葉月狂華

▽▽▽▽

『鬼眼とは通常の視力では見ることのできないものを見る眼球存在異義“天眼”と視ることで相手に影響を与える眼球存在異義“魔眼”の両方の性質を併せ持つ眼球である。“存在異義レゾンデートル”は異在者イグジスト固有のものであり、他人に譲渡することはできない。しかし鬼眼は刻印が刻まれた眼球を移植することで唯一他人に移譲ができる“存在異義レゾンデートル”である。ランクカラーは通常の7色から外れた“空色クリアカラー。現在確認されているのは「ドガッ!」

 

 隣の部屋から聞こえてきた破壊音にネットサーフィンの末に見つけた眉唾なコラムサイトから視線を上げる。

 筆者の名前が“S・K”と閃架と同イニシャルだったこともあり、何となく読み続けてしまっていたので丁度良かった。

 閃架から借りたタブレットを部屋の隅にどける。借りたスマホを壊したばかりなので無事に返したいのだが。大丈夫だろうか。

 ガラガラと椅子のキャスターを転がし部屋の中心に移動した。軽いけれど荒々しい足音がやってくるのを扉に向き直り待つ。直ぐに勢いよく蹴破られた。


「何バラしてやがンだオマエ!!!」

 

 初手から嵐みたいなやつだな……。

 血の様に昏い、紅い瞳がギラギラと俺を睨みつけてくる。常以上にぼさぼさの髪は黒髪だった部分まで色が抜け落ち、くすんだ白をしている。浮き上がった血管。歯を剥き出して威嚇する口元。視線を向けられ、衝動的に上げ掛けた悲鳴を嚙み殺す。代わりに口角を吊り上げた。

 閃架と同じ顔なのにその表情は獣の様に凶暴だ。人格が違うとここまで変わるものかといっそ感心する。まぁ俺がキレさせたせいだけど。

 ゲームキャラクターがただ2Pカラーに変わったってだけでも大分印象変わるもんだしなぁ、と見上げていると閃架、の体を使う狂華が拳を握った。

「オマエホント、言うなッつッただろーがよッ」

「あ、馬鹿」

 振るわれた拳に首を傾ける。頬を風が叩いたかと思えば、顔の横で破壊音がした。あー、閃架に借りたオフィスチェアが。

「おい腕……。折角治って来たのに……」

 頭を抱えて項垂れる。耳元で狂華が貫通していた腕を勢いよく引き抜いた。椅子の破片に顔を叩かれて顔を顰める。

 溜息交じりにプラスチックの欠片が付いた腕に触れる、よりも速く強い力で弾かれた。ジンジンと熱を持つ指先を擦り合わせる。今ので筋やら何やら痛めてんな。以前よりも攻撃力が随分低い。とはいえ俺と大して変わらないのだが。

 どうも狂華は身体能力のリミッターを壊せるらしい。そういう存在異義レゾンデートルなのか単に脳内麻薬出まくってんのかは知らないが、人間としての文字通り”全力”が出せるとのことで。だから閃架に比べれば、というか純粋な身体能力の出力のみで言えば俺と比べても強い。まぁ人体に何故リミッターが付いているかというと自分の体を守る為なので、相手を殴って壊す度に自分の体も壊れていく、みたいなありさまなのだが。今筋を傷めるだけで済んだのだって、元々怪我をしているせいで新しく筋以外に傷めるところが無かったからだ。

「つかあんたさぁ……。俺に会ってる暇あんなら閃架に構ってやれよ……」

 じろりとねめつければ狂華がグッと顎を引いた。素直な反応におや、と思わず目を見張る。なんだ、ちゃんと引け目を感じてんだな。

 物理的に噛みつくのを堪えるかの如く、食いしばったギザ歯の隙間から洩れるのは唸り声。う~ん。猛獣。やっぱり人間に比べて獣の方が理性が低いのだろうか。

「オマエに、関係ねェだろうが」

「ある」


「あるし、ないなら得る」


 紅い瞳が瞬いた。その隙に腹の中を巡る吐き気にも似た情動を飲み下し、にっこりと笑みを返す。

「いやぁ、お前に見られるのは気分が良いなぁ!」

「……ヒャハッ」

 露骨な煽りに引き攣った声で狂華が笑う。銃の照準を絞る様に左眼を眇めた。ぞくぞくと背筋を這い上るのは狂気だけではない。確かな歓喜。

 前回会ったのは1週間前、狂華が大蛇サーペントの依頼人と戦った、っつーか散々好き勝手暴れた時だった。いやぁ、ビビったぜ。家から抜け出し、なんか街中をふらふらしてんな、と思ったらそこが何時ぞやの廃ビル近くで。多分大蛇サーペントが倒された件について調査している依頼人に絡まれて。殴り倒したと思ったらそのままぶっ倒れるんだもんな。連れ帰った時俺に向けた興味の無い面を思い出す。好きの反対は無関心、という言葉を思い知った。

 閃架には“会っている”という言い方をしたが狂華はそう認識していないのだろう。俺もそうだ。

 まず会話ができていなかった。言葉は通じていたし、端からでは話が成立しているように見えていただろう。ただその口から出てくるのは俺に向けての言葉ではなかった。全て独り言であり、紅い瞳は俺を見ていなかった。

 そのくせしっかりと俺の狂気性を言い当ててくるから始末が悪い。

 それが今、こんなにも警戒されている。なんなら敵意すら持たれている。

 いやぁ、怒らせた甲斐があったってもんだ。

 視線に混ざる威圧感は質量さえ感じるほどだ。背骨に氷柱を差し込まれた様な感覚。ゾクゾクしちゃうね。

 恐怖には鈍い質なのに口内が渇く。無い唾を無理矢理飲み込みゆっくりと口を開いた。

「んで、なぁんで閃架と会わないんだよ」

 大股開いた足の上に鷹揚に頬杖を突いた。狂華に向けて非難の視線を送る。荒っぽい舌打ちが返された。

「ハッ、閃架と引き会わせる為にわざわざオレを怒らせたのか?アイツも随分と従順な犬を手に入れたもンだ」

「ワン」

 挑発して俺を怒らせ有耶無耶にしたいっぽいな。向けられた嘲笑を煽りで返す。狂華がピクリと痙攣する様に片眉を跳ね上げた。「そういうの、俺には効かないぞ」と忠告する。俺がどういうイカレ方をしたか知っている狂華にはわかるだろうに。冷静じゃねぇなぁ。

 ジッと俺を見つめていた頭が勢いよく傾げられる。まるで首が頭部の重さが支え切れず、転げ落ちるような、非生物が壊れたような動き。攻撃的だった視線が不可思議なものを見るものに――一種の純粋ささえ感じるものに変わる。ギチリと噛み閉められた歯の間から唸り声。

「なンで平気なンだよ」

「いや平気では全然ないですけどね」

 紅い左眼と目を合わせる度、脳の奥をじりじりと炙られる感覚。

 先ほど読んだ場末の記事に載っていた”魔眼”を思い出す。もっともこちらは人工物なので違うのだろうが。

「人と話すときには眼を見ましょう。コミュニケーションの基本だろ?」

「……知らねェよ」

 探るようにオレを見ていた狂華が呆れたように、諦めた様に瞳を閉じた。途端開いた気管にひっそりと息を吐く。

 狂華が等身大のビーズソファに荒い動きで腰を下ろした。ポリスチレンに沈んでいく小さい体に見上げていた視線を見下ろす形に変える。この状態なら可愛いんけどなぁ。……いや、割とあり得ない方向に腕を曲げながら暴れてようが、返り血で血みどろだろうが、可愛いは可愛いな。客観的に見たらモンスターなので完全惚れたよく目だが。

 床を蹴って座面を回転させ、移動した狂華に相対するよう追いかける。

「昼間あいつが半泣きになっていた時、話聞いてたろ。なんで応えてやんなかったんだよ」

 閃架は気づいて居ないようだったが見下ろした影は気まずそうに身じろいでいた。指で突いてもシカトされてしまったが。

 会って居ない2年間、閃架は狂華が自分のことに全然興味がないと思っているだろうが、実際には多分結構把握している。

 広い家に独り帰る空虚さも。鏡を見る度話しかけてこないかと願ったことも。どんなに寂しかったかも。

 意外と心配性、というか閃架思いなんだ。

「居ない方が自然なのに?」

 思わず見張った目は相手が顔を背けていたのでバレていない。驚きに声が漏れなかったのは運が良かった。

 ――拗ねてる?いや、表情が見えない。

「まぁ解離性同一性障害だの、16歳になってイマジナリーフレンドだの。精神科にでも掛かった方が良いのは確かだな。メンタルヘルスに問題がある。キャラ属性を表すスラングではなく」

「……アノ後閃架に聞いたのか」

「なんとなくな。あんた、閃架の交代人格兼イマジナリーフレンドなんだって?聞いてあー、って思ったわ。確かにその2つって“鬼眼”とメチャクチャ相性良さそうだよな。どんな架空のキャラ設定でも”実在すること”にできちまう」

 寄り添ってくれる半身だろうと。万物を破壊する鬼だろうと。理想の自分だろうとも。

「やれやれまったく。”存在”自体が彼女に求められた証明だなんて酷い惚気だ。妬いちゃうぜ」

「無意識だろうケドなァ」

「あー、五感系って特に制御が難しいらしいな。常時発動型の奴も他より多いし」

 感覚自体は常時働いているのでちょっと集中しただけで過稼働してしまうのだとか。閃架も余裕が無いと制御できなくなっていた。

 そもそも自分の“存在異義レゾンデートル”がコントロールできない、という話は珍しくない。

 タグ付きになる理由として、デカい組織に管理してもらった方が安心だから、という者も多い。”Fictional”の仕事の5割は暴走した異在者イグジストの対処だった。箱外の組織は国家間の軋轢だの法律だの色々柵が多いらしく、フットワークの軽い民間組織に受容っがある。

 滅茶苦茶コントロールできる方の俺だって、名付ける前は感情の高ぶりによって流し台を歪めたし。

 人間見たいものだけを見たり聞きたいことだけを聞いたりってなんだかんだ難しいもんだ。労せず出来る人も居るには居るが。

「っつーことは閃架が狙ってあんたを生んだわけじゃないのか。良いねぇ。そっちの方が運命的じゃん。嫌いじゃないぜ」

「そうかァ?」

 二重人格としての側面もイマジナリーフレンドとしての側面も共通して現実からの逃避行動の結果。必要され、求められて、だ。生まれたこと自体に異能力鬼眼は関係ない。

 ”閃鬼”ではなく、”閃架”による”閃架”の為の”閃架”の人格。

「あんたの戦った後、見たけど凄まじかった。結構好きだよ」

 1ヵ月前、瀕死の縁から目覚めた時の光景を思い出す。

 コンクリートの部屋の中、多数開いた穴ぼこ。崩れ落ちた壁。天井にくっきりと付いた足跡。べったりと彩る2人分の鮮血。

 死体と見間違う状態で落ちていた閃架。その左肘から先は潰れていた。

「ありゃあ自壊だろ。何をどうやったらああなるんだか」

 人間、普通は20~30%分の力しか出せないようになっているらしいからな……。それを80%、若しくはそれ以上に出した場合、ああなるのかとちょっと関心してしまったくらいだ。

「オマエが閃架に嘘吐いたアレな」

「嘘じゃないってぇ。閃架が俺の心臓狙ってきたのもその腕を俺が払ったのも事実だろ」

 そのせいで怪我したわけじゃない、とは言っていないだけで。

 言いながら五本の指をバラバラと動かす。痛みは残っているかも、というか激痛が走るかもしれないが、狂華も同じ動きができるだろう。

 骨どころか五指の名残さえ無かった掌は既におおよその復元が済んでいる。自然治癒どころか俺が知る医療では治せる怪我ではなかったのに。流石に即座に生える訳ではないが、欠損さえも治る再生能力。

 ……こう考えるとガチの化物なんだよなぁ。

 どうも閃架が”視た”イマジナリーフレンドの“設定”が”怪異”的なアレだったらしい。異能力者ではあるが、人間にカテゴライズされる異在者イグジストとも一線を引く存在だ。鬼眼の伝説がまた一つ増えてしまった。

「終わった後の副作用も?」

「そっちは体験したな。たった一週間で何度も死にかけるくらいには」

 理性無く暴れる奴を止めるのは、相手がか弱い少女だろうとも難しい。なんせ折った腕でも怯むことなく殴りかかってくる。“Fictional”での対暴走状態の制圧経験が生きたような。今までは相手が怪我しようと関係なかったので結局生きていないような。

 狂華の時に異常分泌した脳内麻薬が残っているのか、お化けに取り憑かれたら無事じゃ済まないよね、って思考によるものなのか、自身の身も周りのことも考えず、ただわけもわからず衝動に振り回される。暴れ、叫び、泣き、自傷行為を繰り返す。かと思えばぼーっと虚空を見つめだす。赤ん坊とか碌に接したことはないが、ワンオペ育児とかあんな感じなのだろうか。

 不幸中の幸いは身体能力の上昇はなかったことだ。

「でもあの3週間よりは断然マシだ」

「……ソッチの方がオマエの手間は少ないのに?」

「や、あれはダメだろ……」

 閃架は1カ月フルに理性失くして暴れていたと思っているのかもしれないが、実は直近1週間だけである。あんなもん1カ月相手してたら流石にぶっ倒れる。いやまぁ必要ならやるが。その前の方がもっと酷いし。

 虚みたいな目を思い出しただけで、目を背けたくなる不安を思い出す。不気味の谷を越えられなかった人形と目が合ったような。

 遠い目をする俺に瞳を三日月形に歪めた狂華が首を捻るように視線を逸らした。途端に頭の神経を締め付ける感覚が軽くなる。膝でにじり寄り、視線の先に回り込んだ。

 視線を合わせた瞬間狂華が弾けるように仰け反る。ギョッとした顔に喉奥を震わせれば、大仰に顔を歪め、ビーズソファに倒れ込んだ。

「態々……。オマエ――ロクでもねェなァ」

「それ閃架にも言われた」

「ハッ、じゃァ筋金入りだな」

 狂華の左隣に寝転がる。あれ。

「狂華は左眼見えてんだ」

 左腕がピクリと震えた。

「義眼なのに?」

「……閃架?」

「いや見てりゃわかるよ。あいつ眼帯で左目隠してても動き変わんなかったし。右目の情報量が多いからあんま困ってはないっぽいけど」

「――察しが良過ぎンのも考えモンだな」

 僅かに顔が傾けられ、紅い瞳がジト目で見てくる。閃架に嵌っていた時とは違う、生物的な光。

「閃架もわかり過ぎて困るタイプだろ。俺とアイツじゃ方向性が違うけど」

「あァ……」

 俺は戦闘時の察しの良さを応用した対人用の推測スキル。閃架は事実の観測による対事象用の予測するスキル。

 因みにその対人推測スキルによって狂華の疲れた雰囲気的に閃架がなんかいらん事知ってトラブったんだと推測した。多分当たってる。

「ただの義眼じゃなくて、オレの“核”なンだよ。怪異としてのな。物理的な依り代。ほら、よくあンだろ。割れば怪奇現象が解決する鏡とかそういうの。ホラー映画の終盤で火ィつけるヤツ。そのせいかオレはこの”眼”を通して見えンだよ」

「閃架が?」

「いや、アイツのオヤジ」

「おぉ……」

 返答とも吐息とも付かないものを漏らしながら、目を細める。

 16歳がこんなに大きい家に独りで暮らしていること。娘が多重人格にしてイマジナリーフレンド持ちなことを考えると、父親について察するものがあるな。

「親父さん“異在者イグジスト”?その義眼って“異在道具オーパーツ”?」

「まァそう。フツー義眼ッてコンタクトレンズみてェに眼球に被せるヤツか半球状のモンを目に嵌め込むンだケド、ロマンと趣味の結果球状――みんながイメージする義眼の形だ。ホラ、外付けの方が要らなくなッた時、簡単に外せて便利だろ?」

 皮肉気に笑う狂華が無造作に左眼に手をやった。込められる力に静止の声を上げるよりも速く、指先が沈んでいった。

「うーわっ、え、大丈夫なのか。それ……」

 目の前で行われる自傷による欠損(ジャンル:内臓)は流石にインパクトがあるな……。

 引きつらせた視界、雑に引っこ抜かれた球体が高い放物線を描いた。俺に向けて投げたとわかるが、腕を伸ばさなければ届かない着地点に床に突いた腕で勢いよく体を起こす。

 掌の上でコロコロと転がるそれは移った体温の生暖かさの奥にガラスの冷たさを感じる。粘度の高い何らかの体液と血の臭い。親指で拭えば露になる虹彩は、人体の眼孔に嵌っている、という先入観を抜きにして見ると、人間の瞳とは異質な光を放っていた。義眼という人工的なものと同時に怪異という幻想的なものを混ぜた輝きは、見つめていると本能的な不安を掻きたててくる。

「良いな。似合ってる。好きだぜ」

 微笑みながら振り返った先、閉じた瞼の下からだらだらと流した血で顔の半分を紅く染め、くたりと死体のように四肢を投げ出した女の子が居た。その髪は一房の抜けもない、綺麗な黒色だ。多分瞼の下は碧色だろう。

「いや、まぁ……そりゃそうだよな……」

 自分の核外しゃあな。

 人形のように無機質ささえ感じる穏やかな顔は一週間前まで散々見た、見飽きた顔だ。これ次目覚めた時も発狂してないだろうな。

「いや、つか……俺にどうして欲しいんだよ……」

 手の中で球体を弄びながら溜息を吐いた。

 わかってる。多分俺に狂華を切って欲しいんだよな。

 

 結局のところ、狂華は抑えられない戦闘狂なのだろう。暴れるのも壊すのも、壊されるのも大好きな筋金入りのヤベー奴。殴り合いの哄笑は聞くだけで悪夢を呼ぶ。身体以上に脳のリミッターの方が外れてる。1週間前、必要ないのに死に体になっていたのがいい例だ。

 閃架を大切に思っていても大切にできない。

 故に自分は閃架にとって居ない方が良い、と判断した。

 俺という安定した”武”も得ることで、”暴”である狂華の必要性も低くなった。

 この隙に義眼自分を壊して欲しいんだよな。

 でも、なぁ。

「閃架はさ、狂華が居た方嬉しいだろう?」


 ぐりっと、義眼を力づくで眼孔にねじ込んだ。

 ――勢いでやっちゃったけど良かったのか?衛生面とか。

 内心ドキドキしながら取り敢えず左半分の顔面を袖で拭う。もう髪まで血で濡れてしまっている。

 クッションカバーも洗濯しなければ。1カ月ぶりに床に寝なくて済むと思ったんだが。どうやら今日も雑魚寝らしい。っていうかカバーより下まで染みてた場合ってどうすりゃいいんだ。一般家庭で洗えんのか。業者呼ばなきゃダメかな。

 手持無沙汰で椅子を殴ったせいで腫れた腕を撫でる。今度は振り払われなかった。

「イイのか」

「良いよ別に。閃架の理性も戻ったんだ。どっちにしろもう捨てるつもりだったしな」

「ア?……服のコトじゃねェよ」

 苛ついた声に苦笑する。目元を腕で覆う狂華を上から覗き込んだ。未だ止まるない流血が袖を黒く汚していく。その服こそ捨てて良い奴なんだろうな?閃架普段使いしてる服だぞ。

「ところでさぁ、提案があるんだけど」

 俺の言葉に緩慢な動きで腕がズラされた。億劫そうではあるが、確かに俺を見ている。

 閃架の碧色とは違う、紅い視線に浅く息を吸って、深く唾を呑む。

「俺と同盟を組まないか?」

 紅色の光が銃の照準を絞るように、細くなり、強くなる。

 ――あ、今の動き、閃架と同じだ。


 冷静に考えられたのはここまでだった。

 視界は俺の意識ごと真っ紅に染まった。

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