第9話 重大事実の発覚!

 私の隣にやってきたヒグラシが言った。


「なかなか目を覚まさなかった師範のことを心配したのでしょう。一晩中、何か呪文のようなものを唱えておりました」


 反対の隣に立ったオカンねえさんも言った。


「回復系の呪文やろね。この子、本職はヒーラーの方ちゃうんかな。あの爆発の時も、破壊系の魔法と回復か防御系の魔法を同時に飛ばしとったんやろな。なかなか器用な子やわ」


 私は左右の二人と腕を組み、片脚を上げた。つられて左右の二人も脚を上げる。


「三人仲良くラインダンス……って、なんでやねん!」


 オカンねえさんの完璧なツッコミ。大丈夫だ、彼女は正気だ。


 だとすると、あの爆発で死傷者が出なかったのも頷ける。しかし、この子は、あそこに居た人々全員を守るための魔法を個別に同時に飛ばしたのだろうか。この子自身の疲労も相当なものであるはずだし、それにもかかわらず一晩中、私に回復魔法まで。この子はかなり優しい心の持ち主なのだろう。


 私は牢に歩み寄りながら、鉄格子越しにその子に話し掛けた。


「昨夜の事は事故だ。気にすることは無い。それより、すまなかったな。お蔭ですっかり元気になった。礼を言おう。よければ名前を……」


 その子は鉄格子から素早く離れて、エメラルドグリーンのローブの裾を引きずりながら牢の隅に移動すると、その場で腰を降ろし、ローブのフードを被って丸まってしまった。


 シーシ・マコーニが言う。


「かなりシャイな子のようです。こちらからの質問票には、ちゃんと記入していますので、反抗の意思がある訳でもないようですし」


 そう言って、シーシ・マコーニは私に質問票を渡した。見ると、氏名欄には「カターヌ・キエマ」と書いてある。異国の名前だ。住所欄は空白。身元保証人欄や連絡先の欄も空白。でも、末尾の借り入れ希望図書の所に『真夜とマヤ文明』と書いてある。考古学に興味があるのだろうか。――ん? 欄外に何か書き足してある。


 好きな言葉 ハムストリングス筋肉


 私は彼女の方を見た。キエマはフードの中から少しだけ顔を見せてこちらを覗いていたが、私と視線が合うと、すぐにまた深くフードを被ってしまった。


 私の隣から覗き込んでいたオカンねえさんが質問票を指差しながら言う。


「ええやん。なかなか忖度できる子やね。器用そうやし、見た目も可愛い。よし、ウチの店で採用や。ウチが身元引受人になったる。これで釈放やろ、マコーニはん」


 シーシ・マコーニは首を横に小さく振った。


「残念ですが、まだ尋問がありますので……」


「何でやの。ほな、そこのヒグラシのおっちゃんが保証人になりまんがな。ええな、おっちゃん」


 ヒグラシは頷いた。


「ええ。それは構いません。あれは、雇用主の求めに応じて慣れない魔法を使ったために起きた事故ですからな。投獄しておくのは不憫だ」


「ほらな……って、ほな、ウチのせいかいな。まあ、ええわ。とにかく、あの由緒あるヒグラシ家の末裔が保証人なら、即時釈放やろ?」


 シーシ・マコーニは少し困り顔で答えた。


「そうしてあげたいのですが、私の一存では決められません。それに、彼女がテロ組織と関係ないと証明されるまでは、釈放は難しいと思います」


「はあ? あんな、ヒグラシ家いうたら、古文書にも名前が出てくる立派な芸人の家系やで。あんた、読んだことないの、『召喚勇者(自称)君と獣人娘ちゃん』。王都新聞で現代語訳版を連載中やん」


「いや、それだけでは……」


「ああ! アカーン! ウチも店の壁新聞に連載しとったんや! どないしてくれるん。毎日更新してたんやで! 昨日、飛んでもうたやないか!」


「それを私に言われても……」


 オカンねえさんはシーシ・マコーニの襟首を掴んで振っている。


「なにシカトしてんねん。知ってるやろ、『今日のお昼は何にしよ(あなたのコメントがこの作品を支えます!)byオカン』。見たことくらいあるはずや!」


「私は、あなたの店に行ったことは……」


「なにい!」


 面白がって見物している場合ではなさそうだ。この辺で止めるか。


「まあまあ、ねえさん。落ち着いて。では、どうだろうか、この私、ドレミマツーラが彼女の身元保証人になるというのは」


 オカンねえさんはシーシ・マコーニから手を放して、私を指差した。


「そうや。それや。ドレミなら軍の人間やから、保証人としては完璧やろ。どや」


 シーシ・マコーニはズレた眼鏡を整えながら答えた。


「師範もご存じだと思いますが、王に仕える軍人は何人なんぴとも私的に民の保証人になることは出来ません。そのように法で定められています」


 私は食い下がった。


「私は王と契約した軍事顧問だ。誤解を恐れずに言えば、契約しているだけで、王に仕えているわけではない。だから、その法規の適用対象にはならないのではないか?」


 一瞬考えたマコーニは両眉を上げて答えた。


「なるほど。検討してみます」


「よろしく頼む。今日は王様の誕生日だ。恩赦という名目も使えるの……では……ああ! 誕生日は? プレゼントは?」



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