第4話 天才JKの放課後はこうなる

■放課後


「ねえねえ、天元院さん! それで『恋を知りに来た』ってどういうことなの?」

「恋活ってやつ?」

「合コン誘ってあげようか!」


 アヤカの周囲には女子生徒で人垣ができていた。

 そしてそれを遠巻きに盗み見している男子生徒たち。

 アヤカは千年に一人と称される一級品の美少女だ。ひょっとしたら自分が彼氏になれるんじゃないか……と、叶いもしない期待を抱いてしまうことを馬鹿にはできないだろう。なにしろ、彼らは思春期真っ盛りなのだ。


「うむ、契約上のことがあるのですべては話せぬがの。文字通り、『恋』なる生理、あるいは心理現象の実地調査に来たのだ」


 女子生徒たちの質問に、アヤカは大真面目に答える。


「『恋』なる現象って……つまりどういうこと?」

「文献調査やエンターテイメント作品の分析によって『恋』なるものの定義や表象上の特徴はすでにわかっておる。しかし、これでは情報が足りぬようでな。フィールドワークをしに来たのだ」

「天元院さんは恋愛経験ないの?」

「ないのう。ワシ自身が恋をしたことがあれば、調査などせずとも済んだのだが」

「じゃあ、天元院さんは運命の王子様を探しに来たってわけ!?」


 この言葉に、男子生徒たちがぴくっと反応する。

 雑談に興じていたものたちも一斉に黙って耳をそばだてた。


「うむ、ワシ自身が恋を出来るならそれに越したことはないの」

「ええー!? マジでー!?」

「合コン行こ! 合コン!」

「うちのお兄ちゃん紹介しよっか!」


 こうなるともはや収拾がつかない。

 女子生徒たちはスマホの画面で知っている男の写真を見せてくるし、男子生徒たちは急に髪型を整えたり無駄に大声で自慢話をはじめたりする。


「あー、待ってくれ。それが最善ではあるのだが、しかし、それは現実的に難しいじゃろう」

「えっ、どうして?」

「うむ、釣り合わんからな。身分差……というと語弊があるが、女性側が上位の恋愛はフィクションでは多いものの、現実のデータを調べると離婚率が――」


 アヤカはホログラムを映し出すと、そこに次々にスライドを映し出していく。

 離婚率の高さ、泥沼化する離婚裁判の事例、劣等感から自棄に走る男性の割合……スライドが更新されるたび、男子生徒が次々に崩れ落ちていく。そこに並ぶのは圧倒的なまでに残酷な数字、数字、数字の羅列。

 AIによって見事に図像インフォグラフィック化されたそれは、偏差値50.0ちょうどの大平本高校の生徒たちであっても十分に理解可能なものであった。


「わー、冷静に見るとえっぐ」

「うちのお兄ちゃんは絶対ムリだわ」

「でも合コンは来てよ―」


 絶望に打ちひしがれる生徒とは対照的に笑っているのは女子生徒たちだ。

 女という生き物は同年代の男よりもずっと現実的なのである。もともと、この大平本高校で天元院アヤカに見合う恋人などできるわけがないと考えていた。合コンに誘うのも、単純に楽しそうだからだ。


「というわけでな、お主らのなかに恋愛経験のあるもの、あるいは恋愛中のものはいるか? ぜひその話を聞きたいのじゃが」

「「「ええー!?」」」


 こんな話を振られて女子生徒たちは大騒ぎになった。

 なお、人垣を作る16人の彼女らのうち、付き合っている恋人がいるものは4人。正確な統計データはないが、高校1年生で恋人がいる女子の割合は3割前後と言われているから、これもほぼ平均どおりである。


「ちょっとー、リカって彼氏いたじゃん? 話してあげなよー」

「やめてよー、ユウトの話なんか天元院さんしたらみじめじゃん」

「みじめとかひっど」

「しょーがないじゃん。あっ、マリコも彼氏いたよね!?」

「パスパスパスパス! こっちに話し振らないで!」


 4人の彼氏持ちも、自分の話をしろと言われると腰が引けてしまう。普段、友達同士ならば自慢まじりにノロケるところだが、天元院アヤカを相手に自慢できる彼氏などいない。みんなごくごく普通の高校生なのだ。


「弱ったのう。話が聞けんと調査が進まんのじゃが……」


 腕組みをしたアヤカの視界の端に、ひとりの女子生徒の姿が目に入る。

 彼女は人垣に加わらず、つまらなそうにスマートフォンをいじっていた。制服を着崩して髪を金色に染めており、いわゆる不良・・であることが伺えた。大平本高校には、平均的な割合で不良生徒も存在しているのである。


「のう、お主は話を聞かせてくれんのか?」

「はぁ? 急に話しかけんなし」


 好奇心を持ったアヤカが声をかけると、金髪の少女はスマートフォンから目を離さないまま不機嫌そうに応じる。

 転校初日でまだまだサンプル数は足りないが、このような反応は珍しいとアヤカは金髪の少女に興味を持った。


「ワシは天元院アヤカじゃ。お主、名はなんと申す?」

「何なんだよ、その時代劇みたいなしゃべり方。うざいんだけど」

「すまんな。海外暮らしが長くて日本語は時代劇を見ておぼえたのじゃ。どうもそのクセが抜けなくてのう」

「マジメに答えてんじゃねえよ……」


 少女はため息をつき、やっとアヤカの方を見る。


「あーしはユリ、桜井ユリ。これで用は済んだ?」

「いや、まだじゃな」

「何なんだよ……」

「お主は恋をしたことはあるか? あるいは、現在恋をしているか?」

「はっ、そんなことかよ」


 ユリはスマートフォンの待ち受け画面を自慢気に見せてきた。

 そこには、短髪を整髪料でかっちりと固めた男が写っていた。

 年齢は二十代後半といったところだろうか。

 見るからに高級なスーツを身にまとっている。


「あーしはね、ガキの恋愛なんてキョーミないの。大人の恋愛ってやつをしてるんだから」

「む、これがお主の恋人なのか?」

「そうだよ、これがあーしのカレシ。何か文句ある?」

「文句などない。つまり、ユリはこのカレシと繁殖行動をしているということなのじゃな?」

「ハァ!?」


 アヤカの質問に、ユリは思わず頓狂な声を上げた。


「む、言い回しが悪かったか? 日本語は久しぶりでのう……性交、いや、これもまだ硬いか。日本語のスラングではセックスという呼び方が主流じゃったか?」

「ハァァ!?」


 アヤカが続ける言葉に、ユリは頬を真っ赤にする。


「そ、そういうのは……ほら、アレだし、あ、赤ちゃんとか、まだムリだし……」

「む、避妊をしてセックスをしているということか?」

「だ、だから、なんていうか、そういうのじゃないっていうか」

「なんじゃ、まだセックスはしておらんのか」

「ち、ちげーし! バリバリやりまくってるし!」

「ほうほう、セックスはしておるのじゃな。しかし、それならなぜ子どもを作らん? 大人の恋愛なのじゃろう? 性的に成熟期を迎えた生物がセックスを行うのは――」

「だだだ、だから、そういうんじゃねーから!」


 ユリは立ち上がり、鞄を抱えて早足に教室を出る。

 アヤカはそれを追いかけて行った。

 教室に残された女子生徒たちはしばらく呆気にとられていたが、少しするとまたかしましく騒ぎはじめる。


「あーあ、天元院さん行っちゃったね。桜井さんと一緒で大丈夫かな?」

「なんか、すっごい年上の人と付き合ってるんでしょ?」

「クオンタムの社員だとか自慢してなかったっけ?」

「本当かなー。騙されてそうじゃない?」

「ま、天元院さんが桜井さんのカレシと会うわけじゃないんだし、気にしなくてもいいんじゃないの?」

「それもそっか」


 そして彼女らは、今日アヤカがしでかした事件の話題で盛り上がるのだった。

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