第24話 機械の馬

 項垂れるニクス王の背後にオスミンが立ち、壇の袖の方に合図を送った。舞台裏から楽団が出てきて、悲しい曲調のBGMを奏でる。


 ニクス王は語り始めた。


「今から半年ほど前。丁度、魔獣戦が終わり、私が王に就任したばかりの頃だ。魔獣襲来によって破壊された王都は、復興のために混乱していた。それを奇貨とした奴ら魔獣どもが、人間に化けこの王都に潜入しようとしているという情報が届いたのだ」


 私は王様に尋ねた。


「先ほど密偵がいると仰っておられましたが、その者からの情報ですか」


「うむ。辺境の領主どもの動向を調べるために放ったスパイだ。コードネームは『ストレイシープ』。行動の際には『オリカゼ』という名を使用している。オリカゼによれば、魔獣の王都襲撃は辺境の領主による画策である可能性があるという」


「王様に仕えるこの国の領主が魔獣どもを使って反乱を企んでいるというのですか?」


「確かに、私は先代の王から統治を引き継いだ元家臣。私と並んでいた、または私よりも身分が高かった者たちの嫉妬を買うこともあり得るだろう。しかし、事はそう簡単ではないようだ」


 弦楽器の音が激しく奏でられる。


 ニクス王は話しを続けた。


「オリカゼからの情報では、アルラウネ公国との国境沿いにある自治領『カリントンコリントン』で不穏な動きがあるとの事だった。アルラウネ内の一部の勢力により動かされている者がいて、その者が魔獣や魔法使いを操り、このアウドムラ王国を手中に収めようとしているというのだ」


「この国をですか? それは信用に足る情報なのでしょうか」


 口を挿んだのはシーシ・マコーニさんだった。彼女はひびの入ったメガネを少し指先で上げてから続けた。


「カリントンコリントンは小さな宗教自治区。その自治を認めているのも、このアウドムラ王国ですし、あの領域自体、非常に平和的でのどかな地域です。わざわざ謀反むほんを起こすとは思えませんが……」


 私はシーシ・マコーニさんの顔を見てから、ニクス王に言った。


「私も兵士への筋肉指導で幾多の国を回って参りましたが、カリントンコリントンは平和な地域であるとの噂を耳にしております。感覚的には、その情報には疑問を持ちます。いったい、そのオリカゼというスパイは何者なのでしょうか」


 ニクス王はシロクマさんの横にいるミカンさんを一瞥してから答えた。


「彼女と同じ、異界からの転生者だ。『スクーター』とかいう機械の馬に乗り各地を移動している」


「すくーたー?」


 聞き返した私は、一度、シーシ・マコーニさんと顔を見合わせた。彼女も初めて聞く単語のようだった。


 ニクス王は頷く。


「眠ることなく走り続け、その速度はユニコーンよりも早く、大きなからは強烈な光を放つ鉄の馬だ」


「そ、それは魔獣なのですか。その者はツクレイジーのような魔獣使いなのでは……」


 シーシ・マコーニさんが不安そうな顔で言うと、ニクス王は首を横に振った。


「いいや。私も実物を見たことがあるが、あれは魔獣などではない。あれは異界の技術で作られた機械だ。異界の乗り物らしいが、とても速い乗り物であった。オリカゼはそれに乗り、荒野を移動してくる。光を放つ目のおかげで暗闇に包まれた夜でも休みなく移動できるので、私への情報の伝達が非常に早い。だから、私が密偵として各地に行かせていたのだ。カリントンコリントンにも」


 すると、音もなく私の隣に現れたダンダラ羽織姿のアルエ・マリボースがはんなりと尋ねた。


「ほな、そのオリカゼはんがツクレイジーの襲撃計画を知らせてきはったんどすか?」


「そうだ。だが、その真相を告白してきたのは、私が思いもしていなかった男だったのだ」


 打楽器の低い太鼓の音が響いた。つづいてハーブの音が流れる。


 ニクス王は悲しい顔で続けた。


「ちょうど、先代の王の国葬が終わった頃だった。カリントンコリントンから一通の手紙が届いた。オスミン、例の手紙を」


 オスミンは懐から一本の巻紙を取り出し、ニクス王に手渡した。


 ニクス王はそれを広げて、私に渡した。そして、私が目を通しているその手紙を指差す。


「それはドレイクからの手紙だ。マーメイドに襲われた船から脱出したは、近くを通った貨物船に救われたらしい。そして、今はカリントンコリントンに居ると書いてある」


「ドレイク様が! ご無事だったのですね!」


 そう言ったのはヒグラシだった。


「ウチの父さんもどすか?」


 すぐにそう尋ねたのはアルエ・マリボースだ。彼女の目には涙が溜まっていた。


 ニクス王はしっかりと頷いて見せ、アルエに言った。


「そちの父rnariboseは生きておる。あの船に乗ってドレイクたちと共に帰国しようとしていた事は分かっていた。だから、そちの事も心配していたのだ。毎晩、港で父の帰りを待ちながら剣の修行に励み、父が記した物語の続きを書いていると聞き、余はオリカゼをカリントンコリントンに向かわせる事に決めたのだ!」


 シンバルの音が力強く響いた。





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