第十七話 今泉式マネージャーの一日ルーティン。

 ピピピピピ。


 けたたましく鳴り響く目覚まし時計で目を覚ます。

 寝ぼけ眼で顔を洗い、歯を磨き、ゴミを捨てて出社。


 場合によっては風花の送り迎えだが、それがなければ会社へ向かう。


 見慣れた道、見知った顔の受付嬢に挨拶をしてオフィスへ。


「おはようございますー」


「「おはようございまーす」」


 タイムカードを切ると、まずはメールチェックから。

 基本的に安藤風花の関連のことばかりだが、当然別の仕事もある。


 出来るだけ効率よく分けてから返事を返し、メールで対応できない分は電話で確認する。



「小松原さん、先日の風花のオーディションなんですが、木曜日は難しいので金曜日に受けられることになりました」

「了解。でしたら、そのままよろしく頼むわ。あと、風花ちゃんのパブリシティーの更新、お昼までによろしくね」

「わかりました。早めにしておきます」


 パブリシティーとは、あまり聞きなれない用語かもしれない。

 わかりやすくいうと、ファンへの情報発信ということだ。ファンクラブの運営もそれに含まれている。


 今であればSNSがわかりやすいだろうか。風花自身が更新することもあるが、学校へ行っている時間帯は俺が担当する。

 テレビや映画の宣伝、中でもオフショットの風花の写真は大人気でコメントが殺到する。


 だが気を付けなければならないのは、コメントの全てが好意的ではないということだ。

 中には見るに堪えない批判もあり、とても彼女に見せられないこともある。

 その場合、風花が見る前に俺が削除し、場合によっては訴えることも視野に入れながらチェックしている。


 厳しいかもしれないが、風花を守る為には手段を選ばないのは当然の話だ。


『風花、SNSの更新が終わったから、学校終わりにストーリーあげといてくれ。空の風景でも、過去の写メでもいい』


 っと、メッセージを送る。彼女にも出来ることは頼んでおく。

 マネージャー視点と、彼女視点の交互のストーリーは、ファンの中でも人気だ。


 それから書類仕事を整理、最も大事なのは今後の風花の仕事について。


 芸能プロダクションには、多くのオーディションの情報が早くに舞い込んでくる。

 安藤風花を是非にと指名が来ることもあるが、多くは俺たちマネージャーや会社の出演交渉で獲得することが多い。


 当然、出演料といった金銭の交渉も行う。このあたりは風花の母親との兼ね合いもある。

 

 ルーティンの仕事が終わると、風花の魅力を最大限発揮できそうな番組だったり、雑誌だったり、プロデューサーに連絡を入れる。

 芸能界で生き抜くには人間関係の部分が多く占められており、コミュニケーション能力が問われる。


 演者よりもマネージャーがタレントの魅力を上手く伝えられないと仕事はもらえない。


 よくある話で、「ねえ、私のどこが好き?」というのがあるだろう。


 それを即答できなければ、マネージャー失格だ。

 当然、俺は安藤風花の良いところは100個以上言える。



 と、まあこんな感じか……。

 後は文言を整理すればいいだろう。


 そして俺は『マネージャー業務とは』のタイトルが付いたワードを書き終わった。

 

 ◇


 その日の夕方、ファミレスの一角で風花に書類を提出。いや、宿題だった。


「わ、ありがとうございます! ふふふ、凄いですねえ。なんだかほっこりしてしまいます」


 当然、昨日の文言は感情のまま書いただけなので、風花に見られても大丈夫なように手直ししている。


「こんなのでいいのか?」

「はい! わざわざすみません。業務外なのにここまでしてもらって……」

「いや、改めて自分を見直すきっかけにもなったよ」


 風花が通っている学校は、偏差値の高い中高一貫の女子校だ。特別に仕事で休みをもらえたりしているが、その分、宿題が多い。

 それで今度、発表会があるらしく、風花はあえて裏方の俺たちについて調べているそうだ。

 自分ではなく、支えてくれている人たちのおかげで今がある。

 それでマネージャーについて聞きたい、とのことだった。


 読み終えた風花は、凄い……と息を漏らし、そして微笑んだ。


「私の知らないことが沢山あって、ますます式さんのことを尊敬するきっかけになりました」

「そう言われると照れるな。って、すっかり注文を忘れてた」

「はい! 今日は私が出します! おごらせてください!」

「ダメです」

「むう……たまにはいいじゃないですかー」

「そういう時は子供のままでいいんだよ」


 軽く笑い合いながら、風花はオムライス、俺はハンバーグセットを注文した。

 食事が届くまで、風花は笑みを浮かべながら書類を読み直していた、なんだか恥ずかしいなと思いつつ、いつも裏方に感謝している彼女らしいなとも思った。


 営業を担当していた時には味わえないような達成感が、確かにある。

 付き添っていた風花のドラマの撮影を終えたときは、思わず俺も涙してしまったほどだ。


 彼女の傍にいられることが嬉しくもあり、楽しくもある。

 代理としてだが、最後まできっちり業務をこなしたい。


「このオムライス、美味しいですぅ」

「ああ、ハンバーグセットも絶品だ」


 ファミレスの食べ物はどうしてこう安いのにクオリティが高いのかな。


「式さん」

「ん? どうした?」


 ほっぺたにソースでも付いてたのかと思い顔を拭くが、そうではなかったらしい。


「私、本当に式さんがマネージャーで良かったです」

「改めてなんだ。恥ずかしいな」

「えへへ、それともう一つお願いがあるんですが……」

「お願い?」


 風花は少し間を開けてから口を開いた。


「怒らないで聞いてくださいね」

「ああ、怒らないよ」

「絶対、絶対ですか?」

「やけにもったいぶるな。どうしたんだ」


 言いづらそうに、それでいて少し恥ずかしさが入り混じった表情を浮かべている。

 そして――。


「今日、泊めてもらえませんか?」

「……はい?」


 その発言をした後の風花の顔は、今まで見たことがないほどに真剣だった。


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