第十六話 練習の練習は、慣れないカラオケルームで

「それではごゆっくりどうぞー」


 茶髪でピアスの店員さんの丁寧な接客を受けたあと、狭い通路を通って行く。

 俺の隣には、深々と帽子をかぶった風花が腕をぎゅっと掴んでいた。


「なんだか、ドキドキしますね」

「俺たちは親子という設定だ。静かにな」


 バレませんようにと進み、ドアの前で止まる。


 随分と久しぶりだ……。

 ドアノブをガチャリと捻ると、広々とした空間が広がっていた。


 同時に、スピーカーから宣伝用の音楽が聞こえてくる。


「わ、思ってたより広いですねー?」

「風花は普段来てないのか?」


 俺と同じく驚いているのか、声をあげて部屋を見渡す風花。


「最後に来たのは随分と前ですよー。でも、その時はもっと狭かったような……?」

「俺もそんな記憶がある。まあでも、広いにこしたことがないか」

「……そんなことないですけど」

「え?」

「何でもないです! ほら、ジャケットがしわになりますよ! 貸してください!」

「あ、ああ。悪いな」


 羽織っていたスーツを渡すと、風花がハンガーで掛けてくれた。

 将来はいいお嫁さんになりそうだ、うんうん。


「飲み物はセルフみたいなので取ってきますね。何飲みますか?」

「悪いな。だったら烏龍茶で頼む」

「はーい!」


 笑顔で駆けていく風花。帽子を忘れてる……。

 まあ、カラオケなら同じ年頃の子も多いし、バレないか。


 ここは事務所からそう遠くない場所にあるカラオケルーム。

 来週、風花はドラマの中の役柄で歌を歌う。


 少しややこしいのが、その練習が三日後に控えている。

 そこで本来は練習するのだが、その前に練習がしたいとのこと。


 つまり今日は練習の、練習というわけだ。


「……必要か?」


 といっても、ここが風花の良いところだ。何事も一生懸命なのである。

 来年は練習の練習、その練習をしてるかもしれない。


 最初に友達ダメなのかと聞いてみたが、俺のほうが気兼ねなく同じ歌を歌えるとのことだった。

 まあ、練習の場合だとそうか。


「お待たせしましたーっ!」


 明るい声で扉を開いた風花は、烏龍茶とカップに入れたソフトクリームを大量に抱えていた。

 チョコにバニラにストロベリー。


「甘いもの大戦争だな」

「ふふふ、最近のカラオケは何でもありますねえ」

「最近の中学生が何を言ってるんだ」

「こちとら世間知らずなもので……」


 冗談交じりに掛け合うくらいには、俺もテンションが上がっているらしい。

 美味しそうなアイスを食べている風花を見ていると、食欲がわいてきた。


 けれども、「一口もらっていい?」とは流石にいいづらい。

 だからといって自分で取りに行くのも……恥ずかしい。


「式さん、ほらあーん」


 その時、いや、ナイスタイミングでチョコが口に注がれようとしている。

 大人の尊厳vsアイス欲。どちらが勝つのか。


「いや、いいよ」

「美味しいですよー、ほっぺが落ちちゃいますよー」


 尊厳が、今にも負けそうになっている。アイス欲軍は、どうやら俺が思っていた以上に強いらしい。


「だったら自分で食べるよ。貸してくれ」

「ほら、もう一口なんでパクッと」


 大人の尊厳が、もう駄目だと叫んでいる。衛生兵も来ないらしく、今回はアイス欲に軍配が上がった。

 

 パクっと一口。


「美味い……」

「ふふふ、こうしてみると式さんのほうが年下みたいですね」

「実際、精神年齢は風花にボロ負けだよ。俺のが子供だ」

「あ! レディに向かってそんな言い方ひどいです。私がおばさんだなんて!」

「そこまで言ってないけど……」


 ◇


「じゃあ、私から入れていいですか?」

「から、というよりは、全部風花でいいぞ。そのために来たんだ」


 しかし風花は不満そうに睨んできた。なんでだよ……。


「嫌いな食べ物を見つめる時みたいな顔をしないでくれ」

「式さんが歌わない宣言をしたからです。デリカシーゼロです。おじさんです」

「最後の事実はまったく関係ないです」


 不満そうな風花。歌……か。


「だったら一曲だけな」

「少ない! もの凄く少ない!」

「じゃあ、二曲」

「小刻みですね。でも、繰り返すと増えますか?」

「打ち止めだ。夕方になったら帰らないといけないし、はじめよう」

「むう、わかりました! 我慢しておきます!」

 

 渋々納得する風花だったが、曲が始まった瞬間、表情が切り替わった――。


「……やっぱり凄いな」


 透き通るような歌声に、躍動感のある声量。

 ボイストレーニングを受けている事は知っているが、それにしてもブレない芯がある。


 テクニック云々ではなく、心に突き刺さるのだ。


 間奏の時、風花は、にへへと笑って俺を見た。


 まったく、俺が同学年なら間違いなく惚れてるよ。


 ――――

 ――

 ―


「次は俺か」

「はい! 準備します!」


 俺がいれた曲が始まる前、風花がいそいそ箱から何かを取り出す。

 あれは……た、タンバリン!?


「なんでそんなものが!?」

「盛り上げ隊です。ほら、はやく!」

「いや隊ではなくて一人だが、なんでそんなものが――」

「式さん、はじまりましたよ!」

 

 慌てふためきながら、歌がスタート。

 ちなみに俺が歌いたくないのには理由があった。


 そう、重大な理由が。


「お~れ~がああ~い~~~ま~~~う~~~」

「いいですね、式さん! はいっ! はいっ!」

「そ~~~でえ~~~それ~~~が~~~」

「最高! 式さん、最高です!」


 盛り上がりまくる風花。

 俺、凄い音痴なはずなんだけどなあ……。


「もっとです! 最高ですー!」


 まあでも、久しぶりのカラオケは気持ち良いな。


 ◇


「楽しかった……」

「ふふふ、式さんがいっぱい歌ってくれたので私も楽しかったです」


 結局あの後、風花と交互に曲を入れてしまって、普通にカラオケをしてしまった。

 マネージャーとして失格、いや大人としてよくない。


 それと、気になっていることがあった。


「俺の歌あんまり、いやかなりひどかっただろ」


 昔、友達とカラオケに行って揶揄われたことがある。

 それからトラウマとまではいかないが、楽しくなくて行けなかったのだ。


 しかし風花は、俺の服の袖を掴みながら、首をゆっくりと横に振る。


「すっごい楽しかったです。式さんの声、私は好きですよ」


 ああ……ほんと、いい子だな。


「ありがとう。俺も風花の歌声が日本で一番――いや、世界で一番好きだよ」

「えー、本当ですか? お世辞じゃないですか?」

「本音だよ。本当に」

「ふふふ、今日は人生で一番楽しいカラオケでした。また行きましょう!」

「ああ、そうだな。俺も一番楽しかったよ」


 今日のカラオケの練習のおかげか、それともまったく無関係かはわからないが、三日後の練習、風花はもの凄く褒められていた。


 ただ、何より印象に残っているのは、俺に向かってピースサインで屈託のない笑みを浮かべていた瞬間の風花だった。


 

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