第十話 年齢差

「式さん、年齢差がある恋愛ってどう思いますか?」


 テレビ局に向かう車内で、突然、風花に訊ねられた。

 いつもはもう少し柔らかい表情をしているが、今日は少し真剣だ。


「年齢差? どのくらいかにもよるかもね」

「ええと……12歳差とか?」


 12……ちょうど俺と風花の差と同じだな。

 14歳と26歳。うーん、法律違反だ。


 とはいえ、20歳と32歳ならどうだ? 問題ないように思える。

 30歳と42歳。全然ありだ。

 50歳と62歳。何を気にする必要がある? Just Do It。ただ行け!


「いいんじゃないかな。俺は関係ないと思う。とはいえ、法律に違反しているのはダメだが」

「本当ですか!? 全然ありってことですか!?」

「ああ。そもそも年齢ってのは社会が決めた物差しで、大事なのは精神年齢だったり、お互いの波長が合うかだ。子供でも大人より賢い人はいるしね」

「はい、わかります! 私も同じ意見です!」


 どうやら久しぶりに威厳を保てたらしく、風花は嬉しそうに頷く。

 彼女は賢いので、いつも俺のほうが感心しているが、どうやら今日は大人なところ見せてしまった。


「もしかして風花に好きな人が出来たとか?」

「ふふふ、どうでしょうねー♪」


 やっぱりそうか。この年頃になると異性が気になってくるのだろう。

 中学2年生だと、先輩だったり、後輩だったりと関わることが多くなる。

 またこの仕事をしていると色んな人とも関わる。


「気になるな。よく会う人?」

「んー、会ってるかもしれないですね♪」


 誰だろう……。12歳差……いや、よく考えたら俺の聞き間違いか。

 おそらく、2歳差と言ったんだろう。

 彼女は女優とはいえ、一人の女の子。

 マネージャーとして相談に乗るのは当然だ。


「式さんは、どんな女性がタイプなんですか?」

「んっ、唐突だね」

「そうですか?」

「タイプか……綺麗な人よりは、可愛らしい子のほうが好きかな」

「ふんふん、それでそれで?」

「身長は低い子が好きだし、髪型はショートカットが好みかな」

「ふふふ、そうなんですね♪ 式さんって意外と大胆なところがありますね」


 大胆? なのはよくわからないが、今日の風花はいつもより笑顔が多い。

 どうやら俺の会話スキルも、いつもより良くなっているみたいだ。


 敏腕マネージャー、今泉式と呼んでくれ。


 ◇


「こんにちは、安藤風花です。宜しくお願いします!」

「おっ、元気だねー! じゃあ、さっそくよろしくね」


 今日はモデル雑誌の撮影。

 メイクをばっちり終えて、新作の洋服に身を包んだ風花が現場で挨拶をした。

 髪型は綺麗に整えられていて、ショートカット黒髪が歩くたびに靡く。

 耳にはハートのイヤリング、シャツはピンク色で、スカートは黒色のシンプルかつガーリーな雰囲気。


 改めて見ると、風花は本当に可愛くて、なおかつ綺麗だ。将来は美人女優として名をはせるだろう。

 演技でも日本を背負っていくに違いない。

 そしてその横に俺、今泉式……あ、代理マネージャーだった。


 影で応援しよう。うん、影で。


「いい笑顔ですねー! ポージング色々変えてみてください!」

「はいっ!」

 

 パシャパシャ、風花はどんなときも堂々としている。

 いつもは楽屋でスケジュールを調節しているが、今日は車内で話した話題が気になっていたので、じっくりと観察していた。


 もしかしたらこの現場に、風花の好きな人がいるかもしれない。


 と、思っていたら、風花はいつもはしないような笑みを浮かべて”俺の近く”を見た。

 そして、片目をウィンク。


「あ、いいですね! 凄くいいです。安藤さんそのままで!」


 間違いない。あの顔は――恋だ。


 俺は急いで周囲を見渡した。誰に顔を向けたのか、誰にウィンクしたのか。

 しかし唯一いたのは、太った音声のおじさんだった。

 たしか名前は佐藤さんだ。独身で、彼女がいないといっていた。


 この人……なのか?


 応援しようとは思っていたが……、しかし再び、風花はウィンク。


「いいね、安藤さん、恋してる感じがするね!」

「……やっぱりそうなのか」


 俺は思わず佐藤さんを見つめた。いや、睨みつけてしまったかもしれない。

 何とも言えない親心のような気持ちだ。


 佐藤さんは俺の視線に気づき、会釈してきた。


 く……羨ましいぞ! 佐藤さん!


 ◇


「私の合図、気づきました?」

「ああ気づいたよ」


 帰りの車内、風花が言った。

 間違いない。佐藤さんのことだ。俺に気づいてほしかったという面もあるのだろう。

 こういうのは、面と面で向かってなかなか言いづらいことだもんな。


「えへへ、良かったです。普段はあんなことしないんですけどね」

「大胆で驚いたよ」

「だって、嬉しかったんです。普段は現場にいないですし」

「そう? 風花は知らないかもしれないけど、いつも見てるよ(佐藤さんはよく現場にいる)」


 信号待ちでふと彼女に視線を向けると、いつもより頬を赤らめていた。

 そんなに佐藤さんのことが好きなのか。

 応援はしてあげたいが、まだ未成年、法律違反はダメだ。

 ただ、見守ってあげることはできる。


「風花、大人になるまでは我慢だぞ」

「え!? ……そ、そうですよね……でも、大人になったら?」

「それは自由だ。抑えられない気持ちは仕方ないだろ」


 今日は一日中、大人の今泉式を見せている気がする。

 こうやって風花も色々と経験していくんだな。

 よし、最後に嬉しい情報を教えてやるか。


「佐藤さん、いい笑顔してるよな」

「……佐藤さん? え? えーと……あの、音声さんですか?」

「ああそうだ。佐藤さん、独身だし、彼女もいないらしいぞ」


 しかし風花は首を傾げている。それどころか、眉を潜めている。


「佐藤さんがどうしたんですか?」

「え? 気になってただろ?」

「どういうことですか?」


 よくわからない。何かが噛み合っていない気がする。

 何だこの違和感は。


 よし、ハッキリと訊ねて見るか。


「風花は佐藤さんのことが好きなんだろ? ほら、ウィンクとか」

「え……私が佐藤さんにしたと思ってたんですか?」

「違うのか?」


 返事が返ってこなかった。しばらくして横を見ると、明らかに不満に風花がむすっとしていた。


「ど、どうしたんだ!?」

「……式さんの、バカバカバカバカバカバカ!」

「ちょっと、やめろって運転中だぞ!?」

「バカ!」

「な、なんなんだよ!?」



 結局、風花の怒りは当分収まることがなく、数日間、口をきいてもらえなかった。


 女心ってのは難しい……。


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