第十四話 安藤風花の好敵手《ライバル? 親友?》

「んー、んー」


 風花が、楽屋の中を行ったり来たりしていた。

 これはたまにしか現れない現象だが、本当に緊張しているときに行う動作だ。


「風花、リラックス。深呼吸もするといいぞ」

「は、はい! すーはー、すーはーっ」


 今日は有名なファッション雑誌の撮影で、気合が入っている。

 服はスタイリストさんが選んでくれているが、いつもよりも女の子らしいファッションになっていた。


 上は薄着のブルーの透け感のあるシャツで、下はショート丈のスカート。

 耳には花柄のイヤリング、唇はツヤツヤだ。


「はい、水。常温だよ」

「いつもありがとうございます。――んぐっ、はあ……。うー、緊張するー」

「撮影ってよりは、”あっち”の問題か。っていっても、仲が悪いわけじゃないんだろ?」

「うーん、そうですね。私としてもっと仲良くなりたいんですが、なんというかその、壁を感じるというか……」

「大人相手には敵なしでも、同い年は難しいんだな」

「そうわけじゃないんですけど……」


 彼女が緊張しているのには訳がある。

 今日はピンの撮影ではなく、ペアなのだ。そしてその相手が――。


 コンコン、扉が叩かれる。


「すみません、スタンバイお願いしますー」


 撮影の準備が出来たらしく、ADさんが呼びにきてくれた。


 ちなみにADとは、はアシスタントディレクターの略称で、ディレクターのアシスタント(補佐)だ。

 で、そのディレクターとは監督とかクリエイターさんのことを言う。


「はい! わかりました!」

「よし、行こうか」


 ◇


「安藤風花さん、入りでーす!」


 いつも通りの景色、いつも以上の大きな拍手。

 大勢に迎え入れられながら、風花は頭を下げる。

 その奥には、既に”ペアの相手”がスタンバイしていた。


「風花ちゃん、久しぶり」

 

 美しい芸術作品のような笑みを浮かべる彼女の名前は、藤崎紬ふじさきつむぎ

 

 年齢は風花と同じ14歳だ。


「お久しぶりです。藤崎さんもお変わりなく」

「前よりも綺麗になったつもりだったけど、あんまり変わらないってこと?」

「え!? あ、いや……お綺麗になったと思います」

「風花ちゃんは中学生っぽくて可愛いよね」


 少しだけ高飛車な態度だが、髪型はツインテール。

 そして身長は143cmしかない。ちなみに風花は152cm。

 子役の中でも藤崎さんは低いほうだが、本人はそ胸を張っているので、大きく見せないのかもしれない。


 風花は彼女が怖いらしく、芸歴も二日間ほど先輩だから敬語を使っているとか。


 ……変わらなくないか?


「では、ペアの撮影入ります! 安藤さん、藤崎さん、背中合わせで並んでもらえますか?」


「は、はい!」

「わかりました」


 ただ並ぶとこう……姉妹みたいでかわいい。


 すぐに撮影が開始。

 俺は眺めているだけだが、いつもより風花の表情が硬い気がする。

 藤崎さんに緊張してるのだろう。


「うふふ、まるで姉妹みたいですね」


 突然、隣の女性から声を掛けられる。

 透き通るような黒髪ロングで、目鼻立ちはぱっちり。

 年齢は俺と同じくらい……か? スタイルが良すぎるので、一瞬芸能人かと思ったが、スーツ姿なので、関係者っぽい。


「だとしたら、藤崎さんが妹で、うちの安藤が姉ですかね?」

「あら、それはうちの紬の身長が低いからですか?」

 

 うちの……?

 困った顔をしていると、女性は俺に顔を向けて、頭を下げて来た。


「初めまして。今泉式さん、ですよね。マネージャーの」

「そうですが、ええと、どなたでしょうか?」

「どうぞ、こういうものです」


 差し出された名刺、両手で手に取ってみると目に飛び込んできた文言に驚く。

 そこには、藤崎紬のマネージャーと書かれていた。


「マネージャーさん、なんですね。でも、どうして僕のことを……?」

「業界で有名じゃないですか」


 不敵な笑みを浮かべるような顔つきで、俺を見つめた。

 ドキッとする顔だ。有名? もしかして……。


「安藤風花と手を繋いでデートしてたって、記事見ましたよ」

「あ、やっぱりそれですか……」

「冗談です。マネージャー業務は大変ですもんね。それより、安藤風花さんの写真集、売れ行き凄いらしいじゃないですか。今泉さんの功績が大きいってことで、私たちの中で有名ですよ」

「いや別にそこまで……まあ、ただ熱量を伝えたくらいで」

「謙遜なさらずに。それと、私にも名刺はもらえるのでしょうか?」

「え、あ、はい! すみません、遅くなりました」


 急いで胸ポケットから名刺を渡すと、満足そうに眺めた。


「あら、営業担当?」

「あ……、ええと、前任のマネージャーが育休で、僕は代理なんです」

「へえ、そうなんですか? それなのにすぐに結果を出して……凄いですね。尊敬します」


 何度も褒められてしまって、少し嬉しくなった。

 調子には乗らないが、俺も頑張って入る。たまにはこう、素直に喜んでもいいだろう。

 天狗にはならない。天狗には。


「いえありがとうございます。それより藤崎紬さんのマネージャーさんが、こんなに美人さんだったなんて」

「あら、お世辞もお上手なんですねえ」


「そうなんです。お世辞が本当に得意で困りますよね」

「いや、お世辞じゃなくて――って、風花!?」


 マネージャーさんと話していると、いつのまにか後ろに風花が立っていた。

 見たことがないほど鋭い目つきをしている。ていうか、睨まれている。


「撮影現場でナンパですか、式さん」

「え、いや!? この人は藤崎さんのマネージャーで!?」

「知ってますよ。――お久しぶりです。お元気でしたか? いつもお綺麗ですね」

「風花ちゃん久しぶり、あなたも綺麗になったわね。うちの紬がやきもち妬くなんて、あなたくらいよ」


 そうか、風花は会ったことあるのか。よく考えたら、当たり前か。

 ナンパと言われてしまい、テンパってしまった……。


「やきもちなんて妬いてないし!」


 続いて現れたのは、藤崎紬さんだ。年齢的にはちゃんだけど。

 先ほどの大人びた表情ではなく、子供っぽい顔で頬を膨らませている。

 なるほど、こっちが素なのだろうか。


「いつも対抗意識を持ってるのは、風花ちゃんが羨ましいのよ。ごめんね」

「違う違う! もーなんでそんなこというの!?」

 

 二人のやり取りはどこか友達のような感じだ。

 マネージャーが女性だとこんな感じになるのだろうか?


「あれ? 風花、撮影は?」

「式さんが鼻の下伸ばしている間に、一部は終わりましたよ」

「伸ばしてないんだけど……」


 ふてくされる風花に困りつつも、藤崎さん達に頭を下げる。


「お疲れ様でした。私たちも、楽屋に一旦戻ります。紬、行くわよ」

「はあーい。それじゃあ安藤さん、また後で」


 なんかこう、マネージャーってよりは――。


「親子揃って美人だからって、見惚れてるんじゃないんですかー」

「え? 親こ……!?」


 名刺を見直してみると、藤崎香苗ふじさきかなえと書かれていた。

 そういえば、目鼻立ちがそっくりだった。


「凄いな……美人親子……さらにマネージャーって……」

「ふーん、式さんってああいう人がタイプなんだ」


 ふてくされながら、俺を置いて行くかのように歩いて行く。

 困って頬を掻いたあと、急いで後を追いかけた。



 楽屋に入って時間が経過しても、風花は俺と一言も交わしてくれない。


「そんな怒るなよ。名刺の交換をしただけだよ」

「ふーん、その割には笑顔でしたけど」


 完全に否定はできないが、鼻の下を伸ばしていたわけでは……ない。


「……確かに綺麗だったが、風花のほうが何倍も綺麗だ。藤崎紬ちゃんよりも可愛いし」

「それ、本当ですかー?」


 楽屋の畳で仰向けになりながら、俺の顔を覗き込む。


「ああ、本当だ。神に誓って」

「んー、なら、許します」


 にへっと笑う彼女は、本当に綺麗だった。


「よおし、後半戦頑張ります! 紬ちゃんに負けないように、笑顔笑顔!」

「おっ、その調子だ。どうせだったら、あの二人が悔しがるくらい最高の笑顔で撮影しよう」

「はいっ! 安藤風花、頑張ります!」


 やっぱり、いつもの明るい風花が俺は好きだ。


 ……マネージャーとしてね。


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