第16話 網目シャツの男
太鼓の連打が続く。回転板が回されると、その上のひろしも共に回った。ひろしは恐怖に怯えキャンキャンと声をあげている。
網目シャツ姿のヒグラシの兄は、一度ナイフを宙に放ると、落下したそれを受け止めてすぐに投げた。
一瞬、観衆が息をのむ。
ナイフはひろしの股間の下にまっすぐに刺さっていた。ひろしは血相を変えて必死に下を向き、ナイフの柄に焦点を合わせている。
私たちは思わず息を漏らして胸を撫でた。
一瞬の静寂の後で、客から拍手が沸く。
オカンねえさんがナッツを咀嚼しながら言った。
「これであの犬も懲りたやろ。ポリポリ……」
「もう、女性の下着なんか……え?」
再び太鼓の音が鳴りだした。私は慌てて前を向いた。
網目シャツの男は、今度は目隠しをし始めた。観衆がどよめく。
ひろしを
「えげつな……ポリポリポリ……」
一言そう言ったオカンねえさんの隣で、私は、どうかひろしに当たらないでくれと祈っていた。斬ってやろうと思っていた犬なのに……。
網目シャツの男は目隠しをしたまま左右の手に持ったナイフでジャグリングを始めた。
黙って見ていたヒグラシの手はテーブルの上で拳を握っていた。シーシ・マコーニさんはハンカチで何度も汗を拭いている。キエマちゃんは手で顔を覆っていた。
「どうせ、あれで手を怪我して、投げられませんでしたってオチやろ。見え見えや。ポリポリポリポリ……」
そう言ったオカンねえさんがナッツを噛む音が止まる前に、男はナイフを連続して投じた。
ナッツを喉に詰まらせたオカンねえさんが咳込む。
ナイフはひろしの脇腹の横と頭の隣に立っていた。ひろしは舌を出し、目をクルクルと回している。
私は強く息を吐いた。観客の拍手も
網目シャツの男は目隠しを外すと、太く
テーブルの上のヒグラシの拳が震えていた。シーシ・マコーニさんは何度も水を飲んでいる。キエマちゃんは小声で何かをブツブツと言っていた。オカンねえさんは小皿からナッツをうまく取れずにいる。
太鼓の音が鳴り出した。
ヒグラシが机の上を強く叩いた。
網目シャツの男は戦闘用の大きな斧を両手で高く持ち上げ、観客にアピールしていた。
ひろしを
シーシ・マコーニさんが強めにコップを置いた。
ひろしのキャウーンキャウーンという高くかすれた声が場内に響き渡る。
オカンねえさんがナッツをテーブルの上に投げつけた。
「ええ加減にせえ! もう十分や!」
太鼓の音は止まらない。
網目シャツの男は両手で柄を握った斧を八の字に振り回し始めた。
私は向かいの席に顔を向けた。
「キエマちゃん! 魔法でなんとかならないの!」
「やってます。でも、全然効かなくて……」
ヒグラシが髭を震えさせながら言った。
「もしかしたら、兄は魔法術を会得したのかもしれません。あの兄が習得するとしたら、それは黒魔術でしょう。キエマさんは正統派の白魔術。兄の魔法とは陰と陽。魔力が
キエマちゃんは目をつむり、「うーん」と必死に魔法を送る。しかし、効果はない。
網目シャツの男は斧を振りながら、チラリとキエマちゃんの方を見た。
「あのボケ、意識的にキエマの魔法を防御しよるんよ。厄介やなあ」
そう言いながら、オカンねえさんはテーブルの上からそっとナイフを取って膝の横でクルリと回した。指で刃の部分を挟んでいる。
オカンねえさんは元暗殺者だ。ナイフをあの男に投げるつもりだろう。私は邪魔にならないように、少し体を横に退けた。
補助役の男が板の回転に更に力を加え、回転を速めた。ひろしの泣き声が聞こえなくなる。気絶してしまったに違いない。
網目シャツの男は片腕でゆっくりと斧を持ち上げ、狙いを定めている。その斧の刃の長さは、
「もうやめて!」
キエマちゃんが顔を覆って叫んだ。
オカンねえさんが素早く手を振ってナイフを投げる。それと同時に男が斧を投じた。そして、飛んできたナイフを掴み、こちらを睨む。
「チッ!」
オカンねえさんの舌打ちよりも先に斧はひろしの直前まで飛んでいく。
縦に回転しながら飛ぶ斧が、あと半回転でひろしの体を断ち切るという位置で高い音が鳴り、斧が横に押し飛ばされた。
転がった斧は床を滑っていき、壁に激突する。その上の壁には一本の矢が深く刺さっていた。
音がしたような気がして、私が振り向くと、オカンねえさんが首をすくめて屈んでいた。その後ろに青いシャツの女が立っている。
ストローを咥えたままのミカンさんがまっすぐに伸ばした細い腕の先には、長い弓が握られていた。
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