ。そのくらい美味しい」

「だったら毎日作りましょうか?」


 雫のエプロンを付けた風花が、にへへっと笑う。


「これからはお母さん役の演技も出来そうだな」

「あ、誤魔化したー!」


 誤魔化すよ。だって、本当に甘えてしまいそうだからな。


 ◇


「じゃあ、気を付けてな。本当に玄関でいいのか?」

「はい! 駅まで近いので大丈夫です! 式さんは休みなのでゆっくりしてください!」


 風花は、背筋を伸ばし、冗談交じりにピシッと敬礼する。

 そういえば前にハンバーグを作った時は逆だったと思い返す。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます。あ、魔法――」

「ほら」


 してほしいことはわかっていた。目が訴えかけていたからだ。

 頭をなでなですると、満足そうに再び微笑む。


「じゃあまた夕方に来ますね!」

「ダメだ。今日は家に帰りなさい」

「むう……わかりました。ニャン太を宜しくお願いしますね」

「にゃお?」


 ニャン太にお別れをいって、風花は学校へ向かっていった。

 俺はしゃがみ込んでニャン太を持ち上げる。


「さて、ニャン太」

「にゃお?」

「お前の家は今日からここでいいか?」

「にゃお!」


 そうして俺は、ニャン太を飼う事に決めたのだった。



 あ……でも、そうなるとまた風花が家に来る可能性あるのか……?




 

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