第18話 トイレ会議

 すごい! さすがは王宮殿の賓客用トイレだわ。照明も鏡も洗面台も、足下の大理石まで最高級品! 


 ん、何かしら。海の波の音が聞こえる。ここまで海岸や港の音が聞こえるはずはないのに……。


 ここは女子トイレの中だ。私たちは晩餐会が開かれている迎賓の間から出て、エントランスの横の来客用トイレに来ている。その経緯はこうだ。


 下品な余興の後、瀕死状態だったひろしをキエマちゃんが回復魔法で戻してあげた。すると、ひろしはが回復して元気になった。を見てしまった初心うぶなキエマちゃんは、真っ赤な顔で泣きながら外に駆けていった。シーシ・マコーニさんが後を追う。それに合わせて、私とオカンねえさんはミカンさんを外に連れ出した。一緒に出てきたヒグラシにミカドロスさんの様子を見てくるように言って、私たち女子は安心して話せる場所へと移動した。


 で、今、女子トイレの中にいる。


 首を傾げているミカンさんにオカンねえさんが言った。


「鈍いなあ。あのまま、あの席に座っとったら、あの曲芸師たちに何されるか分からんやろ」


 ミカンさんは指先でポリポリと額を掻いた。


「別にミカンさんだけが恨まれているわけでは……」


 そう言った私にオカンねえさんが鋭い視線を向ける。


「じゃあ、なんでドレミはここに来たん?」


 シーシ・マコーニさんが嘆息してから言った。


「やはり皆さんもお気付きでしたか」


 私は頷いてから、一人ずつ伺った。


 シーシ・マコーニさんも、オカンねえさんも、キエマちゃんも、ミカンさんも、厳しい表情のまま、黙ってしっかりと頷いて返す。


 オカンねえさんが私を指した。


「せやけど、どないするん? ドレミは丸腰やんか。鎧とマントも無いし」


「無いと駄目なんですか?」


 私にそう尋ねたキエマちゃんにオカンねえさんが答えた。


「この子、鎧がないと使えへんねん」


 シーシ・マコーニさんが嘆く。


「兵舎まで鎧を取りに行く時間は無いですね」


 私は眉をハの字に垂らした。そうなの。私、だとなの。


 すると、一番奥の個室の中から声がした。


「心配御無用!」


 個室のドアが勢いよく開き、中からミカドロスさんが出てきた。


「私が開発した魔法薬で解決です!」


 ミカドロスさんはジャケットのポケットから小瓶を取り出した。中には黄色く発光する液体が入っている。


「これは、飲んだ人がその時に一番必要な物を引き寄せる薬です。多数の魔法薬を調合して、ようやく完成させました。名付けて『Remix』!」


 気取った発音でそう叫んだミカドロスさんは、話しを続けた。


「話は聞かせてもらいました。実は私も気付いていたのです。貴重な魔法薬ですが、使ってください。この一大事に対処するためには……」


「自分、何しとん」


 オカンねえさんが話を遮った。


 ミカドロスさんは口を開けたまま皆の顔を見回してから言った。


「嫌だなあ。トイレですよ」


「もう一度訊くで。自分、何しとん」


 一瞬固まったミカドロスさんは、少し考えた後、「ああ」と言ってポケットから別の小瓶を取り出した。


「さっきの波の音ですね。あれは、このが出す音です。便器の中に数滴垂らせば、海の波の音が出るんですよ。で、トイレの恥ずかしい音をかき消してくれる。名付けて『いいわ、け』なんつって」


「知らんがな」


「じゃあ、音を出してみましょうか。ここに三滴ほど垂らしますから、少し反応まで時間がかかりますけど……」


 小瓶から洗面台の中に白い液体をポトポトポトと垂らしたミカドロスさんに、オカンねえさんが冷ややかな様子で言った。


与太話よたばなしは、もうええねん。ここは女子トイレや。分かってるなあ?」


 シーシ・マコーニさんが指先で眼鏡を少し持ち上げて言う。


「犬ならともかく、人間は見過ごせませんね。これは犯罪ですよ」


 キエマちゃんが拭いたばかりの目に涙を溜めて言った。


「ミ、ミカドロスさんって、変態だったんですか……」


 ビンッ


 ミカンさんが黙って弓の弦を鳴らした。


 私はミカドロスさんの顔を見据えて外を指した。


「とにかく、早くここから出ていってください」


 ミカドロスさんはワナワナと唇を震わせながら聞いていたが、ついに涙目になって言った。


「あ、あんまりだ……そんな……」


「何があんまりやねん、このドスケベが。男子が汚いもん出すんは隣のトイレや。ここは神聖な。はよ向こうに行かんかい」


 その男子トイレの方から男の悲鳴が聞こえた。誰かがドレス姿のヒグラシを見て驚いたのだろう。


 オカンねえさんが指の関節を鳴らしながら言う。


「こっちのトイレからも悲鳴を響かせたろか」


 ミカドロスさんは息を呑んでから、大きな声で言った。


「ならば、仕方ありません。とう!」


 ミカドロスさんはさっとズボンを下ろして、ジャケットを左右に開いた。


「おお!」


 神々こうごうしいを見て、皆、思わず声をあげる。


 ミカドロスさんは言った。


「私は女です!」


 ザッパ~ン


 洗面台から発せられた波の音が女子トイレに響いた。



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