第三話 無くしてしまったアクセサリー

「ぐすん……」

「まあでも、新しいのを買えばいいだろ?」

「はい……そろそろ次の撮影に行ってきます。よし、切り替えだ!」


 悲し気な表情から一転、プロの表情でCM撮影に挑んでいく。

 新発売の柔軟剤、風花はバスタオルの天使役だ。


 ……バスタオルの天使ってなんだ?


 それはとりあえず置いといて、問題なく進行しているのを確認し、その場を後にする。


「さて、ああはいったがもう一度考えてみるか」


 今朝、楽屋入りしたときはあったと言っていた。


 ならば中にあるはず。


 俺は安藤風花あんどうふうか様、と書かれた楽屋の扉を開けた。

 中は四畳ほどの大きさで、机、鏡、軽食、そしていくつかの私物が置いてある。


「猫のキーホルダーか……」


 いつも風花が家の鍵に付けていたものだ。大きさは鍵より少し大きいぐらいで、三毛猫が眠たそうにしているキャラクターもの。

 大事にしているのは知っていたし、彼女が猫好きなのも知っている。

 出来れば見つけてやりたい――。


 ……が、いくら探しても出てこなかった。


「もしかして、落として足で蹴って外というパターンもあるか?」


 気付けば地面をはいずりながら探していた。

 楽屋の外に出て、自動販売機の下、ゴミ箱の裏、なんだったら誰かが捨てた可能性も考えて中まで漁ってみたが、見当たらなかった。


「……式さん、何してるんですか?」


 しかしそのタイミングで、風花が戻ってくる。


「あ、いや、その!?」


 ゴミ箱の中を覗いているスーツ姿のおじさん。

 これって、コンプライアンス的にNG? というか、変な誤解を招いてそうだ。

 流石に俺はそこまでお金に困ってないぞ。


「もしかして、キーホルダーを探してくれてたんですか? ずっと?」

「ずっと? あ……もうこんな時間か」


 と思っていたら、気づいてくれていたらしい。

 時計を見るとかなりの時間が経過していた。マネージャーとして時間管理は鉄則。

 なんだったら、お迎えに行くことも忘れてしまっていた。


「すまない、夢中になって」

「大丈夫ですよ。……って、すごい汚れてますよ!」


 慌てて駆け寄る風花。よく見ると白シャツが真っ黒だ。

 地面をはいずり回っていたんだから、当然か。それより――。


「ごめん、見つからなかった」

「そんなのいいですよ! ほら、クリーニングしないと落ちなくなります! 水洗いしておきましょう! 脱いでください!」

「え? ここで脱ぐ!?」

「楽屋でです! ほら早く!」


 慌てて手を引っ張られる。誰かに誤解されると困るので、急いで中に入った。

 言われるがまま中の白シャツを脱ぐと、風花は楽屋の中にある手洗い場で水を流しはじめる。


 ……これって俺が世話されてない?


「自分でやるよ」

「大丈夫です。いえ、させてください。私のために……すみません」


 どうやら気を遣わせてしまったらしい……。

 待っている間に見つけてあげようと思ったのだが、逆効果だった。


 このままではマネージャーとして失格。

 何か、何かしてあげたいが……そうだ。


「風花、このあと時間あるか?」

「え? ありますけど、どうしたんですか?」

「猫のキーホルダー、一緒に買いに行くってのはどうだ?」


 言ってから、しまった……と思ってしまった。彼女は大人顔負けの頭の良さで、気遣いに優れている。

 この言い方なら間違いなく、大丈夫です。と返す。


「大丈夫ですよ。無くなったものは仕方ないですし」


 やっぱり。っても、全然顔は仕方なくないんだがな……よし、やり方を変えるか。


「いや、スーツをクリーニングに出さないと代えが少なくてな。そのついでだだよ」

「そうなんですか? んー、だったら構いませんよ! 行きましょうか」

「ああ、悪いな」

「いえ! 軽く洗ってすぐに乾かしますね!」


 段々と表情が明るくなっていく。いつもは鋭いのに、こういうときは子供なんだよな。


「ふんふん♪ 式さんと買い物っ♪ 買い物っ♪」


 けど、嬉しそうでなによりだ。

 

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