第3話 色とりどりの商店街
私たちは互いに剣を戻すと、鞘に納めた。
私は言った。
「見事だった。名を聞かせて欲しい」
「ウチはアルエいいます。傭兵やおへん。ただの物書きどす」
私は眉を寄せた。
「物書き? 作家だというのか。それにしては見事な剣
アルエはニコリと片笑んだ。
「かんにん。剣は自己流やさかい。リアルに執筆せなあかん思うて、毎晩ここで練習させてもろうとります」
「ほう。執筆のために。もしや、その格好もそのためか。それで、何を書いているのだ」
「知ってはりますやろか。『月の夜、雨の朝 新選組藤堂平助恋物語』いいます。長編どす」
「そうか。是非読んでみたいものだ。実は私も北方の国からこのアウドムラ王国にやってきたのだ。この国の民は物語を読む事に殊更に熱心だから驚いている。私も何か読んでみたいと思っていたところなのだ」
「そやったら、ウチの小説をよろしゅうお頼み申します」
アルエは丁寧に腰を折った。
私は頷いて返した。
「分かった。それは、王立図書館にも置いてあるだろうか」
顔を上げたアルエは、私を睨んだ。
「本屋で、
「い、いや、図書館で無料で読めるのならば、そうしようかと……」
アルエは肩を落とすと、溜め息を吐いた。
「いけずな御人やわあ。ほな、さいなら」
首の後ろで一本に束ねた黒髪を振ってクルリと振り返ったアルエは、スタスタと向こうに歩いていった。
私は唖然として彼女を見送った後、倉庫の方に顔を向けた。
壁に大の字で四肢を広げた犬の形が残っているが、その犬の姿がない。どこかへ逃げたようだ。
たしか、あの犬はニクス王の友人についてきていた犬だ。名前は何と言ったか……ええと、ええと……ひろし!
そうだ、ひろしだ。そう呼ばれていた。私にも飛び掛かろうとしたのだ。忘れるものか。許せん破廉恥犬だ。今度見つけたら手打ちにしてくれよう。
それにしても、あの犬が生きていたということは、ニクス王の友人たちも生きているのだろうか。ニクス王が案じて探している友人のデュラハン・アルコン・ドレイクという男はよく鍛えられた体をしていた。美しく張りのある筋肉をまとっていたし、動きも滑らかだったから、何とか助かったかもしれない。しかし、その従者のヨード・カーウァという男は、若くもなかったし、ひ弱そうであった。あれでは、海の底に沈むのは確実だろう。いや、ドレイクも鉄製の鎧を着ていたから、やはり沈んだか。すると、助かったのは破廉恥犬だけ……。
ともかく、この事を一刻も早くニクス王に伝えなければ。
私は馬に乗り、城へと急いだ。
城門の前に着くと、もう夕飯時だというのに、そこは大勢の人で賑わっていた。
私は城門の横に立つ門番役の近衛兵の一人に尋ねた。
「これは何事か。どうしてこんなに町人で門前が賑わっているのだ」
彼は両肩をあげて首をすくめた。
「今日は王様の誕生日だからでしょ。それを祝おうと、王都市民が集まってきてるんです」
しまった。忘れていた。今日はニクス王の誕生日だ。思えば先週、王と食事を共にした時、王がしきりにビキニパンツの話ばかりしていた。あれは誕生日プレゼントのおねだりだったに違いない。私はこの国に
私は手綱を強く引いて馬の向きを変えると、その腹を蹴って走らせた。マントを風になびかせて夜道を進む。目指すは商業店舗が建ち並ぶ中央街。
はたして、まだ店は開いているだろうか。
私は王都中央街に着いた。ここはお洒落な最先端アイテムが揃う流行の発信地だ。運よく、どの店もまだ開いている。しかも、ほとんどの店が国王の誕生日を祝うための特別セールをやっているではないか。きっとここなら、王様に似合うビキニパンツが手に入るはず!
私は馬を降り、行きつけの「マッスルアイテム専門店」へと向かった。
目抜き通りを歩きながら街の様子に目を遣る。
色とりどりの看板や明るいランプが各店を飾っていて活気に満ちていた。それを見ていると、ようやくここまで復興したかという喜びが胸にこみ上げてくる。
数か月前、突如として襲来した巨獣バロールやその他の魔獣たちによって街は無残に破壊されてしまった。ニクス様とドレイクがバロールや魔獣たちを倒してくれなかったら、今頃この国は無くなっていただろう。民衆が王の誕生日を祝うのは当然なのである。
しかし、祝えない者たちもいるだろう。この街の復興には多くの時間を要した。経済も混乱し、税収も減った。その結果、国は多数の兵士をリストラせざるを得なくなった。魔獣たちとの戦いで命を懸けた兵士たちを。
職を失った兵士たちの多くは街の片隅で商売を始めたと聞いている。この店の主もその一人だった。
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