お出かけの準備をしましょう

▽▽▽▽

「んで、マジで家にあの絵飾んの?改装自体はできるけどさぁ。一応言っとくけど材料とかは別途だからな。結構掛かるぞ」

 掌の開閉を繰り返す。「そのレベルは改築だろ」と呟いた閃架がひょいっと肩を竦めた。

「人物画は趣味じゃないんだって。あんなん部屋に置いていたらずっと見下ろされてて怖いし。どうせ飾るならイルカの絵とかが良い」

「ああ……。飛沫と月明かりが綺麗な奴?あれも部屋に置くには中々派手で落ち着かない気もするけど、――んで?」

「呪い自体はこの絵を飾っていた人は恋人さんとか奥さんとか、ストーカーしてた人とかと一緒に心中しちゃう、とかいうテンプレートな物なんだけどね。調査依頼が来ててさ。ちょっと大変そうだから1回手元に置いてじっくり調べたいんだよ」

「その為に窃盗を?遵法意識については俺も人の事言えないけどよ」

「向こうも盗んだものを展示してんだし、お互い様でしょ。文句を言われる筋合いはないよ」

「う~ん、治安がわりぃなぁ」

 閃架が上部のホイップクリームと3分の1残った7割解凍状態のフラペチーノをストローでぐるぐる掻き混ぜる。その動きに促されるようにぬるくなり始めたラテを一気に煽った。冷めたせいでもったりとした感覚が喉に絡みつく。味濃くなった分逆に喉乾くな、と思いながら呑み込んだ。

「……ウチ情報屋だよな?」

「うん」

「はい」

 強盗の次は窃盗か……。

「情報屋の仕事ではねぇんだよなぁ」

 蓋の飲み口の部分に歯を立てる。やわらかいプラスチックが変形する感覚がした。

 術式技師でも特殊な眼もない俺には何をどうすりゃあのデカい建物が”実在しなく”なるのかわからないが、俺が想定している以上に複雑なのだろう。――今度は閃架を傷付けることなく、彼女の望みを叶えられるだろうか。

 無意識の内に伏せた視界にひょいっ、と閃架の顔が入ってきた。

「ぅおっ」

 急に至近距離から覗き込まれてギョッと身を引く。

 閃架が摘まんだ指先で眼鏡をずらす。フレームの隙間から碧い瞳が上目遣いで見上げてきた。瞳の色に混ざって、至近距離じゃないとわからない刻印が薄っすらと見える。

「運動神経がポンコツだからさ。今までこういう荒っぽいことはできなかったんだけど。竜騎士ドラグーンがいるから遊べるね」

「……そう言われるのは、好ましいなぁ」

 竜騎士ドラグーンの名前を出されると微妙な気持ちになるけども。

 無邪気な顔で邪気たっぷりなことを宣う閃架にぼやく。

 遊べるとは、ゲームの様なことを言う。ケラケラと笑う閃架に背中に圧し掛かっていた重圧がちょっと軽くなった。隣に居る奴が気負い過ぎていても、つまらないか。

「ま、新生情報屋“閃鬼”だもんな。ベンチャーらしく、今までとちょっと変わったことでもして、新しさ出してったほうが良いだろ」

「え?ああそうじゃん!」

 パッ、と表情を明るくした閃架が俺の腕に飛びついてきた。カップの中身が零れないよう慌てながら閃架を受け止める。

「竜騎正式加入してから初めての仕事じゃん!あ、じゃあなんて呼ぼっか。コードネーム決めて無かったよね。いや、でも竜騎自体が本名じゃないんだっけ」

「これから本名とするんだから別にコードネーム作るよ。……“閃鬼”に併せると“風竜”とかになんのかね」

「言い難くない?咄嗟に出せるかな……。まぁコードネームなんて自分で付ける呼んで欲しい名前だもんな。精一杯格好つければいいし、呼び易さよりも連帯感の方が優先っていうならそうすれば良いか。あたしとしては“竜騎士ドラグーン”ってのもカッコよくて、好きなんだけど……」

「えっじゃあ“竜騎士ドラグーン”にしようか」

「あ、良いです良いです。大事なもんなんだから自分で決めなよ。君、あたしに預け過ぎて怖いんだよ」

「ボスが決定権持つのは当然じゃないか?なんならあんたが俺のコードネーム付けてくれて良いんだぜ。狂華の名前だって閃架が付けたんだろ。羨ましいなぁ」

 のし、っと閃架に肩を組む。体重を掛けられた閃架が呻きながら俺を押し返そうとする。ピクリとも動いてないが。

「あれは必要があったの!個体として存在強度を上げたかったし、あたしとの繋がりも強くしたかったから」

「名で縛る、ってやつか。閃鬼ゼミで習った」

「あたしが“存在異議レゾンデートル”の名前を付けた方が良いってアドバイスした事言ってる……?」

 訝し気に呟く閃架から視線を逸らす。その通りなので。

「それで12周期で“2月如月”の真逆である”8月葉月”を苗字にしたのか。背中合わせって背中は接しているもんな。”鬼”の文字をキサラギと読むことを考えると、狂華の存在は鬼からは離れそうな気がするけど。いや、それもわざとか?あんま鬼としての存在を上げ過ぎてもアンコントローラブルになりかねないし」

「な、なんでわかるの……」

 唖然と呟く閃架にピースサインを返す。ちまちま日本文化やら神話やらに対して勉強している甲斐があった。

 破壊能力といい精神の操作といい、閃架は自分に出来ないことを狂華に求めている節がある。自身を”器”と称し、狂華を”中身”と称す。互いのことを”半身”と呼ぶ。2人で1人の人間と認識している。

 如月閃架と葉月狂華。黒と白。碧と紅。狂わされた者と狂わせる物。鬼を冠した少女。裏返しの鬼。

「いや、うん。……名実共に表裏一体じゃん。普通に羨ましいな……」

「名実共に、の”名”って”名前”って意味じゃないでしょ。”評判”って意味でしょ。っていうか竜騎はあたしと一緒になりたいの?」

「いや、別に」

「なんなんだよ」

 ゲシ、っと足裏で脹脛辺りを蹴り付けられて喉の奥を震わせる。

 閃架にできないことを狂華がする、狂華にできないことを閃架がする、というなら2人の面倒事を片付けるのが俺が自身に定めた役割だ。2人が愉しく遊ぶ用の露払い役。2人の中に混ざるのではなく、外付けの+αが良い。

「でも連帯感は欲しいんだよな~。やっぱほら、お揃いのユニフォーム的な。アガるじゃん」

「あぁ……、まぁわかるよ。え、作る?」

「あんまりこれ見よがしにお揃いなのはなぁ……。一目で繋がりがわかるのって、場合によっては邪魔になりそうだろ」

「あー、まぁ、別行動に利がある場合も、そりゃまぁ、あるか」

 むむっ、と考え込む閃架の眉間に皺が寄る。

 効果範囲がどれくらいかわからないが、視線を通せば発動する、っていうのは遠距離でも使える。前衛戦闘役と後衛強化役、別行動に利がある場面も多いだろう。

「う~ん。やっぱ“風竜”か。“竜騎士ドラグーン”って名前広まってんでしょ。“Fictional”と勘違いされても癪だ」

「この街でそんな知名度ないだろ」

 外ではそれなりに知れた名だったという自負はあるが、箱内では無価値だろう。流石に全くの無意味ではないとは思うが、知らない人の方が多いんじゃないか。それよりも頭に入れるべき名前が沢山あるだろうし

 なので“Fictional”の一員である“竜騎士ドラグーン”から情報屋閃鬼のサイドキック“竜騎士ドラグーン”に意味を変えるのはそこまで難しくないと思うけれど。

「それも中々乙だけどね。どうせなら新組織で心機一転名を変えてよ。あたしの相棒用に」

「そんなことをするまでもなく、俺はあんたの剣だが。オーキードーキー。俺の名前は“科戸辺竜騎”にしてコードネーム“風竜”だ。どうぞお見知りおきを」

「はい以後お見知りおきを~」

 ズゴッと最後の1口を啜った閃架が力の抜けた口調でへらりと笑った。リラックスした顔は信頼を感じることが出来て好きだ。

「つか考えりゃ盗品美術館の知名度は閃鬼の隣に“風竜”が居ると知らしめるには悪くないのか。うっし、んじゃあバリバリ働いて俺の価値も格も上げっかな」

 まぁ、“閃鬼”自体謎多き情報屋なので、俺が成果出したところで広まるか、ちょっと微妙なところだけど。世間様には無理だとしても、一番知らせたい相手には――閃架と狂華には知らせられる。

「んじゃ、初仕事、よろしく頼むぜ武力担当」

「任せとけ」

 久々の厄介ごとだ。わくわくしちゃうな。

 突き出した拳に小さい拳がぶつけられた。その勢いのままぐるりと腕を回す。

「んじゃぁ精々はりきって行くかぁ」

「おー!」

 緩く突き上げられた俺の腕を追って、勢いよく閃架の両腕が上がった。

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