第二話 天才ではなく、努力家だ。

「ねえ、どうして私じゃダメなんですか?」

「俺たちはそういう関係じゃないんだ」

「でも、私は本気です! 本気で、あなたのことが……」


 キリっとした瞳、声帯を震わせて音色を奏でたような声を出すのは――安藤風花あんどうふうか


 その後、首を傾げて台本に視線を戻した。


「うーん、なんかしっくりこないですねえ」

「そうか? 迫真の演技だったと思うが」


 今は車内、自宅に戻る途中で、ドラマ台本の練習を手伝っていた。

 内容はタイムスリップもの、風花の中身は26歳の大人という設定らしい。

 今どきは子役にも容赦なく難しい配役を与えるのだ。


「うーん、『どうして私じゃダメなんですか!?』 違うなあ……」


 そういえば、間違っていたことがある。


 ずっと安藤風花あんどうふうかのことを天才だと思っていたことだ。

 実際、彼女はテレビやネットでそう言われているし、それが大きく間違いだとは言わない。


 だが本当の意味では違う。彼女は超がつくほどの努力家で、どんな事にも一生懸命だ。

 どちらかというと物覚えは悪いと本人も言っているし、事実、台本だってクタクタになるまで読み返している。


 けれども、それを感じさせないほど必死で練習を重ねていた。

 まるで白鳥が水面下だけ足をバタバタさせているかのように。


 表面上は優雅に見えるかもしれないが、それを”天才” の一言で片づけられたらたまらないだろう。


 それと、大きく変わったことが一つ。


「式さん、飲み物どうぞっ! 運転中も水分補給は取らないとダメですよ」

「え? ああ、悪いね」

「いえいえ、はーい♡」


 ストロー付きの飲み物を、俺の口に運んでくれる。

 なんというか、積極的というか、仲良くしてくれているのはわかるが、たまにドキッとする。


 仲良くしてくれているのはありがたいが、今どきの中学生の考えることはよくわからない。


「可愛いですねえ、式さん」

「くたびれたおじさんだよ」

「ふふふ」


 前任の山本さんは女性だったが、俺は男性だ。誰かに誤解されては困るので、人前では気を付けてほしいと伝えている。

 今のところ、その約束は律義に守られているが。


 ただ、甘えたい年ごろなんだろうと思っている。中学生なのに仕事ばかりだなんて、俺には考えられない。

 同じ年のころなんて、ずっとゲームしたり、それこそセミを追いかけていた気がする。


「式さん、この後って予定ありますか?」

「特にないよ。どうかしたの?」

「もう少し台本のチェックをしたくて」

「わかった。だったら、事務所に戻るか。その前に連絡入れておかないとな」


 車を一時停止。

 風花は自宅に仕事を持ち込まないようにしているので、出来る限り事務所で働いている。

 中学生にプロ意識というものを目の当たりにさせられると、俺の身にも気合が入った。


 こういった時、風花の母親に連絡するのも俺の仕事だ。

 ただ、基本的に電話は出られないので、メッセージを送ってください、と言われている。

 一大事いちだいじの時は大丈夫なのだろうかと、いつも不安だ。

 そうして連絡を送ったあと、返信を待たずにアクセルを踏んだ。


「じゃあもう少し二人で頑張ろうか」

「はい! まだまだ一緒にお喋りできますね、式さん♡」

 

 語尾にハートマークが付いている気がする。

 冗談なのか本気なのか、風花の演技がうますぎて、俺にはわからない。


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