第十九話 何が正しかったのかは、笑顔が教えてくれた。
「175便の到着、間もなくですー!」
数日後、風花を学校に見送ってから空港に来ていた。
ある人を待って、声をかける。
「
サングラスを外し、風花を大人にさせたような顔立ちをしているこの女性は、彼女の母親だ。
「今泉さん、どうしてここに?」
「話があるんです。お手間は取らせないので、いいですか?」
それから俺たちは、空港内にあるカフェに移動した。
「どうぞ、珈琲です」
「ありがとう。それで、どうしたんですか? 風花に何かあったんでしょうか?」
「いえ、彼女は問題ありません。あるとすれば……あなたです」
「……はい?」
そして俺は先日のことを包み隠さず話した。誕生日のこと、そして、無断で家に泊まったことも。
「……そんなのありえないでしょう。いくらマネージャーといってもやっていいことと悪いことがあるはずです」
「重々承知しています。ですが、僕はあの日、彼女を一人にさせたくありませんでした。信じてもらえないかもしれませんが、誓って何もしていません。この件で会社に連絡をしてもらっても構いませんが、一つだけお願いを聞いてほしいんです」
「……お願いとは?」
美咲さんは、少し不安げな表情を浮かべた。
「風花との時間をもうすこし作ってもらえませんか? それが駄目なら、電話でも何でもいい。彼女の話を聞いてあげてください」
「そんなこと、貴方に言われなくても――」
「いえ、第三者から見ても彼女は孤独なんです。確かにあなたの仕事が忙しいのはわかりますし、僕も社会人なのである程度理解はできます。ただ、風花はあなたの誕生日ケーキを手作りをして待っていたんです」
ハッと表情を驚かせる。風花のことだ、黙っていたんだろう。
だが畳かけるように続ける。
「たとえ忙しくても、子供にそんなことをさせるのはどんな理由あろうとも許されることではない。僕はクビなってもいい。けど、彼女をもうすこし大切にしてあげてください」
「……わざわざ律義な人ね。どうしてそこまで? あなたと風花はただの仕事相手で、更にマネージャーになって日も浅いでしょうに」
「僕はずっと風花のことを見てきました。気丈で、優しくで、それでいて一生懸命で。彼女の笑顔が曇るのは見たくないんです。マネージャーとしてだけではなく、人として風花のことを好きなので」
「そう……」
美咲さんは、視線を落として考え込んだ。明らかにその顔は疲れている。
海外から戻って来たばかりだ。これ以上は良くないだろう。
「突然すみません、それだけを言いにきました」
返事はなかった。
俺は、やってはいけないことをした。
彼女の家に泊まるなんて、マネージャーとして失格だ。写真を撮られていたら言い訳なんて出来ない。
彼女の芸能人生が終わってしまう許されないことだ。
もし美咲さんが会社に連絡しなくても、やることは変わらない。
「けじめはつけないとな」
◇
「あなた、何を言ってるかわかってるの?」
「はい、わかっています」
オフィスに戻って、小松原さんに事情を話した。
親御さんに無言で家に泊まったこと。
美咲さんに詰め寄ったこと。
それで、辞表を出した。
「もし……写真か何か撮られていた場合、既に解雇したと言ってもらえれば少しは溜飲が下がるかもしれません。もし何もなかったとしても、マネージャーとして、いや芸能プロダクションの一員として失格です」
「……はあ、今泉君って、ほんとバカ正直ね」
これで明日から無職だ。せっかく入社できたにも関わらず、バカなことをした。
「ではこれで失礼しま――」
「あなたが来る前、安藤美咲さんから電話があった。あなたが辞表を出したら、止めてほしいと。そしてもし記者に写真を撮影されていたとしても、私が頼んだと証言すると」
予想だにしていない言葉で、頭が回らなかった。
「……どういうことですか」
「つまりあなたが行った行為は問題ないとされたのよ。風花ちゃんにも、美咲さんにもね」
「いや、でも俺は!?」
「あなたの主張は正しい。でも、安藤風花のマネージャーの代えはいないのよ。あなたが辞めて困るのは彼女よ。映画の撮影、ドラマの、CM、間違いなくどれかに支障が出る。その責任はどうするの? 逃げ出すことが正解だと思ってる?」
……小松原さんの言う通りだ。俺は全てを投げ、逃げようとしていただけだ。
責任を被るといいながら、何一つ解決しようとしていなかった。
「もし写真が撮られていたらその時は大変なことになるでしょう。それでも美咲さんは、あなたにマネージャーを続けてほしいって言っていたわ」
「でも……」
「マネージャーに一番必要なことは?」
「……タレントが望むことをすることです……」
「そうね、じゃああなたが辞表を出すのは、誰が喜ぶの?」
それ以上、俺は何も言い返せなかった。
退職は保留、何と答えればいいのか正解だったのかはわからない。
今思えば、感情のまま空港で待っているのもありえない。
もっとスマートなやり方があったはずだ。
そのまま自宅に戻り、ずっと眠っていなかったせいか、気付いたら意識が落ちていた。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、
「……れ……だ」
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、
「うるさいな……宅配か?」
スマホを見ると、随分と時間が経過していた。10時間以上も寝ていたらしい。
「はあ……」
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、
しつこいな。
「はい――」
「式さん!!!!」
扉を開いた瞬間、風花が現れたかと思えば、思い切り抱き着かれる。目には涙を浮かべていた。
「私のために……退職なんてバカなことしようとしないでください」
「な、なんでそれを――」
「今泉さん、すいませんでした」
続いて現れたのは、美咲さんだった。そして横には、小松原さんも……?
「この家に来るのも久しぶりね」
「どうしてここに!?」
美咲さんは微笑んだあと、真顔で頭を下げた。
「今泉さんに言われて、目が覚めたんです。今まで私は、風花がどんなことがあってもいように働いて養うことだけを考えていました。けど……それは私のエゴでした。会社とも相談し、海外勤務を失くしてもらいました。それから仕事も減らしてもらって、夕方には帰れるようになりました」
「本当ですか!? それは……良かったです」
「本当にすいませんでした。人から言われないと気付かない私が悪いのです」
「そんな……いえ、こちらこそ差し出がましい真似をしてすみません。でも、どうして小松原さんも」
にへへと笑う小松原さん。何だったら、無理矢理玄関に入ってきた。
「写真は撮られてなかった。あの時間、記者は誰も来てないそうよ」
「調べてくれたんですか?」
「久しぶりにコネを存分に使って調べたわ。あんまり好きじゃないんだけど、今回ばかりはね。それで、全部解決したらやることは決まってるでしょ」
「やること?」
俺を抱きしめていた風花が顔を上げて、泣きながら笑顔で笑う。
「式さん、仲直りパーティしましょう!」
「……仲直りパーティ?」
「お邪魔させてもらっていいですか? 今泉さん」
「え、あ、はい? でも、汚い――って、小松原さん勝手にベットの下をゴソゴソしないでくださいよ!」
中に入った瞬間、とんでもないことをしていたので思わず突っ込む。
お邪魔しますと入る美咲さん、そして最後、風花が俺をちょいちょいと手をこまねいた。
耳を貸してくれ、の動作。
「なんだ?」
「お母さんが、大人になったら式さんと付き合ってもいいって」
「……突きあう?」
「付き合うです。俺も好きだよ、風花 って言ってくれたじゃないですか!」
……あ。
「あれはその!?」
「あれはその? もしかして、嘘……だったんですか?」
「あ、いや……、嘘ではないけど……」
「だったら、親公認ですかね?」
ニカッと笑う風花。結局、そのまま手を引っ張られてしまった。
その夜、俺たちは随分と遅くまで仲直りパーティーをした。
風花はずっと笑顔で、美咲さんと話していた。
俺がしたことは正しかったんだと、二人の笑顔が教えてくれたのだ。
けれども最後の帰り際、美咲さんに「風花を宜しくお願いします」と言われ、俺は返答に困ったのだった。
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