第二十六話 初めてのファンミーティング
ファンミーティングという言葉を聞いたことはあるだろうか。
タレントや芸能人、今の時代だとSNSのインフルエンサーが行っていたりする。
一般的には、ファンに対して感謝の気持ちを示すために開催されるイベントだ。
楽曲や演技などのパフォーマンスを披露したり、トークショーを行ったり、場合によってはサイン会や握手会を行うことも。
遠い世界の存在だと思われがちな芸能人と交流を深めるための大切なイベントであり、ファンにとっては特別な体験が出来る素晴らしいものである。
そして今日――。
「式さん、今日の私なんか肌の調子悪くないですか?」
「そんなことないよ、ピチピチだよ」
楽屋の中で、風花はメイクを終えて衣装を合わせたあと、鏡の前に立って何度もチェックを繰り返していた。
コーデは薄いブルーっぽい上下で、スタイリストさん曰く、風をイメージしているのだという。
「うー! 緊張するー!」
今日は記念すべき風花の”ファンミ”、第一回目。
ちなみにタイトルは『風花のそよ風~vol.1~』。
今までもオンラインでの動画配信や、写真はあったのだが、会場を抑えてやるのは初めてだ。
なので、今回はグッズ販売も込みで利益を確保しないといけなかったが、嬉しいことに物販は開演前にほとんど完売とのことだった。
つまりもう半分以上成功しているといっても過言ではない。ただ、それでも緊張が解けないらしい。
風花からすれば当たり前かもしれないが。
「だって! 私の為だけに大勢の人が来てるんですよ! 私の為だけに!」
「そ、そうだな。落ち着け、落ち着くんだ」
風花の言う通り、今日は映画やドラマではないので、彼女の為だけに大勢が集まってきている。
もちろん俺もサポートするし、司会の人もいるのだが、それでも不安なのだろう。
「ファンのみんなもいつも通りの風花を見たいんだから、気張らずにね」
「はい……わかってるんですが……」
不安げに視線を落とす風花。俺は元気注入、頭をなでなでをした。
「うう……がんばり……ます!」
そして扉がコンコン。
「よし、行くぞ!」
「はい! 風花、頑張ります!」
◇
「空調もっと利かせてー!」
「次の準備急いでね!」
「着替え持ってきておいて!」
無事に一部が終わり、舞台裏では、スタッフが忙しく動いていた。
風花は椅子に座ってストローで飲み物を飲みながら、少し一息をついている。
「凄く良かったよ。トークも面白かったし、普段の風花の感じが出てたね」
「本当ですか? 嬉しいです! みんな優しくて……二部も楽しくできそうです!」
心配はしていなかったが、やはり風花は堂々たるものだった。
即興のトークも面白く、クイズコーナーや歌も上手だった。
それに以前、カラオケで練習していた時もよりも随分と上達していた。おそらく家でも練習しているのだろう。
いつもながらに関心してしまう。
「にしても盛り上がってたな。ファンの人も結構グイグイで驚いたよ」
「そうですね、私もびっくりしました! でも、この距離間がファンミのいいところなんだなとわかりました!」
「大人な話で悪いが、物販の売り上げもかなり良かった。この調子なら二回目も出来そうとのことだ」
「えへへ、良かったです! いずれは全都道府県でしてみたいですね」
「いいね、48回も隣で見れたら俺も嬉しいよ」
「いつか私が式さんを連れていきます!」
頼もしい限りだ。緊張もほとんどなくなったらしく、時間通りになって二部の握手会と撮影会へ。
さっきよりも一人一人との時間が更に取れることになっている。
今回はマネージャーの俺も隣で待機。
ただ俺はボーっと見ているわけにはいかない。
あってはならないことだが、こういった場面で悲惨な事件が起きたりもしている。
風花を守るのは俺の役目でもある。
「では最初の方、どうぞー」
スタッフに呼ばれて現れたのは、まだあどけない学生と思われる10代の女性だった。
椅子にも座らず、風花は立ち上がったまま手を掴む。
「はじめまして……うわ、顔小さい……可愛い……あの、私! ずっと風花さんのファンで! ドラマも映画も見てて!」
「ありがとうございます! 貴方も可愛いですよ!」
どうやらかなりのファンらしく、相当緊張していた。それでも風花は元気に対応し、最後に二人でツーショット。
彼女はますます風花のファンになったことだろう。
それからも次々と来るファンは、みんな生風花に驚いていた。
テレビで見るよりも何倍も綺麗で可愛いと。まあでも、俺もそう思う。
これはファンミだけの特権だ。みんな、満足そうで俺も嬉しい。
それからも風花は順調にファンとの交流を楽しんでいた。
予定していた時間よりも少し押していたが、問題なく進行していた終盤に、どこかで見たことのあるおばあさんが現れた。
近づいてきた瞬間に、ハッと気づく。
前に俺と風花が映画館へ行ったときにいた、受付のおばあさんだった。
「こんにちは、凄く楽しかった。ありがとねえ」
「え!? おばあさ……。――。はい! ありがとうございます!」
「あ、びっくりさせちゃったね。ごめんね」
「いえ! 嬉しいです! 楽しんでもらえてみたいで、良かったです! おばあさんも元気そうで!」
二人は仲良く話していた。スタッフは身内の誰かかなと思っているみたいだが、俺だけは知っている。
というか、それよりも驚いたことは、おばあさんがファンクラブに加入していたことだ。
今回は、古くから入会している人のみ限定なので、それは間違いないだろう。
つまり映画館の時、おばあさんは風花のことを知っていたことになる。
いくら帽子を被っていたとはいえ、ファンなら気づいていないわけがないだろう。
それでも静かに黙っていた……ということだ。
「ありがとうね、風花ちゃんまたね」
「はい! ――あの、また映画館行かせてもらいます」
「ふふふ、それじゃあね」
風花は小声でおばあさんに何かを言っていた。
そしておばあさんは、帰り際、俺に右目でウィンクをした。
間違いない、俺のこともわかっているのだ。流石に驚いたが、嬉しかった。
風花は後ろを振り返って、俺を見てえへへと微笑む。
誰かにバレないかとヒヤヒヤしたが、最後に楽しいサプライズでもあった。
そして無事、第一回ファンミーティングは最高の形で終了した。
◇
「最高の時間でした!」
「俺も楽しかったよ。スタッフの皆も同じだと言っていた」
「えへへ、皆いい人ばかりでしたね!」
「ああ、流石風花のファンだな。にしても……驚いたな」
「あ、気づきました?」
「当然だよ。むしろ、ちょっとヒヤヒヤした」
帰りの車内、いつもより少しテンション高めの風花が、いつもより可愛い。
「またあの映画館に行かなきゃな」
「はい、そうですね! 二部は式さんが隣にいてくれて安心しました。すごい気を張ってましたよね?」
「風花に何かあった時、守らないといけないからね」
ほどなくして風花の家に到着。だが、いつもと違って彼女はドアをすぐに開けなかった。
少し間を開けて、笑顔で俺に顔を向ける。
「それでね式さん、私わかったんです。人に好意を伝えるのって、凄く素敵だなって、それって凄い大事なことなんだなって」
「ああ、そうかもしれないね、今日はいっぱい好きですって言われてたもんね」
そのことを伝えてくれたあと、ドアをガチャリと開けて外に出る。
今日はいい日だったなと思い、さようならと言いかけた瞬間――。
「私、式さんが好きです。大好きです。人として、異性として、男性として式さんが好きです。えへへ、やっぱり気持ちいいですね。それじゃ、おやすみなさい!」
「……え、えええ!? お、おやす……え!?」
そうして俺の返事を待たずに消えていく風花。
後ろ姿はいつにもなく楽しそうだった。
好き……って、え? ……異性として? ……え?
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