竜蛇の喰い合い④

▽▽▽▽

 視界に鈍色の破片が散る。あっさりと壊れた大刀に、ヒクリと口角が引き吊った。

 ――あー……、面積増やした分、薄くなってたか……。

 “大槌大蛇ハンマーコブラのうねり警戒して刀身を広げたのが仇になった。小細工なしに真正面から振るわれたハンマーを耐え切れるには強度が足りない。

 大蛇サーペントの口元が裂ける。獲物を丸呑みにする直前の笑みを浮かべ――への字に曲がった。

 筋肉質な痩身が僅かに地面から浮き上がる。握っていた大刀の柄が地面に落ち、乾いた音を立てた。崩れ落ちた大蛇サーペントの体が音を追う。

 自分の腹を殴った固い感触が不可解なのだろう。足元から這い上がってくる視線に手首に走った一文字の傷見せつけた。そんなに欲しがらなくたって、お望み通り、ネタバラシはしてやるとも。

大蛇サーペントさぁ、最初に俺が拘束解いた時、どうやったと思ってたんだよ。まさか腕力で引き千切ったとでも?俺はそんなにゴリラじゃないぜ」

 手の中に入っている異物に神経を絡みつけ、そこから力を流し込むイメージで。

「“我が欲へアルケミア”っと」

 体内に骨が2重で生えている感覚。その内の1本が変形するような感覚に顔を顰める。手首の深い切り込みから銀色の金属が覗く。指先で摘まんだそれが肉や神経を傷付けないように適宜形を作り替えながら動かし、最後は一気に引き抜いた。

「あー……、イッて……」

 渋面を作りながら手首から流れる血を払う。手の中に入っていた銀色を見る。以前見た時は太陽光を反射して光っていたのに、今は紅色に彩られ、精巧だったナメクジの彫り物は潰れて真っ平らになっていた。

「シルバーアクセのブレスレット。あんたに拉致られた時、買っ――てはないな。金払ってないわ」

「万引きじゃねぇか……」

「あんたのせいなんだよな~!」

 偶然付けていたブレスレットを未“我が欲へアルケミア”を使って咄嗟に手の内側に埋め込んだ。人面鳥ハルピュイアのサイボーグ化による骨格強化と同じようなものだ。

 ベルト程度なら勢いよく尖らせた先端で切る事が出来、殴る際にはガントレットとして拳の威力を上げることができる。

「俺の奥の手、若しくは手の奥ってやつだ。文字通り」

 俺は竜だからな。蛇とは違って手足があるんだ。

 難点と言えば人体改造に関しては素人が急ピッチでやった為、少し動かすだけでも腕全体に響く様に痛むこと。あと手が元の大きさよりも一回り大きく、固くなっているので触ればわかること。

 まぁ、意識が朦朧としている中、上手くやったもんだ。とはいえ、忍ばせた武器での不意打ちだ。大上段から余裕勝ち、とは言えないが。

 後でさっきの露店探してみよう。きっちり代金払わなければ。これのおかげで勝てたのだから。

 元シルバーブレスレットの残骸を放り捨てる。大蛇サーペントの目の前に落ち、カランと涼やかな音を立てた。

 大蛇サーペントが苦々しい溜息を吐き出す。

「て、めぇは本当に、油断のならねぇ奴だよ……」

「どうもぉ」

 賞賛を絞り出した口元。その下にある顎を蹴っ飛ばした。

 顎を揺らされた大蛇サーペントの黒目がぐるんと上を向いた。白目を剥いたのを確認し、深々と息を吐く。

「おつかれ~。凄いね。サイボーグまで抑えてんの?」

「おう。ありがとよ。言ったろ?男の子は武器とか大体好きだって。サイボーグもな」

「……過言では?」

「ククッ。そうかもな」

 のんびり寄って来た閃架に軽く手を挙げて応える。それを見た閃架が体を伸ばしたので、掌の位置を固定した。ハイタッチ。内部に激痛が走って、思わず小さく悲鳴が漏れた。

「ヤベッ、大丈夫?」

「だいじょぶだいじょぶ」

 血で染まった右腕をひらひらと動かす。動きに合わせてぼたぼたと血が垂れた。

「そ?確かに筋とかは傷ついてないっぽいね」

「え、透視とかできんの?」

「透視はできないけど、人よりは随分詳しく視えるからね。それで推測してんの」

 “鬼眼”が入切オンオフ可能かは知らないが、強弱ハイロウは可能らしい。ラピスラズリの色が深みを増した。その表情は薄っすらとにやにや笑っている。その顔を見て、お、と眉を上げた。良いね。心配でしょぼくれた顔をされるよりも全然良い。どうぞ扱き使ってくれ。俺はもう、あんたの隣に居座る覚悟を決めた。

 口角を上げながら、閃架の頭を撫で――ぐいっ、と頭頂部を引っ張って閃架に無理矢理俺の顔を見上げさせた。

「おんぎゃ」

「んじゃ、次はあんたが説明する番な」

 安心した猫のように細められていた目にはてなマークが浮かぶ。その碧色を覗き込んだ。

「どうして来た?」

「んえぇ、」

 強制的に伸ばされた喉で喋りにくそうに呻いている頭を解放する。喉をさすった閃架がぎゅっ、と中心に全てのパーツが集まる様に顔を顰めた。

「どうして、って言われても……」

「ボディーガードの為に護衛対象が死んだら元も子もないだろうが」

「でも生きてたよ」

「最低ラインだよアホ。腕折れてんだからマイナスだバカ」

「……嫌だった?」

「感情論の話はしてないんだよなぁ」

 閃架の隣で、彼女の望みを叶える覚悟は決めたけれど、だからこそ、今の内に釘を刺しておかなければ。俺を庇って閃架が死んでしまったら悔んでも悔やみきれない。

 頭頂に手を置きぐりぐりと回す。前なら振り払われていたのにされるがままだ。心理的距離が近くなったからなのか、それとも凹んでるだけか。……後者だな。

 腕を止めて溜息を吐く。閃架が小さく肩を震わせ、恐る恐る瞼が開いた。

「いや、だって――ぇ?」

 俺の機嫌を伺うような上目遣いが、限界まで零れ落ちそうな程見開かれた。

 異様な表情に声を掛けるよりも速く、何か言おうと薄く開いていた唇が無意味に開閉する。かと思えばだらだと血が溢れた。

 ――ハ?

 突如起きた変化に頭が付いていかない。くらりと閃架の体が傾いだ。何も考えられないまま一歩踏み出す。支えようと伸ばした腕が届くよりも速く、腹を異物が貫いた。

 衝撃。灼熱。

「ゴボッ」

 口から血の泡が溢れ落ちる。

 倒れ込んできた閃架を抱き留める。彼女の背後を覗き込んだ。彼女の背中から豪奢な柄が生えている。

 瘦身を貫いたブロードソードが俺の腹に深々と突き刺さっていた。

 現実を認識したことで、一拍遅れて激しく痛みを訴え始める。驚愕に固まる視界の中、勿体ぶった、優雅ささえ感じる動きで臓腑を貫いていた刃がずるりと抜けていく。

 傾いた閃架の身体が受け止め切れず、一緒になって倒れ込む。

 呼吸のおかしい閃架の身体を引き寄せた。薄く瞼は開いているが。徐々に消えていく光に思考が凍っていく。足りない酸素を補いたくて、浅い呼吸を必死で繰り返した。自分の呼吸音がやたらと頭蓋に響く。弱くなっていく筈の心臓が、一層激しく胸骨を叩く。

 表情に会いたくなかった、と隠すこと無く表しながら、耳鳴りが突き刺す頭をゆっくりと持ち上げた。

 舞台袖から堂々と、スポットライトの中心に躍り出る足取りのシルエット。

 ギリ、と奥歯を噛み締めれば口内で血の味が強く香った。

「態々、何しに来てんすか」

「それは勿論!君達のことが心配だからに決まっているだろう!」

「あ~~~~~……」

 うっぜ~~~~~~~。

 地獄の底から響くような声を垂れ流しながら、重い頭を重力に従い地面に付ける。視線だけ動かしてやたらと輝く姿を見上げた。

 汚れ1つ無い真っ白なスーツ。胸に挿した赤。女を惹きつける為にわざわざ作られたような泣き黒子。絢爛な金髪ブロンドピアスタグに嵌め込まれた青い石を薄暗い中輝かせ、悠々と歩く。舞台の2枚目俳優さながら、気障な仕草が似合う優男。スーツの下にはもう一輪の薔薇が刻まれ咲いている。

 心配、ねぇ……。

「俺が余計な事をしでかすんじゃないか、って心配か?」

「おいおい、ボクの事を随分薄情だと思っているようだなぁ。悲しいじゃあないか。自分の団員に信じられて居ないなんて。なんてことだ」

 天に向かって大きく手を広げたかと思えば、クイッと小洒落たハットを大きく下げて目元を隠す。芝居がかった、というよりも芝居そのものの仕草にヂッと聞こえる音で舌を打つ。

 “Fictional”団長“幻獣イマジナリーモンスター。――やたらと大げさな仕草で格好つける、いっそ滑稽にさえ見えるこの男が”箱外”最大規模傭兵集団のトップだ。要するに俺の3日前までの上司である。

 ふっ、と架空の涙を拭う幻獣イマジナリーモンスターをシカトして、身体を起こそうと両手足に力を込めた。瞬間、薔薇を刻んだダガーが地面と手の甲を縫い付けた。

 ザッ、と顔から血の気が引く。

 出自不明なスポットライトと爽やかな風を伴い、歯を光らせ笑う男はただのナルシストというわけでは無い。自信に伴う実力がある。

 存在を空く存在イグジスト夢想幻想ワンダーファンタジー”。

 空想家にして空想化。

 浮世離れした二枚目は触れた物を現実から離してしまう。

 物理的な干渉を無効化し、なんでも通り抜ける状態に変化させる。ラベルカラーと能力の実情が見合わない、最たる例。やろうと思えばどんな防御もすり抜け、相手の内側に直接攻撃できる。

 俺の心臓を直で締め上げていたリボンもそうだ。俺の肉体を通り抜けられるリボンを体内に潜り込ませ、大蛇サーペント拘束愚バインド・オブ・エデンで心臓に巻き付けた。

 今思えば、トランクケースをパクって廃ビルから追われた時だって同じだろう。恐らく人面鳥ハルピュイアの武装で発信機を撃ち出された。存在を空かれた弾丸では撃たれても気が付かない。体内に撃ち込まれた。あの時の脊髄引っこ抜かれた感覚は閃架が発信機を引っこ抜いたものだったのだろう。

 腕の神経がそっくり抜かれたように力と感覚が抜ける。

 カクリと崩れ折れるその拍子にブツリ、と脳味噌の深いところで何かがキレた。

 ヤバい、腕どころじゃない。全身に力が入らない。

 “幻獣イマジナリーモンスター”の“存在異義レゾンデートル”とは関係ない。単純に俺の体に限界が来た。

 感覚は冴え渡っているのに体は自分のものではないみたいだ。指一つピクリとも動かせない。体中の蛇が巻き付いた跡が、胸に空いた穴が痛む。

 自分の体内で熱だけがぐるぐると渦巻いている。

「まぁその通りなのだが」

「え」

 トーンは変わらないのに一気に幻獣イマジナリーモンスターの熱が冷えた。あっさりと、ボクは自分を疑っています、と伝えてくる“幻獣イマジナリーモンスター”に視線を上げた。高々と振り上げられた豪奢な剣が目に入る。

 薔薇の蔓が巻きつく意匠があしらわれたガード。刀身に掘られた巧緻な茨の装飾が青銀に光る。まるで彼の為に誂えたられたように似合いの剣。俺の趣味ではない、実用よりも祭儀用のブロードソード。

 その刀身は俺と閃架の血で赤く塗れている。

「正直、状況が完璧にわかっているとは言い難いのだが。人間ヒューマン大蛇サーペントの言葉は話半分で、いや、半分も聞くなとは言われているし……。ただ、君がそこの女の子と合った途端“Fictional”の仕事を邪魔したのは事実だろう?いやはや全く、刺激的だな」

 “幻獣イマジナリーモンスター”がブロードソードの切っ先で閃架を指し示す。混ざった2人の血液が彼女の頬に落ち、紅い点を作った。

「だから取り敢えず、その女の子は殺す。そうすれば君が執着する者はなくなるだろう。その後君は――どうだろうか?このくらいの損害取り返せるよな?なんか今まで思っていたより強いし」

「取り返せたとしても取り返さねぇよ。些か短絡的に殺そうとし過ぎないか?俺はともかく、この女の子は値千金の存在だぞ」

「追い詰められた竜騎士ドラグーンの言うことも聞くなと人間ヒューマンに言われてるんだ」

 正しい。

 ぐっ、と唇を噛み締める。

 どうする。どうするどうする。

 思考だけが上滑りする。何も考えられない。ただ頭の中で煩いほどアラートが鳴る。

「さて、それでは、刺激的に死んでくれ!」

「待てッ」

 ――ふっざけんな!!

 ここで動けなければ俺の存在意義が無いだろーが!

 まるで勇者が姫に与えられたようなお約束ありきたりの剣が閃架の首に向かって振り上げられ――“幻獣イマジナリーモンスター”が首を傾げた。

「君、そんなに頑張るタイプだったか?」

 純粋な疑問を浮かべた瞳は俺を見ている。

 動かない両腕を垂らしながら、しかして足はしっかりと。

 “幻獣イマジナリーモンスター”の前に立ち塞がる。

 はぁ、と血の臭いのする息を吐き出して、前を見据えた。

「男子三日会わざれば、って言うだろうが。刺激的だろ?」

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