第14話 曲芸と会遇

 その後、受賞者たちの名前が次々に呼ばれていき、壇上で賞状が渡されていった。ミカドロスさんの名は未だ呼ばれない。なんとなく、ミカドロスさんのグラスが空になるペースが速いような気がする。


「短編小説特別功労賞、『地獄の門の鍵』著者、スミヲ・オスミン」


 ミカドロスさんの隣の席の大顔の男が返事をして立ち上がった。歩いていく彼を尻目にミカドロスさんは酒を呷った。


 オカンねえさんが心配顔で言う。


「自分、飲み過ぎやで。そのくらいにしとき」


 ミカドロスさんは真っ赤な顔の前で手を振った。


「らいじょーぶれす。ぜんぜん、よっれませんから……」


 私とオカンねえさんは顔を見合わせた。


「続きまして、小説新人新作部門、優秀作品賞受賞作『異世界でドラゴンをかう、ペガサスもかう、えーと次は何だっけ?』著者、ニシ・シマコーニ」


 どよめきの中、シーシ・マコーニさんがスッと立ち上がった。驚いている私たちの方を向いて小声で言う。


「ペンネームで出しているんです。私は役人なので」


 そうではなくて、堅物そうなあなたが、こんなポップな題名の作品を書いていることに驚いているのだが、本人は気付いていないらしい。


 オカンねえさんが声を殺して言う。


「メガネ、メガネ。掛けていかな……ああ、行きおった」


 モデルさんのように妖艶な腰つきで前まで歩いていったマコーニさんは、少し戸惑いながら壇上に上がると、役人の前で膝をつき頭を垂れた。注意されて、小さくなって王様の前まで移動してから、もう一度膝をついて頭を垂れた。


 私とオカンねえさんはマコーニさんの事が心配で、彼女が戻ってきて自分の席に腰を降ろすまで、ずっと見守っていた。


 前から司会者の声が響いた。


「以上で授与式を終了いたします。続いては、異国から参りました雑技団が妙技をご披露いたします。どうか存分にお楽しみください」


「わああああ!」


 ミカドロスさんがテーブルに突っ伏して声をあげた。結局、彼の名前が呼ばれることはなかった。列席している他の作家さんたちは全員が何らかの賞で呼ばれ、賞状を貰ったというのに。


 大泣きしているミカドロスさんにオカンねえさんが声をかける。


「きっと間違いやて。王室が、ここにミカドっちを招待したんは、賞を渡すためやろ。せやったら、何か受賞してるはずやん」


 私も言ってあげた。


「そうですよ。昨日開かれる予定だった晩餐会が今日に変更されて、授与式も急に日程が変わったから、きっと何か手違いが生じたんですよ」


 シーシ・マコーニさんも身を乗り出して言った。


「後で、私からも確認しておきますから、そんなに落ち込まないで……」


「あんまりだあ! あんなに読者から評価されているのに、あんまりだ!」


 泣きながら、そう叫んでいるミカドロスさんに、隣の席のオスミンさんが言った。


「泣くよっか、ひっ飛べ」


「ちぇすとおおお!」


 そう叫びながら、ミカドロスさんは黄色い髪を振り乱して席を立つと、向こうに駆けていき、会場から出ていってしまった。


 私とオカンねえさんとヒグラシとキエマちゃんとシーシ・マコーニさんが心配そうに廊下の方に顔を向けている横で、ミカンさんはストローで白湯を吸っていた。隣のシロクマさんはナイフとフォークを使って品よく魚のムニエルを食べている。


 すると、どこからか聞き慣れない太鼓の音が鳴り始めた。リズムよく打ち鳴らされ、会場の緊張感を高める。


 三方の出入口が同時に開いた。仮面を付けた曲芸師たちが、笛や小太鼓を鳴らしながら入場してくる。


 弦楽器の音も加わり、司会者が合わせた調子で言った。


「只今、世界中で人気沸騰! 話題の新興雑技集団『ケルベロサス』のみなさんです! 盛大な拍手でお迎えください!」


 会場内が拍手の音で埋められると、後ろの大扉が左右に大きく開き、不気味な仮面を付けた筋骨隆々の男たちが入ってきて、バク転や側転をしながら前の方へと進んでいった。


 続いて、顔を白く塗った小男たちが現れ、それぞれ、短刀でジャグリングを始めたり、剣を額の上に立ててバランスをとったり、二人組でナイフを投げ合ったり、火のついた棍棒をぐるぐると回したりしながら前の方へと進んでいった。


 客たちの拍手が鳴り止むと、曲芸師たちは技をやめ、壇の前に一列に並んで、揃ってニクス王に一礼した。


 王様は片手をあげて返事をする。


 くるりとこちらを向いた曲芸師たちは、会場内に散り、再び音楽を奏で始めた。


 すると、王様の前に立っていた筋肉質な男が顔から仮面を投げ捨てた。髭面のその顔は、どこか見覚えがある。


 男は大皿を一枚受け取ると、それを左手の人差し指の先で回し始めた。続けてもう一枚の大皿を右手の人差し指の上で回し始める。


 会場に歓声が沸いた。


 私も興奮して拍手していたが、前に見えるヒグラシの体は動いていなかった。ただ、じっと前を見つめている。


「ヒグラシ、どうかした?」


 私が尋ねると、彼は前を見たまま答えた。


「あの男は、幼い頃に生き別れた私の双子の兄です!」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る