第5話 顔色の悪い兄弟
店の中に二人の若い男が押し入ってきた。二人とも
男の一人が言った。
「おとなしく金を出せば、命は助けてやる。さっさと金を出せ!」
「よう、ネエちゃん。運が悪かったと思って
男は私のマントの中に手を入れてきた。私はその手を掴むと、男の背後にねじり上げ、テーブルの上に男を突っ伏させた。
「いててて……」
「運が悪かったと思って、諦めるんだな。ここはおまえらのようなチンピラが来る店ではない」
最初の男が剣を振り上げた。
「このアマ! 弟を放しやがれ!」
その時、風を切る高い音がした。剣を振り上げている男の頭の左右を疾風が抜ける。男の背後の壁に二本の短剣が突き刺さり、衝突音が響いた。壁に深く刺さった短剣の握りが細かく左右に揺れて振動音を響かせている前で、男は剣を振り上げたまま固まったように動かなかった。額に汗が浮かんでいる。
短剣を投げたのは、カウンターの向こうのヒグラシだった。今度は左右の手で剣をくるくると回している。
私はテーブルの上の男から手を放して、その男を解放してから言った。
「選んだ店も失敗だったな。この店の店主は正真正銘の両刀使いだ。投げるのも、斬るのも、刺すのも、左右の手で同時に出来る。二人を相手にすることなど、彼には
強盗の兄弟は顔を見合わせた。弟が肩を押さえながら怒鳴る。
「うるせえ! 俺たちは元軍人だ。そんな曲芸なんぞ屁でもねえんだよ!」
ヒグラシがカウンターを飛び越えて前に出てきたのを見て、私はその兄弟に言った。
「そうか。では、試してみるがいい。ちょうど二人いるのだ。同時に攻めてみよ。ただし、死んでも文句は無しだぞ」
兄の方が声を裏返した。
「ふ、ふざけるな。死んだら文句は言えねえだろうが!」
私はパチンと指を鳴らした。
「たしかにそうだ。では、逃げよ。そうすれば、死なずに済む」
入口の方を指差した私を、弟の方が指差して言った。
「あ、兄貴。こいつ、ドレミだ。軍の顧問のドレミマツーラ師範だ! に、逃げようぜ。敵いっこねえ!」
「だから、向かいのレストランにしようと言ったんだ。今日は店を閉めて、厨房に女が一人いるだけだった。あっちに入っていたら、楽に金を奪えたんだぞ」
「ごめんよ、兄貴。でも、この店は高級店だし、オッサン店員と女の客だけだから、楽に金を奪えると思ったんだよお」
「な、泣くんじゃねえ! 俺たち、殺されちまうかもしれないんだぞ!」
へっぴり腰で剣を構えている兄の隣で、弟は剣を構えながら震えて泣いていた。
見ていて少し可愛そうになった私は彼らに言った。
「心配するな。おまえらが悔い改めるなら、大目に見てやろう。だが、どうしてこんな事をしたのか、話してくれないか」
兄の方が気色ばんだ。
「どうしてだと? おまえら軍隊のせいだろ! 魔獣が攻めてくるからと兵士を募集しておいて、襲撃が終わると大量解雇だ。こっちはな、仕事を辞めて従軍したんだぞ。国を守るために」
そういうことか。
私は眉を寄せた。ヒグラシが静かに左右の剣を腿の鞘に戻す。
男は続けた。
「しかも、アルラウネ公国とも勝手に和平協定なんか結びやがって。戦争をやめるから、兵士が不要になるんだ」
私は男の目を見据えた。
「では、ニクス王が全て悪いと」
「ああ、そうだ。全部、あいつのせいだ!」
「弟くんは、どうなのだ」
「兄貴の言うとおりさ。ニクス王さえ居なければ、俺たちは飯を食えていたんだ! あいつが全部悪いんだよ!」
一度、ヒグラシと視線を合わせた私は、強く
「では、好きにするがいい。ここで死ぬか? 外に出て、通りの向こうのレストランで再チャレンジするか?」
兄の方が間髪を入れずに答えた。
「後者だ。俺たちは金が必要なんだ」
そして、弟を連れて出ていった。
私はヒグラシの顔を見た。彼は眉を垂らして口を引き垂れたまま、両肩を上げていた。
暫くして、私が購入したプレゼントを受け取っていると、向かいのレストランから兄弟の悲鳴と、食器が割れる音が響いてきた。
店の外を覗くと、さっきの兄弟が向かいのレストランから通りに転がり出てきた。二人とも血だらけである。
フラフラと立ち上がろうとした兄の後頭部を飛んできた鍋が直撃する。兄はその場で気絶した。
それを見た弟は脱兎のごとく逃げ出した。
通りを走って逃げていく弟目掛けてフライパンが回転して飛んでいく。それは彼の脚を直撃し、彼は勢いよく転がった。
弟が起き上がろうとして地面に手をつくと、その手の指の間に、大きな出刃包丁が突き刺さった。
兄弟に襲われたレストランの方に視線を戻すと、店の前で黄色い厨房着姿の女が木棒で肩を叩きながらボヤいていた。
「兄を見捨てて、なに逃げてんねん」
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