第10話 ニクス王の計らい

 私は思わず大声をあげてしまった。暗い牢獄の廊下に絶望に満ちた私の声が木霊こだまする。


 プレゼントは……


  プレゼントは……


    レゼントは……


      ゼントは……


          は……


「金色の食い込みパンツやろ」


 そう言ったオカンねえさんの方を向いて、私はコクコクと頷いた。オカンねえさんは私の肩の防具を指で弾いて言った。


「あんた、鎧着てるの忘れてるやろ。まあ、ええわ。あのな、落ち込みなんなや。あのパンツはな……」


「無くなりました。箱ごと飛ばされたようで、今朝、私の店の瓦礫の近くで箱の残骸が見つかりましたが、中身は何処かに行ってしまいました」


「ん? どういう事だ」


 私がヒグラシに確認すると、彼は一度深く溜め息を吐いてから説明した。


「王様への献上品ということでしたので、ご覧いただきましたとおり最上級の化粧箱にお入れし、丁寧に、厳重に最高レベルの包装をしましたので、あの爆風でも、箱が燃えない限りは、中身が外に出ることはないはずでした。ですが、見つかった時には、包装紙はビリビリに破られて剝ぎ取られ、箱は野犬にでも噛み千切られたように壊されていました。当然、中身は空でございました。どさくさに紛れて、何者かに盗まれたのでございましょう」


 ヒグラシは肩を落とした。長旅の危険を冒してまで仕入れてくれた品だ。無理もない。


 私はヒグラシに指を向けた。


「あれだけの名品だったのだ。盗まれるのは当然と言えば当然。気にすることは無い。お代の方も私が払おう」


「いえ、そんな……。滅相もございません。お品をお渡しできないのに、お代をいただくなんて」


「何を言うか。危険の負担は私が……待て、先ほどと申したな」


 ヒグラシを強く指差した私を見て、シーシ・マコーニが尋ねた。


「お心当たりでもあるのですか?」


「ああ、少しな。女の下着が大好きな破廉恥ハレンチ犬を知っておる。だが、あれは男物のビキニパンツだったはずだが」


 シーシ・マコーニはバインダーの上の書類を捲りながら言った。


「近隣住人の目撃証言によると、白い犬が現場周辺をうろついていたということです。その犬は金色のパンツを穿いていたと、数名が証言しています」


「あいつだ! ひろしだ! おのれ、私から王様への大事なプレゼントをよくも!」


 オカンねえさんが腹を抱えて笑いながら言う。


「くっひひひひ。その犬も自分を強く見せたかったんやなあ。人間も犬も、オスはアホやなあ。くひひひ」


 笑うオカンねえさんを強く睨みつけたシーシ・マコーニは、眼鏡の角度を整えてから私に顔を向けた。


「その王様の誕生祝賀の晩餐会は本日に延期されました。昨夜は爆発事件のこともありましたので、ニクス王みずから晩餐会の延期を命じられたとか」


 私は心の中でホッと安堵の息を漏らした。


 シーシ・マコーニは縛った唇を震わせながら続ける。


「王様は被害者たちの不幸を憐れみ、昨夜はプロテイン一杯のみでお済ませになられたそうです。うう……」


 シーシ・マコーニは眼鏡をはずしてハンカチで目元を拭った。その様子をオカンねえさんが首を傾げて怪訝そうな顔で見ている。


 私はその隙に、ヒグラシに耳打ちした。


「純金製に見える鉄アレイは手に入らぬか。メッキでよい。夜の晩餐会に間に合わせて欲しい」


「かしこまりました。ですが、メッキとはいえ、きっとそれなりに値が張りますよ」


「構わん。この国の筋肉が拝めなくなるよりはマシだ。分割で払うから、なんとか手に入れてくれ」


「承知いたしました。やってみます」


 私とヒグラシの秘密契約が成立したとき、外でラッパのファンファーレが鳴った。続いて祝砲の音が響く。


 シーシ・マコーニが通路の突き当りの小窓から外を望みながら言った。


「どうやら、本日の誕生祝賀会は問題なく開催されるようですね。急遽組み立てた臨時のタイムスケジュールとなりますので、これから宮中は非常に慌ただしくなるはずです。皆様も早めにご準備ください」


「準備? 警護の人員が足りぬのか」


「いいえ。晩餐相伴の準備でございます。今回、間違えて投獄してしまったお詫びにと、王様が皆さんを誕生祝賀会にご招待くださったのですよ」


「何だと、王様の誕生祝賀会にだと。それは名誉なことだ。だが、この格好では……」


 私の赤いマントはボロボロに破れていた。オカンねえさんの黄色い厨房着も、ヒグラシの白いワイシャツも、汚れで黒ずんでいる。これでは晩餐会どころか、宮殿にも入れてもらえまい。


 すると、シーシ・マコーニがニコリと微笑んで口を開いた。


「ご心配なく。皆様に似合うドレスを王様が準備してくれました。そちらにお着替え下さい」


「なんや、ドレスかいな。ウチ、そういうの苦手やわ」


「本日の誕生祝賀晩餐会は、各種の記念栄典の授与式も兼ねております。国内外の文化人も多数参加するものですので、それなりのお召し物で参加いただかないと、王様に恥をかかせてしまいます。どうか、ご理解ください」


 シーシ・マコーニは丁寧に頭を下げた。



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