第十一話 撮影、前日入り、グリーン車にて。

「グリーン車って快適なんですねえ」

「俺も初めて乗ったよ。風花のおかげだ」

「えへへえ、褒められちゃった」


 新幹線に乗って、とある田舎へ向かっていた。

 なんと風花が、初めての写真集を出すのだ。


 といっても、水着はなく、肌がほとんど露出しないソフトなものばかり。

 

 ただこれに関しては事務所からというより、風花たっての希望だった。


「楽しみですねー、こんなに早く夢が叶うとは思いませんでした」

「これも努力の賜物だな」

「ふふふ、だったら嬉しいですね。でも、事務所の力が大きいですよ。もちろん、式さんのおかげです!」

「お世辞なんていいから、素直に自分の力を誇ってくれ」

「むう、本当ですからね!」


 ふてくされつつも、ご機嫌で窓の外を眺める風花。

 幼いころ、好きだったアイドルの写真集を親に買ってもらい、それが忘れられなかったそうだ。

 綺麗で、可愛くて、それでいて楽しそうで。

 女優になった理由の一つらしく、いつか自分の写真集を出したいと言っていた。


 俺はそれを知って働きかけていたが、とんとん拍子で決まって行くのには驚いた。

 流石、今を時めく安藤風花、と言うべきだ。


「前入りは俺だけでも良かったんだな」


 前入りとは、業界用語で予定のある場所に前日から宿泊する「前日入り」のことだ。

 マネージャーとして場所に危険性はないか、問題は起きていないか調べようと事務所に許可を取った。

 とはいえ、数名のスタッフも滞在しているが、自分でチェックしたかった。


 ちなみに風花は中学生なので今までしたことはない。


「駄目です。私もこの撮影には気合を入れているので、十二分に力を注ぎ込みたいのです!」

「まあ、やる気があるのは誰にとっても嬉しいことだ」

「……式さんは私がこないほうが良かったですか?」


 不安げな表情で顔色を窺ってくる。

 風花は本当に頭が良い。前回のネットでの炎上で、俺のことを心配してくれているのだろう。

 正直、俺もまた問題が起きるのは怖い。

 

 ただ、それよりも彼女の本気度を優先したいと思った。


「一人だと寂しいからね。こうやって話しながら旅行気分は楽しいよ」

「良かったです! あ、式さん、お腹空いてますか?」


 言われてみれば、朝は忙しくて何も食べていなかった。

 ぐう、と鳴った腹で返事を返すと、風花は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 するとピクニックで見かけるような鞄を取り出し、膝の上に置く。

 屈託のない笑みで、顔を向けた。


「ふふふ、早起きして作ったんですよーっ」


 パカッと開けると、サンドイッチがたっぷりと詰め込まれていた。

 具がはみ出るほど美味しそうなものばかり。

 

 卵にハム、なんとカツまで。

 朝早くから揚げ物をする大変さは、独身歴の長い俺は骨身にしみてわかっている。


「すごい……プロ級じゃないか」

「電車でお腹が空くと思ったので、買い物に行くのも大変ですしね」


 食事のことだけではなく、色々なことを考えている。

 あまりにも素晴らしい姿勢に、俺はただただ関心した。


「泣いた。全米の俺が泣いた」

「その割には一滴も落ちてないですけど」

「そのくらい嬉しかったということだよ」

「本当ですか!? じゃあ、食べましょう♪」


 恥ずかしいので冗談を言ったが、本当に嬉しかった。

 さらに暖かいお茶も用意してくれていたので、ありがたくいただく。


 カツサンドを頬張ると、自然と笑みがこぼれた。


「美味すぎる……天才だ」

「ほめ過ぎですよーっ、んっ。でも美味くできましたね♪」


 中学生なのに気が利きすぎているのが逆に心配になるほど、風花は本当に良い子だ。

 ただ、お母さんも同伴してくるのが普通なんだがな……。


 許可は取っているが、仕事で行けないとのことだった。

 一人で行かせるのは心配じゃないのかなと思うが、流石にそこまで口は挟めない。

 俺が親だったら駄目だというだろう。


「到着したら風花のお母さんに連絡入れとくよ。今日もメッセージだけでいいのかな?」

「うんっ、確認したら私にメッセージが届くと思う」

「そうか……。まあ現地には俺以外のスタッフもいるから、寂しくないさ」

「はいっ! お気遣いありがとうございます! 式さんがいるだけで、私はさみしくないですよ」


 まったく、もう少し弱みを見せてほしいもんだ。

 

「この卵サンドも塩加減が絶妙だな」

「実は前にしょっぱいのが好きだといっていたので、研究していました!」


 風花は、びしっと敬礼をする。染み一つない肌は、写真集でも輝くだろう。

 ……ん?


「ほっぺにハム付いてるぞ」


 口元に付いていたハムをひょいと取る。捨てるのもそのまま戻すのもあれなので、パクっと一口。


「うん、これも美味い。――どうした?」


 視線を向けると、風花が固まっていた。いや、よく見ると耳まで真っ赤になっている。

 何か……恥ずかしがっている?


「え、あ、ひゃ、そ、その!? な、何もないです!」

「? そうか、ならいいけど」


 もしかして今さらになって手作りサンドイッチが恥ずかしくなってきた、とか?

 ありえるのか?


「式さんって、やっぱり大人なところありますよね」

「え? そんな場面あったか?」

「はい、中学生の私には刺激が強すぎます」


 何かしたっけか……? よくわからないが、大人なところだと言われたのは嬉しい。


「まあ、俺は大人だからな」

「そうですね、ふふふ」


 初めてのグリーン車。

 窓から見る景色よりも、座席の快適さよりも、風花と話している時間が一番楽しかった。


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