第7話 虹色マフラーの女
オカンねえさんの前職は暗殺者だ。先代のアウドムラ国王に陰で仕え、法で裁けない裏社会の悪人どもを抹殺していた、と聞いている。私がこの国に来る前の話らしい。
凄腕の暗殺者であったという話は頷けるが、なぜ料理人に転職したのかは知らない。ま、こうして成功しているのだからいいが。
自分たちが、そんなヤバい人の店に強盗に入ったことを知らないからか、強盗兄弟の兄は諦めることなく、通行人の若い女を人質にとり、憲兵に捕縛された弟の解放を要求し始めた。
「俺の弟を解放しないなら、この女を殺すぞ! 本気だからな」
奇麗なエメラルドグリーンのローブマントを羽織っている人質の女は、首元で不思議に輝く虹色のマフラーの上に剣を当てられて、可愛らしい顔に恐怖を浮かべている。
その子が握っていた紙が風に煽られて手を離れ、こちらに飛んできた。それを拾ったオカンねえさんが、紙を覗いて言う。
「ん? これ、うちの店の給仕募集の求人広告やん。あの子、面接に来たんかいな」
気の毒な子だ。就職の面接に来て、強盗から人質にされてしまうとは。
憲兵たちに縄で縛りあげられていた弟が威勢よく叫んだ。
「さっさとこの縄を解けよ。俺の兄貴を怒らせると怖いぜえ」
憲兵長が私に顔を向けるので、私は首を小さく横に振った。すると、オカンねえさんが兄の方に歩いていった。
「ちょっと、あんた」
「何だ! 寄るんじゃねえ。この女がどうなっても……」
「あんたやないがな。その子に話し掛けとんのや。なあ、おネエちゃん、うちの店で働きたいんか?」
人質の女はコクコクと頷いた。
オカンねえさんは二人の前で立ち止まり、覗き込むように、その人質の女の顔をじっと観察した。
「この、離れやがれ!」
強盗の兄が剣を振って威嚇したが、オカンねえさんはスッとよけて、話しを続けた。
「あっぶないなあ。――うん。客商売向きのええ顔やね。顔は合格や。スタイルは……まあ、ええか。ほな、履歴書は持ってきてるんか?」
女はまたコクコクと頷いた。オカンねえさんが手を出すと、ローブの袖から、筒状に丸めた文書を取り出して、その手に載せた。
「この……いいかげんにしやがれ!」
強盗の兄がまた剣を振ったが、オカンねえさんは文書を開きながらそれを避けた後、一歩だけ後退して言った。
「わかった、わかった。ちょっと待ちいな。これ読んでからや。ええと、ふん、ふん……」
履歴書を読み終えたオカンねえさんは、チラリと人質の女に目を遣ると、今度は私の方を見た。何だろう。
またこちらに背を向けたオカンねえさんは、強盗の兄に言った。
「自分、とことんツいてないなあ。今日は厄日やで。悪い事は言わん、はよう、その子を放したりいな」
そう言ってこちらを向いたオカンねえさんは、奇麗な金髪の頭を掻きながら戻ってきた。
私に履歴書を渡して、捕らえられている弟の方へ向かう。
私がその履歴書に目を落としていると、オカンねえさんが弟の方に話し掛けている声が聞こえてきた。
「あのな、あの人質の子、魔法使いやで。気の毒やけど、あんたの兄さん、死ぬなあ。どないしよ」
それを聞いた弟は、縛られた縄を精一杯に引っ張りながら叫んだ。
「兄貴、逃げろ! その女は魔法使いだ! なんかヤベーぞ!」
私は慌てて履歴書に顔を向けた。確かにそう書いてある!
私の横に戻ってきたオカンねえさんが私の肩の上から履歴書を覗き込んで言った。
「な、書いてあるやろ。魔法学校を卒業。前職、魔法師見習い。資格、普通魔法第一種免許。魔法検定一級。魔法書士試験合格。趣味、魔法。特技、魔法……ヤバいやろ、この子」
好きな食べ物の欄にも、「魔法」と書いてある。オーバーランし過ぎだ。
オカンねえさんは大きな声で、その子に言った。
「ほな、何か見せてえな。あんたの得意の魔法」
人質の女は三度コクコクと頷いた。そして、小さめの手で首元の虹色のマフラーをギュッと握りしめて、何かブツブツと呪文を唱え始めた。
弟が必死に叫ぶ。
「兄貴、その女から離れろ! ヤバいぞ!」
それを聞いた兄が人質の女を前に突き押そうとした時、まるで、その空間だけが「時」の流れが止まったようにピタリと動かなくなった。風に舞っていた塵も、揺れていた女の細く茶色い髪も、男の額から飛び散った汗も、ピタリと停止している。
人質の女の目が白く光り始めた。それと同時に、周囲の物が宙に浮き始める。さっき男に当たった鍋も、割れて飛び散っていた店の窓のガラスも、路上の石ころも、ふわりと宙に浮いている。
何か様子が違う。私は慌てて履歴書を精読した。一番下の行に、こう書いてある。
実戦における魔法使用経験 なし
私はオカンねえさん達に叫んだ。
「この子はペーパー魔法師だ! まだ魔法の制御方法を知らないのかもしれない! 危険だ、みんな逃げろ!」
その瞬間、女の目が緑色に輝いた。天空から白い光の塊が二人を目掛けて飛んでくる。一瞬で視界が眩い光に覆われたかと思うと、強烈な風が私の体を宙に飛ばした。
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