当館をご紹介いたします

▽▽▽▽

「呪いの絵、ねぇ。呪いなんぞ別に珍しいもんでもねぇだろ。この街じゃ」

 世界中の“いわくつき”や”厄ネタ”が集まるのが現状唯一無二の指定異在特区“プラス・ボックス”だ。

 にも関わらず何でわざわざ。何が琴線に触れたのか。先ほど見た西洋美女の巨大な絵画を思い出す。

 ギリシア神話に登場する魔女メディア。“眼輝く乙女”。ヘカテー神殿に使える巫女にして裏切りの魔女――だったっけ。最近閃架が持っている本で学んだ付け焼刃だが。

 絵では瞼を閉じていて噂の瞳は見れなかったけど、なんか作者のこだわり的なのがあるんだろうか。

 俺の疑問に反応して有名チェーン店の期間限定フラペチーノを啜っている閃架がこちらを見た。

「おいしい?」

「おいしい」

 こくんと頷いた閃架がストローから口を離す。俺も期間限定ホットラテの小さな飲み口に口を付ける。今までこういうのを飲んだことはなかったが、結構甘いもんだな。

「おいしい?」

「ん、美味いよ。飲んでみる?」

 差し出したカップを恐る恐る受け取った閃架が熱そうにしながら一口啜る。「コーヒー味」と顔を顰めた。そんなことないだろ。

 美術館に行って、おしゃれなコーヒーショップで期間限定ドリンクを一口ずつ交換しながら大通りを歩く。これだけ見ればマジでデートだな。話している内容はデートの内容じゃないし、訪れた場所もその実デートスポットではなかったが。

 なんてったってさっき訪れた美術館はこの街一番の情報屋“閃鬼”様の仕事関係だ。ドラマや漫画で見るような普通の、いくつも展示室があるような、やや大きいくらいの美術館だったが、おそらく普通の場所ではないのだろう。

「ね。どうだった?なんか好きな展示物とかあった?」

「あ?あー……、空の水槽?呪いの絵と同部屋にあった奴。なんかこう……哲学的で良いよな……」

「え、マジ?竜騎ああいうの好きなんだ!?へー、意外~。あれ好きかと思った。ホールにあった女神さまの彫像」

「ああ、うん……。あのデカくて翼生えてたやつな」

「そう!」

「写実的だったし迫力あったから」と笑う閃架に曖昧に返事をする。閃架には悪いがあまり覚えてない。展示物よりも周りで観覧している連中の方が迫力あったので。水槽も目的である絵と同部屋にあったから比較的印象に残っているだけだ。

 いや、本当、ずっと空気がピリピリしていた。皆周囲に警戒心をバラ撒いていたし。あ、こいつ絶対強いな、って奴とか居たし。

 アレは俺と同じ、護衛役だ。多分雇われ。あんな剥き身の刀みたいなのが同じ空間に居て、他の連中は鑑賞に集中できるのだろうか。まぁウチのボスは楽しく閲覧できたらしいが。鈍いのか俺を信頼してくれているが故なのか。後者であるなら悪い気はしないが。

「あっ、今回のは仕事なんで、デートとしてはノーカンだからね。ちゃんと行きたいとこ探して後日行くから」

「そりゃ良かった。そういやさっきなんか調べてたな。ど?良い所あった?」

 ちょっとした待ち時間にもずっとスマホを弄っていたのを思い出す。軽い気持ちで聞いてみたら唸り声と共に悩むように眉が寄った。周囲の人込みを気にすることなく、スマホをたぷたぷし出したので慌てて腕を引いて誘導する。

「やっぱこの街での有名何処だと“外”には流出禁止の技術を使ったものばかりになっちゃうんだよねぇ。それはそれで綺麗そう浪漫チックなんだけど、最初だから普通のところに行きたい。さっきみたいなアングラなとこじゃなくて、雑誌に載せられる程度には治安がいいとこ」

「載って無いんだ?」

「無いでしょ。知ってる?“盗品美術館”っていうんだけど」

「あ!?あれがかの有名な!?雑誌にも載っている!?」

「載ってんの!?」

 ぎゅん、と勢いよく閃架の頭がこちらに向いた。驚愕顔に大きく頷いた。「えぇ……」と引いた顔をした閃架が「えっ」と前に乗り出した。

「――”箱内”の胡散臭いオカルトとか扱う雑誌?」

「いや”外”のデート雑誌に載ってる」

「嘘だろ……」

 呆然と呟く閃架に肩を竦める。情報屋の割に市井の情報には疎いというか。仕事関係じゃないところだと結構情弱なんだよな……。

 閃架の掌を上から覆い、彼女が握るスマホを操作する。多分こんな感じの検索ワードで……あ、出た出た。

「ほれ」

「マジじゃん……」

 ひょい、っと閃架にスマホの画面を向ける。ティーンズ向けのキラキラしたサイトにさっきまで居た建物の外観写真が載っていた。流石に最後の方の、おまけ扱いではあったけど。デート場所として紹介されても基本行けないもんな。もっと健全且つ合法的な場所を紹介しろよ。

 右目の刻印を隠す為の色付きレンズの奥、丸まっていた瞳が呆れたように歪められた。

「マジで倫理観無いなこの街。いや、そんなもん売ってる”外”も”外”だが」

 ぼやくような言い方に苦笑を返す。その手の雑誌って”外”の人が”箱内”に対する野次馬根性を満たす為、需要があったからな。なんなら俺も結構読んでいた。

 ふむ、となんかしら考え込んでいた閃架が組んでいた腕を解く。俺の目の前にピッと伸ばされた指が掲げられた。親指、人差し指、中指で示される3。

「盗品美術館、知識、真偽混合可」

「え?」

「はい、3、2、1、Q」

 カウントダウンに合わせ、親指、中指、人差し指が折れる。最後のアルファベットに合わせて親指と人差し指で円を作り、他の指でで俺を真っ直ぐ指した。

 切っ先を向けられたような感覚に僅かに仰け反る。「あー、」と口から意味のない音を漏らして時間を稼ぎながら脳内を急いで搔き回した。

「――っと」


 美術館“ゾルズィアズ”。“盗品美術館”の異名通り、展示物の全てが世界中から集められた“盗品”だ。所蔵されている品は1,000点以上と言われる。さっき見た時にも“外”で有名な宝飾品がいくつも飾ってあった。噂では顕濫怪盗“フルアンカー”と専属契約を結んでいるとか、いないとか。ただ何が展示、所蔵されているかの情報は公開されていない。んで建物はチケットに付与されている刻印が無いと物理的に入ることが出来ない為、警察組織なども手出しができない、らしい。っていうか実在自体がないんだっけ。さっきは普通に存在していたから実感は湧いてないけど。なんつーか、“裏”?で?チケットが配られると共に、開館の予告がされる、んだよな。特殊性もあってチケットの価値は高く、手に入れるには金だけでは無く伝手も重要で、あの美術館に入れること自体がステータスの1つとなっているとか。――そういや閃架はどうやって2枚も手に入れたんだ?

「ん~ふふふ」

 あ、これ説明すんのめんどくさがってんな。

 返事の代わりの笑い声に溜息を吐いた。


「と、いう感じでどうでしょうか」

「ん。概ねオッケー!」

「お、やった」

 溌溂としたOKサインにほっと息を吐く。何事も急なんだよなぁ。彼女から提示されるハードルを跳び越えるのも大変だ。好きだけれどさ。

 胸を撫で下ろす俺を他所に閃架がフラペチーノを一口啜る。ストローからぱっ、と口を放した。

「あの絵がさぁ、欲しいんだよね」

「あん?……家に飾るにはでっかくないか。入んないだろ。部屋ぶち抜くか。材料さえあれば家の拡張もできっけど」

「いや、そうじゃなくって依頼でぇ――え、そんなことできんの!?」

「え、まぁ多分な。やったことないけど」

 思いの外のオーバーリアクションにこちらの方が驚いてしまう。

 一発芸のスプーン曲げ程度の影響力から一転、自ら名前存在を定めた“我が欲へアルケミア”は嘘の様に劇的だ。俺の人生の変わり様と同じくらい。そりゃ皆名前を付けるわ。厨二ネームに恥かくのに比べてメリットがデカ過ぎる。

「いや、誰も彼も凝った名前付けてるわけじゃないでしょ……。薄々思ってたけど君の“存在異義レゾンデートル”、影響規模デカいよね……」

現実改変クリアカラーに言われてもな……」

 閃架に「暴走状態の“異在者イグジスト”ばっかだったから普通がよくわかんないんだね。これから一緒に勉強していこうね」って哀れまれた。一番普通じゃない奴に言われても。

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