第十三話 私の宝物、おすそわけです

「3.2、1、配信開始ー!」

「おおー! ぱちぱちぱち」

「おめでとう、安藤さん!」

「おめでとー! 風花ちゃん!」


 会社の事務所、時刻はまだお昼だが、祝賀会が始まった。

 先日、風花の写真集のデジタル版が配信を開始した。


 未成年なので仕事終わりに居酒屋、というわけにもいかないので、小松原こまつばらさんが開催してくれたのだ。


「皆様、本当にありがとうございます! おかげ様で、私の夢が一つ叶いました!」


 風花は立ち上がって、深々と頭を下げる。ここにいる社員は、みんな彼女のことを子役時代から知っている人たちばかりだ。

 当然、俺よりも長い付き合いの人もいる。

 そして前任のマネージャー、山本さんの姿も。


『おめでとう、風花ちゃん。その場にいないのがくやしいわ~』

「いえ、わざわざ大変な時に嬉しいです!」


 まさかのリモートで参加だ。子供が生まれるのはまだ先だが、順調だと言っていた。

 二人が話している姿を初めてみるので、なんだかドキドキする。

 これも小松原さんがサプライズで用意していたので、流石上司だなと思う。


『今泉さんはいらっしゃる?』

「お久しぶりです。お元気でしょうか?」


 画面越しに声を掛けられ頭を下げる。

 何度かお会いしたことはあるが、それも仕事の業務のことで、プライベートで飲みに行ったりはしたことがない。

 ただ二人を見ていると、その人となりがすぐにわかった。


『ごめんねえ、色々と。でも、風花ちゃんから聞いてるけど、今泉さんで良かったって言ってるわ』

「そうなんですか?」

「山本さん、それは秘密ですよおー!」


 周りがわっと笑い出す。山本さんはムードメーカーで、輪の中心と言う感じだ。

 いい感じに仲が良かったんだろうなと、風花に対する責任感が更に増した。


『色々と大変だろうけど、二人ならやれるわ。頑張ってね』

「はい! 元気なお子さんの姿、楽しみにしてますね!」

「風花のことは俺に任せてください」


 俺たちのやり取りがまるで結婚の挨拶みたいだと誰かが言い出し、わっと笑いが起きる。

 風花は恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、それもまた可愛いなとなった。


「私たちもフォローするから、これからも頑張りましょう」

「小松原さんはいつも助けてくれてますよ。迷惑かけないように、俺も頑張ります」

「あら、褒めても何も出ないわよ」


 世間で芸能界はブラックだと言われる事も多いが、少なくともうちの事務所は人に恵まれている。

 とはいえ、安藤風花という看板タレントがいることで安定している部分も大きいかもしれない。


 大人の事情もあるが、皆の期待を背負っている分、風花はいつも責任感を持って仕事をしている。

 そのあたりは俺が一番尊敬するところだ。


「今泉くん、あなたからも一言」


 小松原さんにそう言われて、立ち上がると、みんなの視線が向けられた。


「えー、色々と迷惑をかけているかもしれませんが、皆さんのおかげでなんとかこなせています。あと、安藤さんには助けられっぱなしなので、マネージャーとして山本さんと同じくらい、いやそれ以上になれるように頑張ります」

「それだけー? 風花ちゃんにもっと何かないのー」

「何かですか……?」


 社員の一人に茶化され、ふと風花を見つめると、当然だが俺を見ていた。口を開けばいくらでも話すことは出てくるが、どれも嘘っぽい言葉になってしまいそう。


 そうだな……本音が伝わる言葉……か。


「ええーと、彼女と僕は12歳差ですが、子供と大人とは思えないほど毎日勉強させてもらっています。この写真集に関しても強い想いを持っていました。だからこ一番傍にいることのできるマネージャとしてその夢を叶えられたことを、本当に嬉しく思っています。ありがとう――風花」

「え? あ、え、え、えへへ、えへへえ」


 本音を打ち明けた瞬間、自らの発言、いや呼び捨てにしたことに気づいて「あ……」となった。


「今泉くん、仲良いのはいいけど、うちの看板タレントに愛の告白はダメよ」

「そういうわけじゃないんですけど……」


 小松原さんのおかげで、その場が笑いに包まれる。

 ありがとう、先輩……。気を付けないとな……。


 そうしてアルコールなしのお菓子とジュースの健全な祝賀会は、定期的に行われている飲み会よりも遥かに笑顔が多かった。

 そんな中、風花の笑顔は誰よりも幸せそうだった。


 ◇


「じゃあ、さようならでーす!」

「今泉くん、事故だけは気を付けてね」

「わかっていますよ。それでは失礼します」


 大勢の方に見守れながら、風花を乗せて車を発進。

 彼女は助手席の窓を開けて、みんなに手を振っていた。


「はあ、楽しかった。でも、お酒飲めないのってやっぱり悲しかったですか?」

「悲しくないよ。むしろ子供時代に戻ったみたいで楽しかった。みんなも同じゃないかな」

「本当ですかー?」


 不安そうに風花が言う。視線を向けずとも、表情が想像できた。


「風花に嘘はつかないよ」

「ふふふ、式さんってたまにドキッとすることいいますよね。――愛の告白とか」

「あれはお礼だ。心からの感謝の気持ちだよ」

「えー。残念です。生まれて初めて肌を見せた相手なのに」

「誤解するようなことを言うんじゃありません」


 信号待ちをしていると、風花がスマホを俺に見せつけてきた。


「――式さん」

「な!? それ消せっていっただろ!?」


 そこには、水着姿の風花と、俺がツーショットで写っていた。

 彼女が冗談で撮影して、俺がすぐに消したほうがいいと念押ししたやつだ。

 焦って奪い取ろうとするが、サッと避けられる。


「ほら、青信号ですよ。式さん」

「あのなあ……」


 アクセルを踏んで前に進むが、居ても立っても居られない。そわそわしているのが逆に嬉しいのか、風花はご機嫌だった。


「会社のグループチャットに貼ったら、どうなりますかね?」

「社会的に抹殺されます」


 今回の写真集に水着はない。なのになぜ着ているのかとなったら、言い訳ができない。

 たとえ風花が持ってきたといっても、二人で遊んでいた、だなんて……。


「大丈夫ですよ。そのくらいわかってます。これは私の宝物ですから、あと式さんの」

「本当に頼むよ……」


 まるで弱みを握られた気分だ。とはいえ、あの時は楽しかったのも事実ではあるが……。

 こういう所の爪が、俺は甘いんだよなあ。


 ◇


「ちゃんと消してくれよ。もしくは世には出さないでくれ」

「はーい! それじゃあ式さん、おやすみなさい。―― スマホ、見てくださいね」

「え? スマホ?」

「ばいばーい!」


 駆け足で帰っていく風花。何度も見慣れた姿だが、いつもと少し違う?

 ハッとスマホを開くと、そこに写真が貼られていた。

 だが会社のグループチャットではなく、俺個人に。


「私の宝物、おすそわけです」


 水着の風花と、びしょ濡れになったスーツ姿の俺だ。

 びっくりするぐらい、笑顔だった。いや、どちらかというと……恋人同士のような……笑みを浮かべている。


「はっ、こんなに笑ってたのかよ、俺」


 削除ボタンを押そうとしたが、数秒後に思いとどまる。


「……宝物か」


 そうして俺はそのまま自宅に向けて発進した。

 


 

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