第19話 変身

 ミカドロス・ヨイドレンさんは女性だった。


 みんな驚いて、目も口も大きく開けたまま固まっている。


 すると、さざ波の音だけが響く女子トイレの中に男の悲鳴が飛び込んできた。助けを求める声だ。晩餐会場の方からだった。


 そこに居た六人の女たちは同時に声の方に顔を向ける。


「始まったわね」


 私がそう言うと、すぐにシーシ・マコーニさんとミカンさんが外へと駆けていった。


「先に行っとるで! ちゃんと着替えてきいや!」


 そう言って、オカンねえさんは、あまりのショックに目を回しているキエマちゃんを引っ張って出ていった。


 ミカドロスさんが黄色い薬の小瓶を私に握らせて言う。


「飲んだら強く念じて下さい!」


 彼は……いや、彼女はズボンのぼたんを留めながら皆の後を追っていった。


 あの雑技団の曲芸師たちは、きっと魔物だ。私たちは奴らの独特の邪悪な妖気を感じ取っていた。狙いはニクス王の御命だろう。


 ちょっと怖いけど、私はその黄色い液体を飲むことにした。一気にあおり、精一杯に念じてみる。


「鎧さん、来て!」


 早速、遠くから何かが飛んできた。稲妻だ! 窓を抜けて女子トイレの中に飛び込んできた稲妻は、私の体を直撃した。赤いドレスが破れて吹き飛んだ。ここが女子トイレで、しかも私一人しか居なくてよかった! 


 続いて窓から防具が次々に飛び込んできた。左右のサバトン(鉄靴)が足に装着されたと思うと、続いてグリーヴ(すね当て)、クゥイス(もも当て)、パウレイン(ひざ当て)、タセット(草摺くさずり)と順に体に装着されていく。


 上半身や腕にも次々と装着されていき、背当てや胸当て、肩当ても装着された。


 大きく振り返ると同時に腕を伸ばして、最後に飛んできた剣をしっかりと掴んだ私は、肩から広がった赤いマントに包まれた。


 足を踏ん張って回転の勢いを殺し、遠心力で水平に広がっているマントの下で、私は鞘から剣を抜いた。


 鞘が刃をこする音が力強く響く。


 光を返して輝く剣の先端でまっすぐに迎賓の間を指し、私は声を放った。


「我こそは戦士ドレミマツーラ! 魔物どもよ、覚悟するがよい!」


 私は雄叫びをあげて女子トイレが出ていった。




 大きなドアを蹴り開けて、私は迎賓の間に突入した。思ったとおりだ。中は戦場と化していた。


 さっきまで仮面を付けて舞っていた筋骨隆々の大柄な曲芸師たちは、全員ミノタウロスだった。顔を白く塗った小柄な楽団員たちの正体はゴブリンたちだ。皆、曲芸で使った道具を武器にして人間を襲っている。


 隙を突かれた護衛の兵士たちは、ほぼ全滅状態だ。


 そんな中、オカンねえさんが食事用のナイフとフォークを使ってゴブリン達を倒していた。さすがは最強の暗殺者と言われただけのことはある。その横でヒグラシが両手に短剣を握り戦っていた。内腿のガーターに隠していたのだろう。それを使い、左右に立つゴブリンを交互に刺して一度に倒した。すると、ヒグラシの背後からミノタウロスが斧を振り上げて襲い掛かった。


 ヒグラシ! 私が叫んだ瞬間、そのミノタウロスの胸に矢が突き刺さる。飛んできた方角に顔を向けると、ミカンさんが弓を握っていた。


 肩のペンギンのアドバイスを聞きながら腰の子熊から次の矢を受け取ったミカンさんは、それを静かに弓に交えて冷静に的を射っていく。


 その隣ではキエマちゃんが必死に魔法光線を飛ばしていた。ナイフを逆手に握って近づいてくるゴブリンたちを遠くに吹き飛ばしている。


 そんな二人の方に二体のミノタウロスが突進してきた。それぞれ大きなハンマーと長いなたを振り上げている。だが、その二体の魔物は瞬時にはたきき倒された。小さな麦わら帽子を被った大きなシロクマによって。ミカンさんの友達だ。


 安堵の息を漏らした私の背後に何者かが忍び寄ってきた。私は振り向きざまにその敵を斬り倒した。それは自分の身長よりも長い柄のおのを振り上げたゴブリンだった。


 続いて襲ってきたミノタウロスの剣を自分の剣で受け止める。魔物は怪力だ。押し切られそうになるが、私は渾身の力で相手の剣を押し返し、素早く剣を振った。


 ミノタウロスは緑色の血を流して床に倒れる。とどめを刺そうと剣を構えるも、そのミノタウロスは既に絶命していた。それを見た私は少し肩の力を抜いた。その時、横からもう一体のミノタウロスが棍棒を振り上げて襲ってきた。


 油断した!


 私がそう思って構え直した瞬間、そのミノタウロスが握っていた棍棒に何かが巻き付き、手からそれを奪った。空中でうねったその黒く長い紐は、今度は一瞬で消え、次の瞬間には床を叩いていた。ミノタウロスの額が割れ、床に倒れる。


 その紐は風を巻き込んでクルクルと使い手のもとに戻った。それはシーシ・マコーニさんが操るむちだった。いぶし銀のドレスに巻き付いていたのは蛇ではなく鞭だったのだ。彼女は鞭の達人らしい!


「早く王様の所へ!」


 彼女に言われて、私はニクス王の方に顔を向けた。


 上半身裸で剣を握っているニクス王は、三体のミノタウロスたちに囲まれていた。



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