第15話 悲しき余興

 私は唖然とした。今、王様の目の前で大皿を回している男が、このヒグラシの双子の兄だというのか。あの筋骨隆々のムキムキ男が、この背中を広く開けた黒い刺繍入りドレスを着ているオッサンの双子の兄だというのか!


 確かに二人とも顔はよく似ている。いや、似ているどころか、ひげの形が違うだけだ。あと、服装も。


 でも、二人とも手は両利きみたいだし、向こうのお兄さんも黒の革パンツに網目のシャツ一枚だから、今のヒグラシの格好と共通点があるといえば、どことなくありそうだ。二人とも、何か怪しい。いや、ブラをしているヒグラシの方が上手か……。


「どないしたん?」


 オカンねえさんに訊かれて、私は事情を説明した。


「ええ! ホンマなん? あの人、ヒグラシさんの変態兄弟の兄貴なん?」


 要約の仕方に問題はあると思うが、オカンねえさんに話せば、すぐに全員に知らせてくれる。便利だ。


 シーシ・マコーニさんもキエマちゃんも驚いている。


 ミカンさんは……子熊ちゃんとペンギンくんに鮭の香草焼きを食べさせていた。シロクマさんは、デザートのアイスを堪能中。


「会いに行った方がええんちゃう?」


 オカンねえさんがそう言ったのを聞いて、私も頷いたが、ヒグラシは首を縦には振らなかった。


「兄は昔、一族に伝わる両刀使いの技を用いて盗賊行為を繰り返し、我がヒグラシ一族の名に泥を塗った男です。もう、私と彼は、兄でもなければ弟でもありません」


「そっか。ヒグラシは高名な芸人一族の末裔だって言ってたもんね」


「せやけど、挨拶くらい、しといた方がええんちゃう。芸は礼に始まり礼に終わるって言うやろ」


 掛けたメガネの角度を整えながら、シーシ・マコーニさんが言った。


「それは剣です。もしくは武」


「お、メガネ掛けたんやね。そっちの方が色っぽいやん。それで責めたりいや」


「誰をですか」


 言い合っているマコーニさんとオカンねえさんと交差する形で、私とキエマちゃんは会話した。


「ね、やっぱり、ちょっと会って、話しくらいはしておいた方がいいんじゃないかな。もう、会えなくなるかもしれないし」


「でも、お二人の事は、お二人にしか分からないのでは。あまり部外者が無理強いするのは、どうかと……」


「うーん、そうだね……。ねえ、ヒグラシ、本当に話さなくていいの?」


 私は隣のヒグラシの背中に尋ねた。


 ドレス姿のヒグラシは両肩をあげて座ったまま、黙っていた。


 オカンねえさんが私の肩を叩く。


「もう、ええやん。ヒグラシはんも、いろいろ思うところがあるねん。そっとしといたろ」


 確かにそうだ。私たちのような、この頃交流をもっただけの人間が、家族の長い歴史に口を挿むべきではないのかもしれない。


 私は話題を変えた。


「ところで、ミカドロスさん、大丈夫かな。お酒もだいぶ飲んでたみたいだし」


「せやな。ちょっと見に行ったるか」


 オカンねえさんが立ち上がろうとすると、大きなの音が鳴り響き、後方の広い出入口ドアが左右に開いた。会場の中に、何かを入れた檻が台車に載せられて運び入れられてきた。


 前の方に顔を向けると、ヒグラシのお兄さんは回す物をチェンジしたようで、左右の手の上で、それぞれ荷車の車輪を立てて回していた。すごい指の筋肉だし、なんて頑丈な肩の筋肉だろう!


 私はその曲芸と筋肉に暫く見とれてしまった。


 ヒグラシの兄は、車輪の次は椅子、その次は業務用の大鍋と回す物をどんどん大きなものと替えていき、終いには酒樽を左右の手の指の上で回し始めた。これには会場の客から割れんばかりの拍手が彼に贈られた。


 喝采の中で彼が酒樽を下ろし、静かに床に置くと、今度は小太鼓を細かく叩く音が響いた。


 さっき運ばれてきた檻の扉が開けられている。


 台車に載せて運ばれてきたのは、矢のまとのような円形の回転板だった。そこには黄金のビキニパンツを穿いた白い犬が四肢を開いた体勢ではりつけにされていた。


 見覚えのある犬に思わず声が出る。


「ひろし!」


「なんや、ドレミの知ってる犬かいや……って、あの犬、金色のパンツ穿いてるで」


「うん。たぶん、例の王様にプレゼントするはずだったビキニパンツ。やっぱり、盗んだのはひろしだったんだ」


「かあ。しょうもない犬やなあ。女の下着も盗るんやろ。スケベそうな顔してるわ」


「でも、あんな事して、何するつもりだろ」


 私がそう呟くと、シーシ・マコーニさんがメガネを指先で整えながら言った。


「まあ、だいたいの想像はつきますが……」


 隣のキエマちゃんがボソリと言う。


「なんか、可哀そうですね」


「いや、女の敵の犬やんか。仕方ないわな」


 そう言ったオカンねえさんに続いてヒグラシが言った。


「王様の前で流血沙汰は起こさないでしょう。私の兄なら腕は確かなはずですから、ただの余興だと思って見ることにしましょう」


 オカンねえさんがナッツを口に放りながら言った。


「ほな、ちょっとしたお仕置きやね。ポリっ」


 ヒグラシの兄が片手にナイフを持って構える。


 私はモヤモヤして仕方なかった。



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