第23話 幻影

 windrain魔法師は、かつてアウドムラ軍の師団長だったニクス様の懐刀ふところがたなとして働いた魔法使いだ。大変に優秀な魔法師で、その名はアウドムラ王国内外に知られていた。しかし、魔獣戦の時に巨大魔獣ニーズヘッグの討伐に苦戦していたニクス様達を助けるために禁断の魔法を使い、その結果として彼は魔法力そのもの塊となってあの世とこの世の狭間で生と死の間を司る仕事をすることになったらしい。


 ツクレイジーが声を震わせている。


「馬鹿な。あの男は死んだはずでは」


 半透明のwindrain魔法師は静かに答えた。


『ワシは消えてはおらぬ。生と死の狭間の世界で働いておるのじゃ。それはワシの文献『タイム・フライヤーズ~7つのチャンス~』に書き記しておるぞ。読むがいい』


 キエマちゃんが膝をついて頭を垂れた。


「お師匠様。お久しゅうございます。こうしてお会いできて、カターヌ・キエマは幸せでございます」


『ワシも嬉しいぞ、キエマ。そちはワシの一番弟子であったからの』


 ツクレイジーが目を丸くする。


「な、なんだと。この小娘がwindrainの一番弟子だというのか!」


『フォッフォッフォッ。魔法を見て、その筋の良さに気が付かぬとは、お主の魔術もたいしたことはないようじゃのお』


「くっ……」


 ツクレイジーは唇を噛んだ。


 ニクス王が言った。


「さあ、どうするのだ。そちは魔王ではなかったのか。魔王らしく戦うか、それとも降参するか。決めるがよい」


 ツクレイジーは鼻に皺を寄せたまま考えていた。どうやら、windrain魔法師との実力差を自覚しているらしい。自分に勝ち目がないと分かっているのだ。


 ツクレイジーは突然、人差し指を立てた両手を胸の前で組んだ。低い声で言い始める。


「ツクツクボーシ、ツクツクボーシ、ツクツクボーシ……」


 彼は蝉に変身し、飛んで逃げた。急いでミカンさんが弓を構えるが、蝉は部屋の中を飛び回り、狙いが定まらない。


 私も剣を振って斬り落とそうとしたが、的が小さ過ぎて上手く刃があたらなかった。


 蝉は我々の方に放尿してから、窓から外に飛んでいった。


 窓辺まで追いかけていったミカドロスさんがスプレーでシューと魔法薬を吹きかけたが、間に合わなかった。


 夜の空に明るい月が浮かんでいた。




 私は安堵の息を吐くと共に、剣を鞘に戻した。


 windrain魔法師が言った。


『ふう。危ないところじゃった』


 キエマちゃんが両膝をついたまま言う。


「ありがとうございます。お師匠様がいてくだされば、百人力、いえ、千人力、万人力、長州力でございます!」


 ニクス様も駆け寄り、古い友と言葉を交わされた。


「よく現れてくれた。助かったぞ、友よ」


『ニクス様、お久しゅうございます』


「向こうの世界の暮らしはどうか。いろいろと話を聞かせて……」


『ニクス様、申し訳ございません。私が現世に姿を現すことができるのは、回数と時間に限界があるのです。今回は奴がその事を知らなかったようなので助かりましたが、もし時間を稼がれていたら、私は消えて無くなっていたかもしれません。もう、時間がありません。キエマの事をよろしくお頼み申します』


「友よ!」


「お師匠様!」


 windrainは霧のように散って消えてしまった。


「お師匠様……」


 キエマちゃんはがっくりと肩を落とした。


 すると、オカンねえさんが声を荒げた。


「キエマ! 何してんねん! ヒグラシさんとアルエはんとシロクマさんが怪我してんねんで! 高名な魔法使いの一番弟子やったら、その優秀な魔法で怪我人と怪我熊を助けんかい!」


 ハッと顔をあげたキエマちゃんは、急いで周囲を見回した。


 アルエの肩にミカドロスさんが何か薬を塗っていた。少し光って見えるから、きっと魔法薬だろう。


 キエマちゃんは、まず、私が肩を貸しているヒグラシの所にやってきた。怪我をしている箇所を見回し、回復魔法を唱える。ヒグラシは何とか元気になった。


 その後、キエマちゃんはシロクマさんの所にいった。


 仰向けで寝ているシロクマさんは重傷だ。胸の所を激しく火傷している。横でミカンさんが大きな紙コップに刺さったストローをシロクマさんの口に咥えさせていた。子熊とペンギンはその隣で心配そうな顔をしている。


「動物の回復は、何となく不安だけど……」


 そう言って、キエマちゃんは少し不安そうな顔でシロクマさんに回復魔法を施した。その間もミカンさんはシロクマさんの大きな手をずっと握っていた。


 アルエの治療を終えたミカドロスさんは、壇に腰かけているニクス王のところに行った。怪我の治療を申し出ると、ニクス王は手を上げて、他の者たちの治療を優先するようにと言った。立派なお方だ。ミカドロスさんは、他の賓客たちの治療に回った。


 私は王の下に歩いていった。


 私の鎧の音に気付いて顔を上げた王に私は一礼してから少し厳しい顔で尋ねた。


「これは、どういう事でしょうか」


 ニクス王は、再び下を向き嘆息を漏らした。


「すべて私のせいだ」


 王は深く項垂れた。



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