第6話 黄色い厨房着の女
ああ、オカンねえさんだ。まあ、すぐにキレる彼女だから、きっとやるだろうと思っていたが、これはやり過ぎだろう。仕方ない。止めに入るか。彼らのために。
私は「二刀流」から表に出た。
黄色い厨房着のオカンねえさんは、腰を抜かしたようにペタリと座り込んでいる強盗の弟の方に歩いていた。
彼女の名はマダム・オカンサン。アウドムラ王国内にレストラン数店舗を構えている、この国では有名な料理人だ。当然、包丁
見た目は美人でスタイルもよく、ハツラツとした気のいいお姉さんだが、キレると怖い。私はこの王国に来て以来、何度もこの店に通っているが、酒に酔って店内で暴れた結果、オカンねえさんにボコボコにされた挙句、
早く止めないと、この兄弟もそうなるだろう。エスカレートしなければよいが……。
という私の不安どおり、あの馬鹿弟は、地面に刺さっていた出刃包丁を抜くと、それを握ってオカンねえさんの方に突進してきた。ああ、神よ……。
立ち止まったまま彼の接近を待ち、直前でスルリと刃をかわしたオカンねえさんは、振り向きざまに、持っていた木棒で男の手の甲を打ち包丁を叩き落とすと、男の襟を取って、綿袋でも投げるように勢いよく投げ飛ばした。
やれやれ。もう、そのくらいで十分だろうに。
地べたで四つん這いのまま頭を振っている男の首に木棒を回し、後ろに引いて無理矢理に立たせたオカンねえさんは、男の耳の横で怒鳴った。
「ワレ、元は軍人やなかったんかい! なに怪我した仲間を見捨てて逃げとんねん! しかも、自分の兄貴ちゃうんけ! 体張って助けたらんかい!」
異国の言葉なまりで発せられるオカンねえさんのマシンガントークは強烈だ。このまま説教されたら、あの男はそれだけで気を失うだろう。
私は彼女に言った。
「オカンねえさん、もうそのくらいでいいでしょう」
オカンねえさんは一度私のつま先から頭のてっぺんまで視線を動かしてから言った。
「なんや、ドレミかいな。今日は鎧を着たままやな。ウチの店に来る時は、鎧なしや言うてるやろ」
「あ……いや、そうではなくて、その男は、もう反撃できそうにないし、そろそろ放してやってはと……」
すると、様子を心配してか、店から出てきたヒグラシが私に言った。
「ドレミ師範、憲兵が来たみたいですよ」
彼が指差す方に顔を向けると、見物人たちの向こうに、馬に乗ってやってくる鎧姿の憲兵たちが見えた。
「オカンねえさん、後は彼らに任せましょう。これ以上やると、面倒な事になりますよ」
そう言った私と憲兵たちとの間で視線を往復させたオカンねえさんは、口を鳴らしてから男を解放した。地面に倒れて咳込んでいる男を見ながら、オカンねえさんは言った。
「しゃあないなあ。今のドレミに言われたら、そうするわ。憲兵さんより、こっちの方がおっかないやん。鎧を着たドレミは別人やからね」
私はホッと胸を撫で下ろした。
その場から少し離れ、落ちていた包丁を拾ったオカンねえさんは、その包丁で私を指して言った。
「それからな、自分なんでウチの名前の変な所に『ねえさん』付けんねん。ウチの名前はオカンサンや。普通なら『オカンサンねえさん』やろ」
「いや、長いし、言いにくいし」
「そやったら、舌筋のトレーニングをしいや。ドレミは活舌悪いで、ほんまに」
「それを言うなら、私の名前もドレミマツーラなのだが」
「そっちはドレミでええやん。コンパクトになって『ドレミちゃん』って、カワイイやん。ウチは三二で切られて『オカン』て、なんか老けてるやん。それに更に『ねえさん』足すかあ? だいたい、三二で切るって、どういう事やねん。ウチは蛸の脚か。ウチの大事な『サン』はどこ行ったん?」
「いや、知りませんが、『ねえさん』と呼ぶのは、先輩に敬意を払う……」
「はあ? 要らん、要らん。そんなものより、溜まったツケを払わんかい! だいたいな、イケメン兵士達との合コンの話はどないなっとんねん。それでツケをチャラにする話やったやろ」
「あ、いや、それは……」
「それは……あらへんがな。まさか、忘れとったんちゃうやろな!」
まずい。この人に絡まれると絶対に面倒な事に……。
「おお、ドレミマツーラ殿。女が強盗を痛めつけていると聞いて駆け付けたのですが、師範殿でしたか。どうも、ご苦労さまでございました」
丁度良いタイミングで憲兵長の到着だ。助かったぞ。
「いや、捕らえたのは私ではなく、このマダム・オカ……んぐっ」
オカンねえさんが私の口を塞ぐ。
「あはは。お疲れ様ですう。兵士さんは、お強いですねえ。頼れるう♡」
と、憲兵に言っておいて、私にはこう小声で言う。
「余計な事を言うたら、ウチの前職がバレてまうやろ!」
その時、背後から強盗の兄の声が響いた。
「おい、弟を放せ! この女が死んでもいいのか!」
男は若い女の首に剣を当てていた。
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