第二十五話 今泉式の自宅 風花編

 雫さんに「二人きりで話したい」と耳打ちされ、私はあろうことか式さんの自宅で服を脱いでいた。


「風花ちゃん、やっぱりスタイルがいいねえ」

「ふええ!?」

「ふふふ、お風呂はね、結構おっきいんだよー」

「は、はい!」


 元気な雫さん。義理の妹とは思えないほど仲が良くて……少し、嫉妬した。


 身体を洗ってもらっていると、雫さんが少し真面目な声で訊ねてきた。


「ねえ、お兄ちゃんはどう?」


 あまりの突然の質問だった。なんて答えたらいいのかわからないけど、よく考えてみる。

 式さんは……素敵な人だ。


「凄く優しいし、格好いいなって思います」

「へ? あ、マネージャーの仕事の話なんだけど」

「え、えええ!?」


 まさかの早とちり、雫さんは何かを確信したかのように不敵な笑みを浮かべた。

 湯舟に漬かると、雫さんは表情を綻ばせる。近くで見ると、すっごい美人だ。


 芸能界でもここまで綺麗な人、いないんじゃないのかな。


「私といる時でも、お兄ちゃんはいつも風花ちゃんの話ばかりだよ」

「……え? そうなんですか?」

「もちろん、詳しい仕事の話はしないけど、風花ちゃんとカラオケいったとか、川で遊んだとか、その時、すっごい嬉しそうなんだよねー」


 まさかだった。式さんがそんなことを話してるだなんて。


「びっくりです。私の話なんてしてないと思ってました」

「でも、たしかにめずらしいかも。昔は大変だったから、今はこんなに落ち着いてるのもびっくりだし」

「大変って? どういう意味ですか?」


 雫さんは、ふふふと笑う。


「今は凄く真面目だけど、昔はすっごい悪かったんだよね。誰からも恐れられてる不良って感じで、大変だったよう」

「え、それって式さんが? 今この家にいる式さんですよね?」


 こくこくと頷く雫さん。式さんが不良……? 誰からも恐れられてる? いつも優しい式さんが?


「それでね、私って昔は引っ込み思案で、そのせいでいじめられてたの」

「そうなんですか? 全然見えないです」

「そう? ありがと。でね、ある日、お兄ちゃんが助けてくれて……でも、ちょっとやり過ぎちゃって、学校で問題になって……。その時、「お前が悪いから妹も悪いに決まってる」って、いじめっこの親から言われちゃったんだよね」

「そんな……それは酷いです」

「もちろんそれは全然関係ないし、その場はお兄ちゃんは私の立場を考えて何も反論はしなかった。けど、その日を境に驚くほど真面目になって、髪の毛も金髪から黒になって」

「え、金髪!?」


 想像できない。あの式さんが!?


「そうそう、今思えば笑っちゃうよね。私もそうだったけど、お兄ちゃんも片親だったから色々友達から言われたんじゃないかな、それで私は沈んじゃったけど、お兄ちゃんは強いから立ち向かっていったんだと思う。でも、弱い物虐めはしてなかったから、正義の不良? なんて、よくわからないけど」


 驚いた。式さんのことはよく知っているつもりだったけれど、こんなにも知らないことがたくさんあっただなんて。

 でも――。

 

「なんだかわかる気がします。式さんって、エネルギーありますもんね」

「ふふふ、風花ちゃんはよくわかってるね。それでいい大学に入って、芸能界プロダクションの仕事して、人を応援するのが楽しいって。でも、最近が一番笑顔だよ。風花ちゃんのおかげ!」

「そう……だといいんですけどね。私はよく迷惑をかけてしまっているので……」


 今までのことを思い返すと、楽しい思い出の中に、やっぱり迷惑をかけてしまっている部分もある。

 しかし雫さんは、首を横に振った。


「お兄ちゃん、風花ちゃんのマネージャーになってすっごく良かったって言ってた。このまま、ずっとしたいって」

「そんなことを……言ってくれてたんですか」


 嬉しかった。元々慣れてもないマネージャー業務で、更に激務で迷惑をかけていると思っていたからだ。


「そんな顔しないの! 風花ちゃん、自信持ってね!」

「――はい! ありがとうございます、雫さん!」

「それと……風花ちゃん、お兄ちゃんのこと好きでしょ?」

「え、えええ!?」


 顔に出ていたのだろうか、頬が赤かったのだろうか。湯舟の中で後ずさり。


「私で良ければ何でも聞いてね、未来の妹さん♪」

「ふふふ、雫さんって優しいですねえ。式さんに似ています」

「そうかな?」


 お風呂あがり、私は式さんの金髪の写真を見せてもらい、最近で一番笑ってしまったのだった。

 

 ……でも、それ以上に恰好良かったんだけどね。


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