第13話 晩餐会の美女たち+1➂
その熊は片手に握った大きな紙コップを持ち上げると、それに刺さったストローを咥えて、吸った。その前の女と同時に「ズズズ」と音を鳴らす。
「どういう返事やねん! 分かるか」
肩を上げているオカンねえさんに、向かいの席の青年が言った。
「どういう事情か分かりませんが、たぶん、その人と一緒に、こちらの世界に召喚されちゃったんでしょうね。親子で」
「親子? おおっと! もう一匹おんのかいな」
オカンねえさん越しに覗くと、その青いシャツの人の腰の辺りに小さな白い子熊がしがみついていた。その人はテーブルの上の料理を少しスプーンで取ると、その子熊に与えていた。
「どないなっとん……。ていうか、自分、色々と詳しいな。何でなん?」
向かいの席の青年は黄色い髪をかき上げながら、少し気取って答えた。
「ま、私は小説を書いていますから、万事に詳しくないと。それに、王都大学で魔法薬学も学んでいますので、いろいろと情報は集めておく必要があります。ま、たいした事ではありませんよ。はははは」
笑う青年の横顔にキエマちゃんが輝く視線を向けた。彼女は魔法ヲタクみたいだから、きっと隣の席の彼が魔法薬学を学んでいると聞いて反応したのだろう。
一方、オカンねえさんは違う方に食いついていた。
「へえ、自分、小説家なん? 何書いとんの?」
「いろいろ書いていますよ。王都新聞さんに『魔法取締官KSの捜査記録』を連載中です」
またキエマちゃんの目が輝いた。
黄色い髪の青年はキエマちゃんの方をチラリと見てから話を続けた。
「その他にも、この頃は短編を何本か書いています。それと、エッセイも書きますね。例えば、そうですね、『プロテイン食ってみた』とか」
素晴らしい! 最高だ。絶対読む!
私は心中で、その青年に拍手を送った。
オカンねえさんは質問を続ける。
「ふーん。人気なんやね。名前聞かせてや」
「ヨイドレンです。ミカドロス・ヨイドレン。よろしくお願いします」
青年は隣のキエマちゃんに握手を求めた。キエマちゃんは恥ずかしそうに彼の手を握る。
鼻から息を吐いたオカンねえさんは隣の席に顔を向けた。
「ほんで、転生してきた動物園のおネエちゃんは、何て名前なん?」
「ミカン」
「なんて?」
「ミカン。ミカン・アマクーネ」
「みかん甘くない? くっひひひ。ホンマかいな。おもろい名前やな」
ミカンさんはストローを咥えたまま両頬を膨らませた。
オカンねえさんは笑いながら顔の前で手を一振りする。
「くひひ。ごめん、ごめん。
私は涙を拭いているオカンねえさん越しにミカンさんに尋ねた。
「ミカンさんは、こちらの世界の言葉は分かるのですか?」
そうなのだ。召喚魔法で一方的に召喚されても、こちらの世界の言葉が分からず、結局、身を滅ぼしてしまう者も多いらしい。私は少しミカンさんが心配になっていた。
ミカンさんは右手の親指と人差し指で小さな隙間を作って見せてくれた。少しだけ分かるという事だろう。私は少しだけ安心したが、同時に、彼女の細い指が傷だらけだった事が随分と気にかかった。その事について私が尋ねようとした時、前の方の司会役の男が大きな声を発した。
「それでは、これより、アウドムラ王国文化功労章の授与を執り行いたいと思います。皆様はお食事を続けていただいて構いませんが、どうか受賞者には温かい拍手をお贈り下さいませ」
私は座り直し、ナプキンで口を拭いた。斜向かいの席のミカドロスさんがジャケットの襟を整えていた。なんとなく落ち着きがない。そんな彼にキエマちゃんと反対の隣の席から、顔の大きな初老の男が言った。
「おはんが受賞すっとは間違いなか。腹に力を入れっせ、じっちしちょらんか。みぐるしど」
異国の言葉のなまりが強くて、後半は何を言っているのか分からなかったけど、たぶん、ミカドロスさんに落ち着けと言っていたのだろろ。
オカンねえさんが体を斜めに倒して隣のミカンさんに耳打ちしていた。
「な。なに言ってんのか分からへんやろ。ウチも西国のなまりがとれへんから、時々話が通じへんねん。でも、何とかなっとるで。あんたも頑張りや」
ミカンさんはペコリと頭を下げた。オカンねえさんは笑顔で頷いて返していた。
書類を片手にした司会者が受賞者の名前を読み上げた。
「アウドムラ文化功労新人賞、長編歴史小説部門、アルエ・マリボース」
「はい!」
長ーいテーブルの先の方で返事の声が響いた。ん? アルエ? どこかで聞いた声……ああ!
拍手の中を壇上に向かって歩いていくのは、浅葱色のダンダラ羽織を身にまとった若い女だった。あの港にいた女剣士だ!
私は必死に遠くの壇の上を覗いた。
アルエさんは誇らしげにニクス王の前まで歩いていくと、深く一礼してから王の前で片膝をついた。王から短く声を掛けられた後、役人から賞状を受け取る。
王に一礼して壇から降りてきたアルエさんは、凛とした表情で自分の席に戻っていった。
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