第6話 天才JKが恋バナをするとこうなる
ユリも制服から私服に着替え、古着屋をあとにした。
道行く男たちがチラチラと振り返ってくるが、天元院アヤカだと気付いたからというわけではなさそうだ。小声で「ちょ、あの二人かわいくね?」「声かけてみろよ」「やだよ、金髪の子ヤンキーのカレシとかいそうじゃん」「わかる」といった言葉が聞こえてくる。
「はあ、これでだいぶマシになった」
「ほうほう、ワシがこういう衣装になると同定不可能になるのだな。人物認識AIのアルゴリズム改善に役立ちそうじゃの」
アヤカが鞄からタブレットを取り出そうとするのを、「ちょっ、やめろって!」とユリが遮る。
「むう、なぜじゃ? アイディアはすぐにアウトプットしておきたいのじゃが」
「そんなことしたらバレるだろ! あんたって言えば、取材中でもなんでもいきなりタブレットをいじり倒すんで有名なんだから!」
「おお、なるほど。服飾で外見的な特徴がわからなくなっても、動作などからヒントを得てしまう可能性もあるのか」
「そういうこと!」
「ふむ、仕方がない。そういうことなら口述記録にしておこう」
アヤカはブツブツと小声で何かを言っている。
ICレコーダーでも仕込んでいるのか、はたまた例の透明ドローンに記録させているのか、ユリにはわからないし、とくに関心もない。
目下の重大事はもっと別のことにあった。
「……ああ、落ち着いたら腹減ってきたわ。ワック行こうぜ、ワック」
ユリは手近なファストフード店に入っていく。
ワクワクバーガーという世界最大手のチェーン店だ。
「ここはあんたのおごりだからな」
「かまわんが、代わりに恋の話を聞かせてもらうぞ?」
「あー……もう、わかったよ。だけど、セッ……その、赤ちゃんがどうとかいう話はナシだからな!」
「そういえば、大泉も人前でするものではないと言っていたのう」
「わかってんなら最初っから言うんじゃねえよ!」
ユリは「大泉って誰だ?」と思ったが、いまは関係ない話なのでそのまま流した。
もし、くだんの大泉が現総理大臣大泉純一郎だと知ったなら、「なんで総理とそんな話してんだよ!?」と気になることが増えてしまっていただろう。
セットメニューを受け取り、二階窓際のカウンター席に陣取る。
繁華街を行き交う人々を上から見下ろせるその席は、ユリのお気に入りだった。
「それで、いったい何が聞きたいんだよ?」
「そうじゃのう……」
アヤカが細い顎先に人差し指を当て、小首をかしげる。
その様子を見て、ユリはなぜか生唾をごくりと飲み込んでしまった。
「ふうむ、定性的な事柄は後回しにしよう。まずは馴れ初めから聞かせてくれるかの?」
「馴れ初め?」
「出会ったきっかけ、じゃな」
「あー……大したことじゃねえよ、夜コンビニの前にいたら声をかけられたんだ」
「ほうほう、ナンパというやつかの?」
「そういう感じじゃねえよ。なんか、心配してくれるかんじで――」
ユリは話しづらそうにしつつも、ぽつぽつと語りはじめた。
それによると、両親とケンカをして家を飛び出してしまい、帰るに帰れずコンビニの前で時間を潰していたそうだ。そこに声をかけてきたのが例のカレシである。
説教をするでもなく、ただただ優しくユリの愚痴を聞いてくれた。両親のこと、学校のこと、勉強のこと……ユリの言葉を何も否定せず、耳を傾けてくれることに安心感をおぼえ、いろいろなことを一気に話してしまった。初対面で話さないようなことも、だ。それを思い出すと、ユリは自然と頬が熱くなってしまう。
帰るのが気まずいのならうちに泊めてもいいよ、という申し出はさすがに断った。いくらなんでも甘え過ぎだと思ったのだ。いつか御礼をするからと連絡先を交換し、それから何度かデートを重ねているのだという。
それが、1ヶ月ほど前のことである。
「水本さんってさ、学校の男子と違って落ち着きもあるし、オヤジと違って話も聞いてくれるし、すっごい大人ーって感じなんだよね! スーツも似合ってるし……あ、あのクオンタムの社員なんだって! すごくない!?」
「む、クオンタムというと、クオンタムサイコロジーか?」
「そうそう、検索とかスマホとか作ってる!」
クオンタムサイコロジーとは、世界でも1位、2位を争う超巨大IT複合企業だ。
少数精鋭でも知られ、正社員は世界でも数百人しかいない。社員の生産性がもっとも高い会社、などとも言われている。
ユリの言葉はまだまだ止まらない。
水本さんと何を食べた、どんなことを話した、どこに遊びに行った、カラオケが下手なところが逆にかわいい……などなど、次々に話題が飛び出してくる。
「ふぅむ、ユリはずいぶんその水本に入れ込んでおるんじゃのう」
「あ、いや、別にそんなことはねーし!」
アヤカがぽつりと漏らした言葉に、ユリは顔を真っ赤に染めた。
つい夢中になって話しすぎてしまったと後悔した。
「ところで、わからんのじゃが、ひとつ教えてくれるかの?」
「な、なによ?」
「その水本とユリとは正式に恋人同士なのか?」
「えっ、それはっ……や……」
改めて聞かれると、わからない。
かわいいとか、ファッションを褒められたことはあるが、はっきり好きだとか愛しているとか言われたわけではないのだ。交際を申し込まれたわけでもない。
これまで一緒に過ごしたことも、ユリにしてみればデートのつもりだったが、水本からしてみれば子どもの相手をしてくれているだけなのかもしれない。
部屋に誘われたことはあれからも数度あったが……もしも
勇気を出して部屋まで行けば、堂々と恋人として名乗れる一線を超えられるのだろうか。ひょっとしたら、いままで断ってきたことで嫌われていたりはしないだろうか。期待と不安が渦を巻く。
「おーい、ユリ、ユリ。急に黙り込んでどうしたのじゃ?」
「あ、あんたがデリカシーのないことを言うから!」
「おお、それはすまなんだな。恋人かどうか尋ねるのは配慮不足になるのか」
「恋の駆け引きを楽しんでるところなの!」
「そういう楽しみもあるとは事前調査でわかっていたぞ。して、それは何が楽しいのじゃ?」
「ああっ、もう! この話はおしまい! もうこんな時間じゃん。待ち合わせに遅れちゃう!」
ユリは慌てて駆け出した。
今日は水本から「特別な場所に連れていくよ」と誘われている。
遅刻をして、せっかくのデートを台無しにしたくはなかったのだ。
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