【完】14歳の天才子役のマネージャーになった26歳の俺、年齢差が12歳ってやばくないですか?

菊池 快晴@書籍化進行中

第一話 マネージャーと天才子役

「ねえ、どうして私じゃダメなんですか?」


 狭い個室、車の助手席から、安藤風花あんどうふうかが俺を見つめている。

 まだあどけない顔の中に、大人びた表情を浮かべていた。


「俺たちはそういう関係じゃないんだ」

「でも、私は本気です! 本気で、あなたのことが……」


 キリっとした瞳、声帯を震わせて音色を奏でたような声を出す。


 彼女はまだ14歳――中学2年生だ。


 ◇


 数か月前――。


「マネージャー……ですか?」

「といっても、一時的なものよ。前任の山本さんが育休から戻ってくるまでの間の繋ぎ。数年前にもしていたし、要領はわかっているでしょう?」

「いやまあ、それはそうですけど……流石に突然過ぎませんか?」


 オフィスの一室、女上司の小松原朱音こまつばらあかねさんに呼び出されたかと思えば、開口一番に配置換えを言い渡された。


 俺は大手芸能プロダクションに所属して六年目になる、”営業” 担当の今泉式いまいずみしき――26歳。


「うちも人手不足なの。とはいえ、新人に任せるわけにもいかないのはわかるでしょ? それにとってもいい子だから」

「はあ……。そもそも相手の親御さんは了承してるんですか? だって俺は男ですよ?」

「もちろん許可は取ってるわ。当然、”本人” にもね」


 コンコン、扉を誰かが叩く。


「失礼します」

「あら、ちょうどいいわ。ご挨拶を宜しくね、”今泉マネージャーさん” ♪」

「いやまだ僕は了承して――」

「初めまして! 安藤風花あんどうふうかです。今泉式いまいずみしきさんですよね。話は聞いています。これからよろしくお願いします!」


 丁寧な言葉遣いと、あまりの可愛らしさに驚く。

 うちの所属なのはわかっていたが、実際に生で見ると桁違いだ。


 黒髪のショートカットは、まるで天使が降り立ったかのようで、彼女の清純な印象を一層際立たせている。

 目は深い黒色で、瞳には純粋な心が宿っているよう。小さな鼻は、きゅっと上がっていて、優しく微笑む姿は天使が微笑んでいるかのように美しい。


 これが――14歳の中学生? 人生何周目だ?


「あ……ええと……。初めまして、今泉式いまいずみしきです。マネージャー業務は久方ぶりなので迷惑をかけるかもしれませんが、こちらこそよろしくお願いします」


 俺の言葉に反応して、彼女がペコリと頭を下げる。その後ろでは、小松原さんがニヤニヤしていた。

 間違いない。対面すれば俺が断れないことをわかっていたのだ。


 でも、確かに彼女を新人に任せるわけにはいかない。


 なにせ、うちの芸能プロダクションの”看板”を背負っている天才子役なのだから。


「はい! こちらこそ迷惑をかけるかもしれませんが、仲良くなれたらなと思います!」


 キラキラと輝く瞳、しかしまあなんともいい子そうだ。

 これが天才のなせるオーラか。


「それじゃあ今泉くん、そこに置いてあるの全部引継ぎだからよろしく。あとこれからの舞台や映画、ドラマの件も先方に連絡しといてねー」


 サラリと言われたが、視線の先にはとんでもない量の段ボールが置かれていた。中を覗くと、恐ろしいほどの書類が詰め込まれている。

 これを全部頭に……入れるってことか?


「大丈夫ですか?」


 俺の顔色に気づいたのか、安藤風花あんどうふうかが心配そうに駆け寄って来る。

 よく見ると、彼女の顔色にも疲れが出ている。

 当然か、俺なんかよりも何倍も忙しいのだろう。最近、大手関係の映画撮影も決まったとも聞く。

 その矢先に信頼できるマネージャーから俺に変わってしまったのだ。

 笑顔の裏は不安でたまらないだろう。


 ……こんな気持ちじゃだめだな。

 引き受けたからには、彼女に誠心誠意尽くすべきだ。

 たとえ誰が相手でも、やるべきことをやる。


「大丈夫です。少し把握に時間はかかるかもしれませんが、スケジュールを管理したらまた改めて連絡します」

「良かった……。はいっ! 待っています!」


 これが、天才子役の安藤風花あんどうふうかと初めての出会いだった。


 ◇


 一週間後、全てのスケジュールの確認も終えて、正式にマネージャーを引き継いだ。


 まずはCMの撮影の付き添いから、送り迎えはマネージャーである俺が行う。


「今泉さん、おはようございますっ!」

「おはようございます。シートベルトを忘れないように気を付けてください。準備ができたら発進するので、教えてもらってもいいですか?」

「はい!」


 朝六時半、彼女の家の下で待ち合わせ。

 帽子を被っていても隠しきれないオーラを放っている。朝はテンションの低い人が多いのだが、さすが中学生、元気がいい。

 しかし立派なマンションだ。


「準備できました! あれ? ここに置いてあるチョコレートと飲み物は……?」

「安藤さんのプロフィールは確認しました。なので、好物はある程度把握しています。到着まで時間もありますし、もしよければどうぞ。それと発進しますね」

「いいんですか!? わ、凄い! これって先週発売したばかりの猫チョコですよね?」


 どうやら彼女は喜んでくれたようだ。

 猫チョコとは、先週発売した人気のお菓子で、中に猫の人形がランダムで入っている。

 実はコンビニを10店舗ほど回ってようやく見つけた。

 サラリと言ったが、内心は喜んでくれていることがたまらなく嬉しい


「……はうはう、美味しいです! 今泉さん!」

「喜んでもらえて良かったです。それと、大変な時期にも関わらず突然マネージャーが交代になってすみません」

「いえ、お子さんが生まれるのは嬉しい事です! そういえば、私の仕事の把握、大変でしたよね? こちらこそ申し訳ないです」

「とんでもないです」


 驚くほど丁寧な返し。それも話すときはわざわざこっちを見て話してくれている。

 何度も思うけど、本当に中学生だよな? 俺より大人じゃないか?


「すみません、台本のチェックしていいですか?」

「もちろんです。そこの棚に入っているので、どうぞ」


 気遣いも半端ない。それでいて真面目と聞いている。

 人当たりが良いとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。


 時間に余裕を持ってテレビ局に到着、降りてもらう前に、扉を開けにいく。


「安藤さん、どうぞ」

「ふふふ、まるでお姫様になったみたいですね」

「当然ですよ、扉に指を挟むと危険ですから」

「そのくらい大丈夫ですよ。家にでもドアはありますから」


 それもそうだと思ったが、俺の目の届く範囲では出来る限り気を付けたい。

 子供扱いをしているわけではなく、マネージャーとしての業務を全うしたいからだ。


「それじゃあ行きましょうか、駐車場なので、車に気を付けてください」

「はいっ」


 すると安藤風花あんどうふうかが、俺の服の袖をちょこんっと掴む。


「ねえ、今泉さん」

「なんですか?」

「猫チョコ買うために、コンビニをいくつ回ったんですか?」

「……どういうことですか?」

「ふふふ、だってネットで話題になってますからね。どこも売り切れって」

「たまたまですよ。偶然見つけたので」

「今泉さんは、演技が下手ですね」


 どうやら見透かされているらしい。これからも彼女に嘘は付けなさそうだ。

 笑顔一つとっても、完璧な表情をしている。天才、と呼ばれるのも頷けた。


 ◇


 無事に撮影が終わって、再び自宅に戻る。

 大人への対応は完璧で、誰もが彼女の虜だった。


「シートベルト装着できましたか?」

「はい。それと今泉さん、一つお願いがあるんですけど」

「一つですか? いくつでも大丈夫ですよ」

「だったら……敬語、なしにしてもらえませんか? 距離も縮まらないですし、仲良くなりたいので」

「あ、それはちょっと……周りの目もありますので」

「年上の方に敬語で気を使われるのがあまり……好きではないんです」


 そんなことはできません――と、返そうとしたが、彼女は真剣な表情を浮かべていた。たしか前任の山本マネージャーとも友達のように話していたと聞く。

 それが彼女の希望なら、敬語を使いたいというのは、ただの俺の我儘でしかないか。


「……わかった。けど、仕事上の付き合いで大勢の人がいる場合は敬語で、二人きりのときだけは、で……いいかな?」

「はいっ! もちろんです! 慣れないマネージャー業務もして下さっているのに、私の為に色々と考えてくださって、ありがとうございます!」

「そんなことないよ。安藤さんは優しいんだね」


 気を遣えるどころが、俺の仕事状況まで完璧に把握しているみたいだ。

 彼女となら一時的とはいえ上手くやっていけるだろう。


「実は山本さんがいなくなって不安だったんですが、後任がしきさんで本当に良かったです。凄く今、ホッとしました」

「……俺もだよ。そう言ってくれてありがとう」


 容姿端麗ようしたんれい温厚篤実おんこうとくじつ安藤風花あんどうふうか、まだ中学2年生……か。


 ……あれ、今さっき、俺のこと、しきさんって呼んだ?



 ――――――――――――――――

 

 年齢差があるものを書いてみたくなりました。

 どちらかというとゆったりとした、それでいてなんだかほっこりするお話になると思います。

 右も左もわかりませんが、見て頂けるとありがたいです。


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