天才科学者JKは恋の定理を導きたい

瘴気領域@漫画化してます

第1話 天才JKが首相に会うとこうなる

「じゃから、主要な政令指定都市で、このメチャホレールゼットを散布してだな。さすれば適齢期の男女はまたたく間に繁殖行動をはじめるじゃろう」

「は、はあ」

「なんじゃ、農薬散布用のドローンを転用すれば簡単じゃぞ?」

「あのう、そういうことではなく……さすがにそういうことが公衆の面前で行われるのは政府としても看過し難く……」

「なんじゃ? 人に見られるとよくないのか? ならば経口摂取タイプのドチャホレールオメガを使うか。これを水道に混ぜてだな」

「いや、あの、そういうことではなくですね、もっと穏当な方法を……」


 会話の主のひとりは壮年の男。

 日本国第100代内閣総理大臣を務める大泉純一郎その人である。

 いつもはハツラツと歯切れのいい舌鋒が光り、甘いマスクも手伝って女性支持者も多い彼だが、その彼が冷や汗をかきながらしどろもどろになっている。


 会話の相手は年端もいかない少女。

 年齢は十代半ば。亜麻色のショートヘアで、日本人にしてはやや彫りが深い顔立ちだ。原宿あたりを歩けば何人ものスカウトが群がって勧誘合戦をはじめるだろう。


 しかし、その愛らしい印象は彼女のプロフィールに裏切られる。

 マサチューセッツ工科大学MIT博士号の最年少取得、数学界最高の栄誉であるフィールズ賞の最年少受賞、ノーベル賞では医学・生理学賞、物理学賞、化学賞と3部門に同時ノミネート、その他その他……数え切れないほどの栄誉が彼女を彩っているのだ。


 誰が呼んだか《人類史上最高の天才》。

 天元院てんげんいんアヤカとは、そういう少女なのである。


 大泉がアヤカを呼んだのはアドバイスを求めてのことだ。

 テーマは少子化対策。

 現在の予測では2050年前後に日本の人口は半減しているとされ、まさしく国家存亡に関わる大問題だ。その上、妊娠出産に適した年齢の人口は日に日に減っていく。


 大袈裟でなく、一刻を争う喫緊きっきんの政策課題なのである。


 大泉は先の選挙戦において、このワン・イシュー単一論点に絞ることで圧倒的な支持を得た。国民の危機を煽り、自分ならば解決できると大見得を切った。

 そして就任から約2年……野党の反対にもめげず、減税や子育て支援、教育費の無料化などおよそ考えられる手はすべて打ってきた。子だくさんの家庭を突撃訪問し、表彰するなどといった奇策も行った。


 にも関わらず、出生率はまーーーーったく伸びない。

 低迷したままぴくりとも動かない。

 改善の兆しも見えない。

 当然、人口は減っている。


 最近では支持率の低下も甚だしい。

 SNSでは「#口だけ内閣」なんてハッシュタグつきで連日叩かれている。


 そんな苦境に立たされた大泉が頼ったのが、天元院アヤカだった。

 人類史上最高と称されるその頭脳に頼れば妙案が得られるのではと、もはや神頼みにも似た心境だったのだが――


 肝心の彼女から出てくるアイデアは、「強力な催淫剤を空中散布しよう」「空中散布が嫌なら水道に混ぜよう」「強壮剤の食品添加を義務付けよう」などといった、マスコミに洩れれば内閣総辞職待ったなしのとんでもない提案だらけだったのだ。


「あの、天元院さん? もう少しマイルドというかですね、国民に受け入れられやすい施策というのは……」

「む、AI評価値はいままで挙げた施策が間違いなく最上位だぞ? たしかに、社会学的要素も含まれるから完璧な予想モデルとは言い難い。しかし、数学的、統計的側面に限ったシミュレーション予測では、施策実施初年度から人口は上向き、10年ほどで最盛期の1億2,808万人まで回復するはずだ。この予測の確度は90%を超える」

「いや、ですからその、効果があるのはわかっているんです。しかしですね、そのような方法だと、国民感情的に受け入れがたいと申しますか……」

「国民感情?」


 形の良いおとがいに手を当てて、アヤカは首を傾げる。


「なぜだ、完全に合理的な施策ではないか。それを受け入れない国民なんているのか?」

「あー、えー、たいへん申し上げにくいのですが……まずほとんどの国民は受け入れかねるかと」

「それはなぜだ? 原因がわかればシミュレーションの諸元に加えられる。教えてくれ」

「えー、なんと申しますか、普通の人間にはですね、恋愛感情というものがありまして……いくら数字で云々うんぬんと言われても、気持ちの部分がですね、こう、追いつかないと、子どもを作ろうという気持ちには至らないと申しますかなんと言いますか……」

「恋愛感情?」


 アヤカが再び首を傾げる。

 その様子に、大泉は恐る恐る質問をする。


「あの、ひょっとして、天元院さんは恋愛をご存知ない?」

「もちろん知っているぞ。男女間が恋慕れんぼし合う感情のことだろう? ああ、最近は男女と定義しない辞書も増えてきているな」

「いや、あの、辞書的な意味ではなくですね。天元院さんご自身は、恋をなさったことはないんでしょうか?」

「む、ワシ自身がか?」


 アヤカがさらに深く首を傾げる。

 少し考えてから、きっぱり答える。


「ない」

「えっ!? あの、ちょっと素敵だなとか、気になるなって人ができたことは……」

「脳神経構造や認知特性、学習履歴、DNA構造が気になることならよくあるぞ」

「いや、だからそういう意味じゃなくですね……誰かとデートしたいとか、手をつなぎたいとか、その、抱きしめられたいとか……」

「なぜそんなことをせねばならん?」

「あー……」


 大泉は頭を抱えた。

 この天元院アヤカという少女は、恋愛を経験したことがないのだ。


 しかし、これは無理からぬことではある。

 なにしろこの超天才は、5歳でマサチューセッツ工科大学MITに入学し、そのまま研究畑を突っ走ってきた人間なのだ。周りははるか年上ばかりで、話題も研究にまつわることばかり。色っぽい話など皆無の人生だったのだ。


「はあ……せめて普通の学校生活でも送っていれば恋愛がわかったのか……」


 大泉が思わずぼやくと、アヤカがすかさず反応した。


「ほう、普通・・の学校生活を送ると恋愛・・がわかるんだな。ならばさっそくフィールドワークだ! いまから伝える必要条件を満たしてくれ!」


 アヤカは手元のタブレットを猛烈な勢いで操作すると、応接室のプリンタで諸条件をまとめたレポートを出力する。なお、プリンタはハッキングした。


 これが《人類史上最高の天才》が、《人類史上最高の天才JK》となる瞬間であった。

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