第5話 天才JKが街を歩くとこうなる

「ちょっと、どこまでついてくんのよ?」

「お主はどこへ行くんじゃ?」

「あーしがどこに行こうと関係ないでしょ!」

「むう、それでは先ほどの質問には答えられんのう」

「はぁ? どういう意味?」

「お主から十分な話を聞けるまではついていくつもりじゃからな。お主の行き先がわからんと『どこまでついていくのか』という質問には答えられん」

「はぁ……なにそれ……」


 アヤカの微妙にズレた返答に、ユリはがっくりして肩を落とした。

 もともとユリは学校では浮いた存在である。髪は金髪に染めているし口調は乱暴だ。ごく平凡な生徒が大多数を占める大平本高校では、1学期も半ばとなる現在でも友人と呼べる友人はできていなかった。


 水本との待ち合わせまではまだまだ時間があった。

 繁華街を適当にぶらついて時間を潰すつもりだったのだが――


「ねえねえ、あの娘って天元院アヤカだよね?」

「間違いないって! 千年に一人の美少女!」

「さ、サインもらっても大丈夫かな?」

「動画撮ろうぜ! ぜったいバズるぞ!」

「こら、怒られるからやめなさいって」

「一緒にいる金髪の子は誰だろう?」

「芸能人? アイドル? 知らないけど、けっこうカワイイじゃん」


 アヤカが一緒にいるせいで、大量の野次馬が群がってきてそれどころではない。

 周囲が大騒ぎをしているのに、当のアヤカはどこ吹く風だ。

 先にも述べたが、幼少時から注目を浴び続けてきたアヤカにとって、これは日常風景と変わらないのである。 


「ちょっと! あんたのせいでいっぱい人が集まってくるじゃん!? どうしてくれんのよ!?」

「どうしてくれと言われてものう。人が公道を歩くのを止める権利を認める法は記憶にないの」

「だから、そういう意味じゃなくて!」

「どういう意味なのじゃ?」

「だーっ! ちょっとついてきて!」


 ユリはアヤカの腕をつかむと、路地を駆け抜け、一軒の古着屋に入った。

 道が込み入っているため、野次馬たちはついてきていない。どうやら振り切れたらしい。


「いらっしゃーい。あら、ユリちゃんじゃない? お友達も一緒なんて珍しいわね」


 ドアベルを聞いた店主が店の奥から姿を現す。

 ぴっちりした長袖のTシャツを着た長身の男で、顔には薄くファンデーションを塗り、口唇にはラメ入りのリップクリームが塗られていた。


「お友だちなんかじゃないってば。ちょっと、この子を変装させて」

「あら、お友だちじゃないの? って、この子って、ひょっとして天元院アヤカじゃ――」

「い・い・か・ら! この子にまとわりつかれて困ってるの! 野次馬がバカみたいに集まってくるんだから!」

「なんだかすごいお友だちができちゃったのねえ。ま、わかったわ。そういうことなら任せて頂戴」

「だから友だちなんかじゃないって! いいから早くして!」

「はいはい、そういうことにしておいてあげるわ」


 店主はアヤカの手を引き、体のあちこちにメジャーを当てて長さを測りはじめる。


「なんじゃ、体型の測定か? 数字が必要ならコンマミリ単位で正確なものがすぐに出せるが」

「うーん、自分の手で測んないとなーんかしっくりこないのよ。すぐに済むから、ちょっと付き合って」

「手で測っても何の変わりもないと思うがのう」


 いまひとつ納得いかないアヤカだったが、強く拒絶する理由もない。

 されるがままに体型を測定される。


「はぁ……かんっぺきなプロポーションね。一体どうしたらこんな風になれるのよ……」

「ふうむ、健康上適正な体重などは確かに存在するが、完璧などというものはないぞ。そもそも体型に対する価値判断は主観に負うところが大きい。まずは『完璧な体型』の定義から――」

「あー、ほんっとにめんどくさいやつだな! 店長、いいから勝手に服選んじゃって!」

「えっと、予算はどうしようかしら?」

「どうせ大金持ちだろ、一番高けぇヴィンテージでも着せてやれよ!」


 理屈を言いはじめたアヤカを遮り、ユリが勝手に答えだす。

 店主が「本当にいいの?」と目顔で尋ねると、アヤカは「かまわんぞ」と財布から黒いカードを抜き出した。


「あ、エイメックスのブラック……は、はじめて見たわ……。お店ごと買えちゃう……」

「それはさすがに荷物になるのう。必要なものだけ見繕ってくれると助かるの」

「わかったわ! あたし、全力出しちゃうから!」

「おい、変装が目的って忘れんなよ。天元院アヤカだってわかんなくするんだからな」

「わかってるわかってる。普段とは真逆のイメージにすればいいのよね。どうしようかしら、ストリート系かミリタリー系か……」


 店主の男はぶつぶつと呟きながら商品の物色をはじめた。

 カウンターの上に、次々と服が積み上がっていく。


「こうなると長いからな、化粧も済ますぞ」

「化粧? 服を変えるだけではいかんのか?」

「お前の顔は目立つんだよ! いいから、こっち向いて目をつむれよ」

「仕方ないのう」


 目を閉じたアヤカの顔に、ユリは一瞬どきりとしてしまう。

 まるで映画のワンシーンで、キスを待つ乙女のように見えたのだ。

 慌てて頭を振って、そんな連想を頭から追い出す。


 バッグから化粧品を取り出し、上瞼にラメ入りのアイシャドウを塗り、涙袋をライナーで強調する。

 もとから豊富なまつげを、マスカラでさらに増量していく。

 口唇には薄いリップを塗るだけだ。

 目元の印象だけを強調する白ギャル系メイクである。


「あら、ちょっと見ない間に印象が変わっちゃったじゃない。これだけ目ヂカラがあるとミリタリー系に寄せるのがよさそうね。ちょっと試着してみて」


 アヤカは服を押し付けられ、それを抱えて試着室に入った。

 変装したほうがフィールドワークが捗るだろうと判断したので、制服を脱いで素直に着替えることにした。


「わーお、こういうファッションでもオーラがあるわねえ」

「こんだけ雰囲気が変われば身バレはしねえだろ」


 試着室から姿を現したのは、リネン地のキャップを被り、ミリタリージャケットを羽織った天元院アヤカだった。穴だらけのダメージジーンズを履いたその姿は、メディアで知られる白衣を羽織った姿とはかけ離れている。


 ユリが施したメイクとも相まって、完全な別人と化した姿がそこにあった。

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