第2話 天才JKが自己紹介するとこうなる

 大平本おおひらもと高校。

 受験偏差値ぴったり50.0。

 大学進学率、就職率、生徒の男女比率――これらすべてがぴったり全国平均と一致する、奇跡的なまでにごく普通の高校である。


 あまりの普通っぷりに、地元では「大平本」を音読みして、「大平凡だいへいぼん」と呼ばれているほどだ。数字の面白さに目をつけたマスコミが取材に来たことが何度かあるが、「使えるネタがまったくない」ということで、メディア露出経験もゼロである。


 その異様なほど普通の高校に、今日ひとつの爆弾が落とされる。


「えー、今日は転校生の紹介をします」

「えっ、転校生!? マジで!?」

「高校で転校生なんて漫画だけの話だと思ってたー」

「1学期の途中なんてずいぶん中途半端だよね」

「美人だといいなあ」

「だんっぜんっ、イケメン希望!」


 1年B組、朝のホームルーム。

 担任の言葉に、34名の生徒たちがざわめく。

 なお、1クラスあたりの在籍生徒数もぴったり全国平均どおりだ。


 そこにひとりが加わることで、平均からズレる。

 そのたったひとりが、とても平凡とは言い難い規格外であることを、この時点での生徒たちには知る由もなかった。


「そ、それじゃ、入ってきて。天元院さん……」


 転校生の正体を知る教師の声は震えている。

 なんなら昨日は眠れなかった。

 校長には自分の手に負える生徒ではないと直談判もした。

 そして「……だって、B組が普通だからいいってご指名なんだもん」と突っぱねられた。


 ガラリとドアが引かれる。

 教師の身体がびくっと震える。

 亜麻色の髪の少女が、ずんずん進んでと教卓の前に立つ。


「お初にお目にかかる、天元院アヤカじゃ! みな、よろしくな!」


 教室の時間が停止する。

 たっぷり三度も呼吸をした頃、停まった時を喧騒がぶち破った。


「はあっ!? 天元院って……あの!?」

「《人類史上最高の天才》!?」

「ちょっ、私ツイッターフォローしている!」

「俺はインスタも!」

「そんなのみんなしてるだろ!」


 アヤカのSNSフォロワー数は軽く億を超えている。

 ツイッターだろうがインスタグラムだろうが、ぶっちぎりの世界1位だ。ましてや日本人で、同じ年頃の高校生たちが彼女を知らないはずがない。もっとも、彼女自身はSNSをもっぱらAIモデルの学習・実験用としてしか捉えておらず、つぶやく内容もほとんどがAIが創作したものなのだが。


「して、教師殿。こういうときは黒板に名を書くのが通例だと思ったのだが?」

「ひゃいっ! いまやります!」


 教師は黒板に向かうが、チョークがコココココッと打ち付けられるだけで文字が書けない。緊張のあまり、震えが止まらないのだ。昨日の晩から間違えないようにと練習をしていたのに、そのとおりに体が動かない。


 本番を迎えて教師の思考回路は限界を突破してすっかりショートしていた。例えば、「天」という字は「夫」とどうちがったのか、「无」って漢字もあった気がする。「夭」というのもあった。「夭折の天才」とかに使う文字だ。もしそんな字と間違えてしまったら……失礼どころの話ではない。


 教師の脳内で似た字形の文字がぐるぐると踊り、バラバラになり、融合し、分散する。「天」というたった4画の正しい字形がわからなくなってくる。いわゆるゲシュタルト崩壊というやつである。


「教師殿、具合が悪いのか? 心拍数の上昇、発汗、振戦しんせんも見られる。調子が悪いのなら、少し休むといい」


 コンタクトレンズ型スマートグラスに映る異常数値を見て取ったアヤカが椅子を持ってくる。

 教師はまるで糸の切れた操り人形のように勧められるままだった。


「なるべく普通・・の手順をなぞりたかったのだがの。教師殿が不調では仕方がない。ここはわしが自分で名を書こう」


 アヤカは自分の名を板書しはじめる。

 その筆跡はパソコンで打ち出したかのような完璧なゴシック体だ。


 まずは漢字で「天元院 才香」。

 それからひらがなで「てんげんいん あやか」。

 そしてローマ字で「TENGEN-IN AYAKA」

 さらに複数種の発音記号が補足され――


「改めて、天元院アヤカじゃ。気軽にアヤカと呼んでくれ。不正確な情報伝達はよくないからの。念のため国際発音記号IPAやフォニックスなども併記させてもらった。とはいえ、アクセントの位置や抑揚などにはこだわらん。それぞれの母語のニュアンスで、発音しやすいようでかまわんぞ」


 アヤカは、自分が考えるとっておきの笑顔をクラスメイトへ向けた。

 予習してきたテキスト漫画や小説によれば、転校生はこの最初の挨拶で親しみやすさが変わるらしい。フィールドワーク恋愛感情の調査分析を円滑に進めるために、AI評価値のもっとも高い手段を選んだのだ。


「プロトコルに則ると、次は転校生への質問じゃな。何か質問のあるものは、手を挙げてくれ」


 最初は圧倒されていた生徒たちだが、徐々に混乱から覚めてくる。

 まず、ひとりの女子生徒が手を挙げた。


「うむ、挙手ありがとう。前列3番目、横列右から2番目の君、名前と所属のあとに質問を頼む」

「えっ、所属? え、えーっと、大平本高校1年B組、宮本ななみです。あの、天元院さんはすっごい頭が良くって、高校の勉強なんてとっくに終わってると思うんですけど、どうしてうちみたいな学校に来たんですか?」

「おお、宮本くん、さっそくいい質問だ。MITの学生でもこれほど端的に核心を突けることはないぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 アヤカに褒められた女子生徒の顔が真っ赤になる。

 講演などで慣れているアヤカにとっては鉄板のジョークに過ぎないのだが、女子生徒にとっては世界最高峰の頭脳から「MITの学生よりもセンスがいい」と言われたのだ。これで興奮しないはずもない。この件で自信を得た彼女はこれから勉学に勤しみ、大平本高校初の東大合格者になるのだが……それはまた別の話だ。


 アヤカは、胸ポケットに挿したボールペンに仕込んだホログラムプロジェクタを起動すると、空中に文字を映し出す。まだ市販には至っていない、開発中の新発明だ。


 突如として空中に浮かび上がった文字列に、生徒たちに動揺が走る。

 そこには、こんな一文がでかでかと表示されていたのだ。


┏━━━━━━━━━━━┓

┃!!恋を知りに来た!!┃ \

┗━━━━━━━━━━━┛  \

   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ *


 想像だにしない回答に、生徒たちが固まる。

 次の質問を考えていた生徒もその内容が頭から吹っ飛んでしまった。


 しかし、全員ではない。

 たったひとりだけ、教室最後列の隅に座る金髪の少女だけは違っていた。

 教室の喧騒を完全に無視して、何かに夢中になっていた。


(あーあ、ホームルーム長引いてやがんの……早く放課後にならねえかな……。早く水村さんに会いたいなあ)


 その少女は、机の下に隠したスマートフォンのメッセージアプリをずっといじっている。

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