第7話 天才JKでもデートには割り込めない

「ほう、お主がユリの話していた水本か。訳あって名乗れぬが、お主の話はいろいろ聞かせてもらったぞ」

「なんで待ち合わせにまでついてきてんのよ!?」


 ユリが肩で息をしながら駅前公園につくと、そこにはすでに水本がいた。

 そして、水本に挨拶をするアヤカまでいたのである。


「む、ユリの話を聞くだけでは情報に非対称性が生じるからのう。人間同士にまつわることなのじゃから、水本側からの見方も尋ねなければ」

「ちょっ、さっきの話を水本さんにしたらキレるからね!」

「安心せい、プライバシーについては十分配慮する。個人の秘密は漏らさんよ。さて、水本よ、ワシは訳あって恋愛について――」

「わーーーーーーっ!!」


 ユリは、アヤカの言葉を大声で遮った。

 その様子を見ていた水本が目を細めてクスクス笑う。


「なんだか面白い子だね。学校の友だち?」

「友だちって言うか……こいつ、今日転校してきたばっかだし」


 アヤカとの関係を改めて問われると言葉に詰まる。

 つきまとわれただけだとも言えるが、それなら古着屋で着替えている間に逃げることもできたのだ。半ば巻き込まれたような、半ば巻き込んだような形になっている。

 そのうえ、天元院アヤカの名前も出したくない。そんな超有名人だとわかったら、水本の関心がそちらに奪われてしまうと思ったのだ。


「じゃあ、今日から友だちになったんだね。はじめまして、匿名希望さん。僕は水本タケル、クオンタムサイコロジーのコンサルティング部門でシニアマネージャーをやらせてもらってるよ」


 水本は懐から名刺入れを取り出し、慣れた手付きで名刺を差し出す。

 アヤカはそれを受け取り、名刺を見ながら眉根まゆねを寄せる。


「クオンタムのコンサルティング部門? どんな仕事をしておるのじゃ?」

「ははは、女子高生に説明するにはちょっとむずかしいかな。すごく簡単に言うと、うちの技術を使って仕事を効率化してもらったりしているんだよ」

「ふうむ、先日オープンソース化した対話型AIアーキテクチャの現業への応用支援などを行っているということか?」

「そ、そんなところかな。若いのにずいぶん詳しいんだね」


 アヤカの質問に、水本は半歩下がってたじろいだ。


「うむ、AI関連はワシの専門のひとつじゃからの。ちょうどいい、少し質問をしたいのじゃが、あのアーキテクチャは入力者側に正確なプロンプトを要求しすぎると――」

「だーっ! もう、あーしの知らない話はやめてよ!」


 水本とアヤカが二人で話しはじめたので、ユリは慌てて割って入った。

 AIがなんだとか、自分にはさっぱりわからないのだ。ついていけない話で盛り上がられてしまっては困る。ただでさえ、ユリは水本に仕事のことを話されても何も答えられないことに悩んでいたのだ。水本の仕事はむずかしすぎて、ユリにはついていけなかった。


「あ、そ、そうだよね。ごめんよユリちゃん」

「水本さんが謝ることなんてないよ。変なの・・・を連れてきちゃったのはあーしだし」


 ユリはアヤカを軽くにらむ。


「むう、ワシは『変なの』か。あらゆる指標が中央値から大きく外れているという点は否定できんな」

「だーかーら! そんな話はしてないの! ほら、水本さん、行こ?」

「あ、ああ。向こうに車を停めてあるから」

「あんたはもうついてこないでよね!」


 相変わらずとぼけた反応しかしないアヤカを置いて、ユリと水本は人混みを歩いていった。

 一人残されたアヤカは、顎に手を当ててしばらく考え込むと、ドローンの1機に小声で指示を飛ばした。


 * * *


(どんなところに連れて行ってくれるんだろう? やっぱり定番の海とか? それとも星がきれいに見える展望台とか?)


 スポーツカーの助手席で、ユリは想像を巡らしていた。

 水本に行く先を尋ねても、「それは着いてからのお楽しみだよ」とはぐらかされるばかりだ。


 車は高速道路を降りて、景色からは徐々に街の灯が減っていく。

 荒れた畑や田んぼの間に、一軒家がぽつぽつと建っているだけだ。


 なんでもない田舎の光景なのだが、都会育ちのユリにはまるで異世界に迷い込んだように感じられた。

 口うるさい両親や、自分から距離を置くクラスメイトたち。

 そんなものがいない世界で水本と二人っきりで過ごせたら……。

 そんな妄想がよぎって、知らず知らずに口元が緩む。


「さ、着いたよ」


 水本の言葉に現実に帰ると、そこには西洋の城のような建物があった。

 円錐の尖塔がいくつもついた、ゲームにでも登場しそうな姿をしている。

 照明は点いておらず、道路から届くわずかな街灯がそれを照らしていた。


「すごーい! ここ、何なの?」

「何年も前に廃業したホテルだよ」

「えっ、ホテル!?」


 ホテルという単語に思わず過敏に反応してしまう。

 アヤカからさんざんセックスだの子づくりだのと言われ、すっかり意識してしまっていたのだ。


「ははは、そんなびっくりしなくても。廃業してるって言ったでしょ?」

「あっ、そ、そうだよね。い、いや、別にびっくりしたわけじゃ……」


 水本から指摘され、恥ずかしくなって両手で顔を押さえる。

 そして誤魔化すために言葉を続けた。


「でも、それならなんで廃業したホテルなんかに?」

「ここ、出る・・って噂なんだよね……」


 水本が突然出した低い声に、思わずびくりと肩を揺らしてしまった。

 それを見た水本が、ハハハと爽やかに笑う。


「なーんて。そんなオカルトは信じてないけどね。少し季節は早いけど、肝試しってところかな。秘密だけど、何度も来てるから安心していいよ」

「お、オバケなんて信じてねーし!」

「それなら大丈夫だね。ちょっとした探検さ。さ、車を降りて」


 水本にもそんな子どものような趣味があったのかと驚く反面、そんな秘密を共有してくれる仲になったのだとうれしい気持ちもある。

 ユリは懐中電灯を手に歩く水本の背を追って、廃ホテルに入っていった。


 中はどれだけ荒れているのかと想像していたが、思ったよりもきれいに片付いていた。

 空気が埃っぽいが、あからさまに瓦礫が落ちていたり、壁がひび割れていたりということもない。

 掃除をすればすぐに営業が再開できるのではないかと思った。


 ホテルにしてはやけに狭いロビーを抜けると、通路の左右に点々とドアが続いている。

 水本はそれらに構わず、突き当りのドアの前まで足を止めずに進んでいった。


「さ、ここが目的地だ。きっと驚くから入ってごらん。怖かったら僕が開けるけど?」

「別に怖くねーし!」


 内心の怯えを隠し、蔦や花の彫刻があしらわれたドアを押す。


 少し重い。

 蝶番・・がギシギシと悲鳴を上げる。

 部屋の中は真っ暗だ。

 水本の懐中電灯がわずかに差し込み、家具や寝台の輪郭が薄ぼんやりと見えるだけ。


 スマホを取り出して照らしてみようと思ったそのときだった。

 暗闇の向こうで、何か人影が動いたように見えた。


「水本さん! 誰かいる!!」

「ははは、そりゃもちろんいるさ。僕が集めたんだから」


 強烈な閃光。

 突然灯された強い照明に目がくらんだ。

 薄目で見るうちに、だんだんと部屋の様子が見えてくる。


 その瞳に映ったのは、手に手にビデオカメラや見たこともない道具を持った、半裸の男たちだった。

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