第十二話 未公開水着(シーン)はあなただけのもの。 

「はにゃー、気持ちいいですねー」


 照りつける太陽、綺麗な川に、緩やかな水の流れる音。

 俺たちはホテルでチェックインだけ済ませると、レンタカーで山奥までやって来た。


 ここは明日、風花の大事な撮影地となる場所だ。

 

 ひと気はなく、自然真っただ中に俺たちは立っている。


 当然、空気も澄んでいる。


「最高だ。深呼吸をしよう、風花」

「はいっ!」


「「すーはー、すーはーっ」」


 横並びで両腕を広げて、マイナスイオンを身体中に吸収する。

 エネルギーが満ちていくようだ。


 そういえば、どうしてマイナスイオンはマイナスなのだろう。

 体に良いみたいな感じなのだから、プラスイオンのほうがいいような気がする。


 けどたしか、プラスは体に悪いんだよな……。って、そんなことはいまどうでもいいか。

 

「凄い良い所ですね。この場所、式さんが決めたって本当ですか?」


 その時、風花から質問が飛んでくる。


「決めたってほど大層なもんじゃないよ。色々と候補がある中で、風花に似合いそうだなと思って軽い後押しをしただけさ」

「ふふふ、本当に軽い後押しですかー?」

「な、なんだよ」


 したり顔で俺を見つめる風花。何かを知っているかのようだ。


「小松原さんから聞いてますよ。私のイメージにピッタリだから、ここがいいって説得するために書類を寝ずに作ったって」

「それは勘違いだな。二時間は寝た」


 冗談交じりで答えたが、知られていることにびっくりした。

 風花の言う通り、いくつかの候補の内、俺はこの場所が彼女に似合うと思った。いや、ここじゃなきゃダメだと思った。

 海外で撮影しようという話もあったが、それよりも日本の田舎で、彼女が持つ清楚感を日本中に伝えたかったのだ。


 どこか身近に感じる、けれど、手が届かない綺麗な美少女というのが、安藤風花あんどうふうかの魅力だと俺は思っている。


 今だって、中学生というのを忘れそうなほど綺麗だ。

 肌は真っ白で、染み一つない頬は、水はじき返すだろう。

 ちょっと羨ましい。


「無理しないでくださいね。でも、ありがとうございます!」


 風花は、頭をぺこりと下げる。俺はなんて返したらいいかわからなかったが、嬉しかった。

 ほんと、いい子だ。


「気にしないでく――」

「じゃあ、ちょっとだけ水浴びしませんかっ!?」

「水浴び?」

「はいっ!」


 突然、俺の腕を掴み、勢いよく走る風花。

 目の前には綺麗な川が迫りくるが、俺はスーツ姿で水着ではない。


 彼女は白いシャツにジーンズタイプのハーフパンツにサンダル。


 ……ズルくないか?


「ちょ、ちょっと待ってくれ! スマホが!」

「式さんのは防水です! 知ってますよ!」

「そ、そうだっけ~~~~~!?」


 女子中学生のおそるべし記憶力と瞬発力、そして強引さに負けてしまい、靴だけ乱暴に脱ぐと、思い切り水びたしになる。

 だが案外冷たさが気持ち良く、スーツがびしょ濡れになったことが逆に面白くなってしまう。


「ははっ、まったく」

「あははっ、式さんっ、ほらほらあ!」


 風花は本当に嬉しそうな喜び声をあげ、水をかけてきた。

 仕方ない。見せてやろう、大人の力を――。


「おらおらおらおらおっ!」


 童心に返って一心不乱に風花に水をかける。


 いつもは子供だと思っているが、今この時だけは、まるで友達のようで楽しかった。


 随分と濡れてしまった彼女の白シャツが、少し透けていた。

 そこで冷静になり、手を止める。


「あ、……すまん。気づかなかった」


 すぐにタオルを持ってこようとしたが、風花が「大丈夫ですよー」と言った。

 そして突然――服を脱ぎはじめた。


「お、おい!? 風花!? いくら人がいないから――って!?」

「ふふふ、じゃっ、じゃーん! どうですか? 可愛いですか?」


 白シャツの下から姿を現したのは、フリルのついた可愛いピンク色の水着だった。

 さらに風花の透明な白い肌が見えている。もちろん、水はばっちり弾かれていた。。

 

 あれ? でも、おかしいな。


「なんで水着持ってきてるんだ? 撮影では着ない予定だろ?」

「えへへ、実は初めから入りたいなーって思ってたんです」


 服の下に着ていたことも驚いたが、そもそも持ち込んできていたことに驚いた。

 まったくもって用意がいい。


「そんなことより式さん、他に言うことあると思うんですけどー」

「他に?」


 くるくると水着を見せつけるかのように、風花はその場で回る。


「……わかった。体幹が良い!」

「ていっ!」


 いつものようにデコピンの刑に処されてしまう。

 ただ今回だけは、実はわかっていた。


「もういいです! 式さんは!」

「――水着、似合ってるよ。それにめちゃくちゃ可愛い」


 中学生に言うのは恥ずかしいと思ってしまったからだ。とはいえ、よく考えると風花は毎日誰かに言われているだろう。

 今更そんなこと言われたところで、別に何も思うわけがな――。


「え、へへ、えへ、えへへ、か、可愛いですか!? えへへ、えへへぇ」


 ……あれ? 風花の様子が?

 すごく顔が真っ赤だ。何だったら、耳まで真っ赤っか。

 もしかし照れてる? いや、流石にそれは……そういうことか! くそっ、なんで俺は気付かなかったんだ。

 

 思わず駆け寄って、風花の額に手を置いた。


「な、ど、どうしたんですか!?」

「風邪ひいたんじゃないのか? いきなり川に入ったりなんかしたから」

「……はい?」

「明日の撮影は絶対に休めないんだ。すぐタオルを持ってくる。もうホテルに帰ろう」


 嬉しいことに熱はないみたいだ。

 ただ、頬は――まだ赤い。


「ていっ! もういいです。帰りましょう」

「ええ……どういうことだ……」


 まったく、女心はよくわからないな……。

 

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