第12話 晩餐会の美女たち+1②

 長ーいテーブルの先の壇上の隅が、スポットライトで照らされた。


 真っ白に輝く光の中心に、分厚い羊毛生地の真っ赤なマントで身を覆った大男が現れた。男は金髪の頭の上に煌びやかな王冠を載せている。


 マントの中から大きく左右に両腕を広げて、マントを後方に放り投げたその男は上半身に何も着けていない。


 日焼けしたその肉体はよく鍛えられていて、各筋肉がそれぞれ自己主張している。


 スポットライトの中で男がポーズをとり、自慢の筋肉を膨らませて見せると、晩餐会場のあちらこちらから声が飛んだ。


「ナイスバルク! キレてますよ! でかいですよ!」


「メロン肩! 三角チョコパイ! 腹筋が板チョコになってます~!」


「キャー! その腹斜筋で大根をおろして下さいませ!」


「きゃああ! ニクス様あ! 上腕二頭筋が噴火直前でございますわあ!」


 そう、この人こそ、現アウドムラ国王・ニクス様だ。


 会場の招待客たちに手を振りながら壇上に置かれたテーブルの中央の席へと移動するニクス様への歓声と拍手は鳴りやまない。私も一声だけ贈ろう。


「ニクス様あ! ナイスカットですわよ! 仕上がってますわあ! 筋肉合同際開催中!」


 しまった。つい三言も送ってしまったわ。私ったら……。


「何事やねん。ダジャレコンテストかいな」


 オカンねえさんは呆れ顔だ。キエマちゃんはキョロキョロと周りを見回している。まあ、驚くわよね、そりゃ。


 中央の席に着いたニクス様は、立ったまま逞しい右腕を高く突き立てた。会場から一斉に拍手が贈られる。


 暫くの間、その全身のはち切れんばかりの筋肉で、盛大な拍手を受け止めていたニクス様は、掌を向けて会場を静まらせた。


 静寂の中、王様は挨拶をお述べになる。


「皆の者、今宵は我が誕生祭によくぞ集まってくれた。礼を言おう。私からのささやかなのつもりで、この晩餐会を開いた。我が料理人たちが腕を振るった料理である。存分に楽しんでくれ」


 再び湧き起こった拍手に手を振って応えてから、ニクス様はようやく席に腰を降ろされた。


 楽団の軽やかな演奏が始まり、皆がさじやフォークを手に取った。


 スープを口にしてみた。美味しい。隣のオカンねえさんの顔を覗く。オカンねえさんは料理人だ。舌が肥えている。スプーンを口に運んだオカンねえさんは、宙を眺めて味を確かめると、驚き顔で首を縦に振った。


「うん。美味いやん。さすがは宮廷料理人が作ったスープやね、いい味してるわ」


「この香草蒸しのお肉も美味しいわ」


「ホンマやね。よう香りがついてはるわ。ウチの店でも真似して……」


「ズズー」


 何かを吸い上げる音がして、私とオカンねえさんはそちらを向いた。


 オカンねえさんの、私とは反対の隣の席からの音だった。


 肉を切る手を止めて隣席に顔を向けたオカンねえさんが言う。


「何しとん?」


 その席には肩までの髪を首の後ろでキュッと一本にまとめただけの若い美女が座っていた。明るい水色の半袖シャツ一枚という軽装だ。肩から斜めにポシェットか何かを提げている。


 紙コップに刺したストローを口に咥えたまま、その人はオカンねえさんの方を向いた。


「だから、自分、何しとん。なに飲んでんの?」


「白湯」


「さゆ?」


「そ。白湯」


「ふーん。知らんけど、持ち込みかいな……って、なんで肩に鳥載せてん。鳥やろ、それ」


 オカンねえさんは私の側に身を引いて彼女の肩の上をナイフで指した。


 その水色シャツの女の肩には小さな生き物が載っていた。黒い色眼鏡を掛けた白黒の鳥のような生き物が、人のように二足で立って載っている。見たことのない生き物だが、魔物ではなさそうだ。両手が羽のようになっているので、たぶん鳥だろう。


「ペンギン」


「は?」


「ペ・ン・ギ・ン」


「ぺんぎん……なんや、それ」


 そう言ったオカンねえさんに、向かいの席の黄色い髪の青年がテーブル越しに説明した。


「異界の鳥ですよ。なんでも、寒い地域の鳥だそうで、空は飛べないみたいです。その方、きっと召喚されちゃった人なんですよ」


「そうなん? 自分、転生者なん?」


 青いシャツの女はストローを咥えたままコクコクと頷いた。


 一度私とシーシ・マコーニさんの顔を順に見たオカンねえさんは、再びその人の方を向いて言った。


「かあ。あんたも大変やったね。頑張りや。応援してるで。それにしても、まだ異界からの召喚とか、してんのかいな。もう、ええちゅうねん。迷惑やんか、なあ」


 そうオカンねえさんに言われて、青シャツの女はまたコクコクと、今度は少し強めに頷いた。その後ろで白い壁が動く。その女の更に隣の席で、頭の上の麦わら帽子を押さえながら、白い大きな生き物が懸命に頷いていた。


 フォークを落としたオカンねえさんが言う。


「な、なんやの、これ……」


 向かいの席の黄色い髪の青年が口の前でグラスを傾けながら答えた。


「熊ですね。たしか、シロクマとかいう種類の」


「知ってるがな。それはこっちの世界にも居てるし。てか、なんで王宮の晩餐会に熊が出席してんねん!」





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