第九話 小さな映画館
「もう少し帽子を深く被ってくれ。はい、眼鏡」
「はい! これでいいですか?」
「うん、似合ってる。可愛い」
「えへへ、じゃあ行きましょう!」
去年、風花は映画の撮影をしていた。俺は営業だったので試写会には呼ばれてなかったが、映画の公開が終わる。
その前には当然見ようと思っていたが、風花は俺と一緒に見たいといってきた。
ただ、ショッピングモールに入ってるような大きな映画館だとバレて迷惑がかかるかもしれないので、少し離れた場所に行くことになった。
風花は主役ではないが、主人公の親友役で、それなりに出番も多い。街は閑静で、見知ったことのあるチェーン店よりも、個人経営のお店が多かった。
信号を渡ると、すぐに小さな映画館見えてくる。
入口には、風花が出演しているポスターが貼られていた。
「載ってるね」
「はい、載ってますねえ」
お互いに顔を見合わせて、にへへと笑う。
まるで自分のことのように嬉しい。関わっていないのが悔しいくらいだ。
映画館の入口は自動改札機ではなく、おばあさんがいたので声をかける。
「10時の回、大人一枚と子供一枚もらえますか?」
「はい、席はどうしますか?」
出来るだけ真ん中が良かったので、風花と相談して決める。
「席はA-7と8でお願いできますか?」
「はあい、どうぞ。楽しんでね」
チケットをもらって二人でまたニヤける。
中に入ると、無人の売店があった。
服の袖を掴んでいた風花が、目を輝かせている。
「何味にする?」
「え? いいんですか!?」
「映画にポップコーンは必須だ。これがなければ始まらないだろう」
「じゃ、じゃあ……キャラメルポップコーン!」
「わかった。飲み物はいつものオレンジでいいか?」
「はい! あ、自分の分は出しますよ!」
「たまには気を遣わず子供のままでいなさい」
ありがとうございます! と風花は頭を下げた。
しかし売店に誰か現れる気配がない。
「待ってねえ」と声をかけられ、後ろを振り返ると、先ほどのおばあさんが歩いてくる。
なるほど、一人でしているのか。
注文を頼んだあと、おばあさんが話しかけてきた。
「このあたりの人じゃないねえ」
「そうです。落ち着いたところでゆっくり映画をみたくて」
って、これって失礼か? と思っていたら、おばあさんが笑う。
「ふふふ、いいねえ。ゆっくり落ち着いて見れるのが、うちの良いところだよ。はい、お嬢ちゃん、おまけつけとくね」
「え、いいんですか!?」
キャラメルポップコーンの上にバターを乗せてくれた。これには思わず喉をゴクリ。
「ゆっくり楽しんでねえ」
おばあさんが手を振って、俺たちを送り出してくれた。
映画を見る前から気持ちがいい。
「楽しみですね」
「ああ、ワクワクだ」
しかし思っていた以上に人が入ってきた。
もうすぐ映画が公演終了と言うのに驚く。
ただ、人気に一役買っているのは間違いなく風花のおかげだ。
次回は主役は間違いないだろうと言われているが、実はもう決まっていたりする。
「式さん、あーん」
そんなことを考えていると、風花がポップコーンを俺の口に入れようとしてきた。
反射的にぱくっと食べてしまい、すぐに周囲を見渡し、小声で注意する。
「だ、だめだろ!? 見られてたらどうするんだ!?」
「大丈夫ですよ。みんな前を向いてますし、騒ぐほうが危険です」
「ぐ……」
言う通りかもしれないが、やはりソワソワしてしまう。
こういうときは大人っぽく注意してくるのが、風花のズルいところだ。
けれども心配していたことはなにもなく、無事に映画が始まった。
ストーリーはわかりやすく、都会から田舎に来た中学生が、学校で親友(風花)と出会い、時にはぶつかり、わかり合っていく青春物語だ。
恋愛も絡むが、家族愛がテーマになっている。
『私は出会えて良かった。あなたがいるから、私は頑張れるの』
風花の台詞、この一言はネットで話題となり、皆の心を打った。
自然と俺の頬にも涙が流れていた。過去の記憶、亡くなった父親や忙しくて構ってくれなかった母親へのやるせない気持ちが溢れ出ていた。
横では、風花の目にも同じ雫が垂れていた。ただ彼女はその涙をぬぐうことはせずに、まっすぐに見つめている。
この映画を見る前、風花は俺に言った。
『撮影はのたしかった。映画の内容も凄く好き。でも、やっぱり主役になりたかった』
彼女は努力家で一途で、それでいて一生懸命だ。
それが人の心を打つ。
俺としても、彼女から学ぶことは多い。
ただこの涙は、もしかしたら気持ちを重ねているのかもしれない。
「風花。ほら、あーん」
「ぱくっ、もぐもぐ。うう……」
暗闇だし大丈夫だろうと、ポップコーンを口に入れてみる。まるで小鳥のように食べながら泣く。
面白いが、可愛くもあった。
次の映画の撮影では同行する予定だ。
風花がストレスのないように、楽しく撮影できるように俺も一生懸命になろう。
◇
「感動したー! 自分でいうのもなんだけど、いい作品だよね。って……式さんどうしたの?」
「うう……よがっだあああああああ」
エンドロールが終わる、劇場が明るくなった瞬間、俺の涙に風花が気付く。
怒涛の展開、そして
周りにバレないように静かにしないとだめだぞ、と口を酸っぱくいっていたはずが、ボロボロと涙を流してしまう。
「ふふふ、ほら、式さん行くよ」
「いごうが……」
清掃で先ほどのおばあちゃんが入って来たので、外に出ることにした。
そのとき、俺の涙に気づいたのか、おばあさんが声をかけてくれた。
「ありがとねえ。この映画、私も好きだよ」
「はい、最高でした……。すいません、出るのが遅くなってしまって」
「また来てねくださいねえ」
そして気づけば、後ろでおばあちゃんが風花を呼び止めていた。何を話していたのか訊ねて見たのだが、「なーいっしょ」と言われてしまう。
気になる……。
車内に乗り込み、いつものようにシートベルトを確認後、発進。
「次の映画がより楽しみになったよ」
「うんっ、次は式さんが涙で前が見えないくらい泣かしちゃうぞー」
「そうなると映画が見えなくなるよ……。そういえば、おばあさんなんて言ってたんだ?」
「女の子同士の秘密の会話だから、式さんには教えられないよー」
「おっ、言うようになったじゃないか。あれだったら、また次の映画もここに見に来るか」
「うん、私もまたここがいいと思ってた!」
「わかった。約束だな」
その日、車内で風花と見た夕日は、人生で一番綺麗に輝いてみえた。
◇ ◆ ◇ ◆
「また来てね、風花ちゃん」
「え、バレてました……?」
「私、大ファンなのよ。びっくりしちゃったわ。もしかしてデート?」
「あ、いやマネ……――はい、デートです」
「ふふふ、安心してね。誰にも言わないから」
「ありがとうございます。また必ず来ます」
「はい、またね」
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