第20話 魔王
いくらニクス様が元は優秀な戦士だったとはいえ、一度に三体のミノタウロスと戦うのは無理がある。
しかも、国王になられてからは激務が続いておられるので、私がトレーニング指導して差し上げる時間も減っている。筋肉も衰えているはずだ。
私はニクス様の下へと走った。途中にゴブリンどもが立ちはだかる。
「ええい、邪魔をするなあ!」
私は小柄なゴブリン達を次々と斬り倒して進んだ。しかし、斬っても斬っても次のゴブリン達が現れる。
ニクス王は敵から奪った一本の剣で三体のミノタウロスからの剣と斧と
私は唇を噛みながら、襲ってくるゴブリンを斬り捨て、何とか先に進もうとした。また、ゴブリンが現れて道を塞ぐ。
すると、ミカドロスさんが私の前に出て、握っているスプレーで何かの魔法薬をゴブリン達に噴霧した。
魔法薬を吸ったゴブリン達は苦しみだし、床の上に倒れると、のた打ち回りながら口や鼻や耳から白煙を上らせ始めた。やがて体内から発火し、燃え尽きてしまった。
スプレー缶を構えてポーズをとったまま、ミカドロスさんは言う。
「殺ゴブリン剤! 名付けて『せめて灰になるまで』!」
少し振り返り、私に言った。
「ここは任せて。さあ、行ってください!」
私は彼に、いや、彼女に頷いて答えると、奮闘中のニクス王の下へと駆けた。
ニクス王が一体のミノタウロスを押し返し、もう一体からの斧の攻撃を剣で受け止めた時、最後の一体が背後から鉈で斬りかかった。
「王様、危ない!」
私が叫ぶと同時に、鉈を振り上げたミノタウロスの前を斜めに閃光が通過した。そのミノタウロスは鉈を振り上げたまま、閃光の角度に沿って、上半身が真っ二つに切断された。
その向こう側では、浅葱色のダンダラ羽織を身にまとった女が細い刀を振り下ろしていた。アルエ・マリボースだ!
彼女ははんなりとした口調で言う。
「殺生はあきまへんえ。かんにん」
思いっ切り殺生しているじゃないかというツッコミはせずに、私はそこへ駆けよった。ニクス王を挟む形でミノタウロスたちに刃先を向け、背後のアルエに言う。
「待たせたな、友よ」
「ウチの本を買うてくれへん御人は友達やおまへんえ」
私は頷くことなく続けた。
「王様! ここは我々に任せてお逃げください!」
「おお、ドレミ師範か! 待っていたぞ! アルエも済まぬ! 任せたぞ」
王様はその場から退避されたが、すぐに襲ってきたゴブリン達に足止めされてしまう。
私とアルエは急いで前に出ると、それぞれの目の前のミノタウロスをほぼ同時に斬り倒した。
互いがそうした事を確認すると、私たちはすぐにニクス王の方へと駆け出した。すると、私たちの目の前にヒグラシの兄が立ち塞がった。
彼は逞しい腕を私たちの前に突き出して言った。
「手強い女どもだな。だが、私の敵ではない」
腕の先から放った光線が私とアルエにまとわりつく。私とアルエは体の動きを封じられ、身を浮かされた。
宙で両足をバタつかせながら、私は奴に言った。
「貴様だけが人間か。しかも、邪悪な魔法使い。さては、貴様がこの集団を率いているのだな」
「ならばどうする。その状況は剣を振ることは出来まい」
「こないな事したら、あきまへんえ」
「アルエ・マリボースか。あの物語の続きを綴っているということは、貴様はあのrnariboseの娘だな」
「ウチの父さんを何処にやったんどすか!」
さっきまではんなり口調だったアルエが声を荒げた。
「心配するな。まだ殺してはおらぬ。あの男には、この剣術の弱点を話してもらわねばならぬからな。だが、貴様は別だ。これ以上、あの物語の続きを綴ってもらっては困る。またドレイクのような、あの小説の見事な
奴は光線の威力を強めたようだ。空中に浮いているアルエが苦悶の表情で苦しみだした。
私は奴に叫んだ。
「やめろ! ドレイクと言ったな。それは、デュラハン・アルコン・ドレイクのことか!」
「そうだ。あの男は我々の配下が捕えている。まあ、どうせもうすぐ死ぬだろうがな」
奴はニヤリと片笑んだ。
「くうう……おのれ……」
私は必死に抵抗したが、全く体を動かせなかった。アルエは既に意識を失いかけている。
その時、二本の短剣が男の両肩に刺さった。私たちを捕らえていた光線が消え、私とアルエは床に落ちる。
私は顔を上げた。剣を投げたのはヒグラシだった。
「兄さん、もうやめるんだ!」
「愚か者が」
ヒグラシの兄は短く呪文を唱えた。両肩に刺さっていた剣がゆっくりと抜けていき、空中で塵となって消える。血は止まり、傷は瞬く間に塞がれた。
奴はニヤリと笑って答えた。
「私はもう、貴様の兄ではない。我は『ツクツクボウシ・クレイジー』。この大地と天と海を支配せんとする者。人は我を恐れ『魔王ツクレイジー』と呼ぶ!」
外で雷鳴が鳴り響く。
ポーズをとって筋肉を見せながら、奴は不敵に笑っていた。
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