竜蛇の喰い合い③

▽▽▽▽

 ――あそこまでガッツリ改造したサイボーグ、神経まで繋げているから無理矢理外したら激痛が走る筈なんだが……。痛覚遮断改造済みか。脳神経弄るのは事故が多く、後々精神面に影響が出る事例もあるので止めた方が良いと思うんだけど。先輩は心配だ。

 相手の体重移動に合わせ、遠心力+全体重を乗せた後ろ回し蹴りが強制的に力の向きを制する。無理矢理軌道を変えられた拳に引っ張られ、人面鳥ハルピュイアがつんのめった。巨大な拳が地面を削る。

「調子に乗ったなぁ、後輩君」

 いくら武装が整おうとも、近接戦闘向きの体にしようとも、経験も技術も乏しいままだ。根本的にスナイパーから変わってない。それじゃあ前に出ても狩られるて仕舞いだぜ。

「強くなりたいなら、得た力を使いこなせるよう鍛えなきゃ」

 なんて。俺も人のこと言っている場合じゃないんだけどな。

 見上げる程だった頭部が眼前まで下りてくる。ひょい、っと、閃架の方に僅かに体を反らす。

「顎ってさぁ」

「オリゴー金属、148,5、73,5、10,2」

「おっし」

 機械音声のように早口で羅列される単語と数字が心地良い。

 半歩前に。丁度良い位置まで下がってきた顎を膝で蹴り上げた。

 膝に走った鈍痛に目を眇めながら口角を上げる。

 勢いよくカチ上げられた改造済みの頭部が頂点を越したところで、重そうにぐらりと揺れる。そのまま支えきれずに背後にひっくり返った。重量のある音。地面に転がっていた部品が振動で跳ね上がる。

「うわスゲ」

「どーも。いやぁ、俺等って案外相性良いんじゃない?」

「んひひ。だろうとも」

 材質、構造が分かれば急所もわかる。閃架のおかげだ。打てば響く返答も気持ちが良い。

 人面鳥ハルピュイアの改造には自動戦闘機能はない。どれだけ機械を混ぜようが根本は人間だ。脳を揺らせば気絶する。とはいえ、純人間に比べれば耐性も復帰も速いのだが。

 さて、手早くやっちまおう。

 重量のある巨体を蹴ってひっくり返す。脊髄を覆う装甲に触れた。全人工生体組織の大本、全神経に繋がるこれをしっちゃかめっちゃかにぶっ壊せば相手は死亡、良くて全身不随ってとこだろう。

「殺しちゃうの?」

「それを決めるのはあんただろ?マイマスター」

 ひょこり。俺の背後から顔を覗かせた閃架の肩に腕を回し、寄りかかる。押し退けるかと軽く体重を掛ければ逆に服の端を引かれた。促されるままに閃架に視線を向ける。ラピスラズリがこちらを視ていた。背筋が強ばる。

「アオの仲間なんでしょ。どうしたい?」

「仲間、ってぇわけじゃ……」

 言葉を濁す俺に閃架の瞳が細くなる。

 存在全てを映す、深く透き通った碧い瞳に思わずあー、と意味の無い音が漏れた。取り繕えれない。パッと開いた両手を掲げた。

 人面鳥ハルピュイアに対し、俺に思うところはなく、言う事もない。

「どっちでも良い」

 へらりと口角を上げながら本音を吐露する。

「強いて言うなら、あんたのしたいようにして欲しい」

 切っ先の様だった視線が瞬きと共に霧散した。呆れと緊張が細い息となって吐き出される。鏡の湖畔の様だった漣の立つ浅瀬に戻った。

「じゃ、殺さないで」

「イエッサー」

 頸椎の装甲ごと手足に繋がる配線のみ引き千切った。

 こうすると銃弾を弾く装甲も肩に付いている巨大砲門もただの重りだ。誰かに直して貰わなければ戦線復帰は出来ないだろう。

 よーし、これで漸く1人。アスファルトの擦れる音に片膝を付いた。

「“我が欲へアルケミア”」

 滑るように這ってきた鉄骨蛇の首根っこを床が、壁が、天井が捕まえた。よっこいしょ、と立ち上がり、パンパンと両手同士を叩き合わせ、砂を落とす。

 俺に合わせてしゃがんだ閃架が覗き込んできた。

「えと、こっからどうするの?」

「さぁてどうすっかなぁ」

「えぇ……。手伝う?」

「いやぁ――ぐえ、」

「ア、アオ――!」

 胴体に勢いよく巻き付いた“ナニカ”に引っ張られ、背後に吹っ飛んだ。

 ――正面から突っ込んできた鉄骨蛇は陽動か。

 身体には何も巻き付いているように見えない。ということは、まぁた、団長の異在道具オーパーツかよ!何をいくつ持たされてんだ!

 とはいえ残念ながら、もはや攻略不能ではない。閃鬼鬼眼が視れば鑑賞できる。

 下半身は動く。辺りに散らばる人面鳥ハルピュイアの装甲を蹴り上げた。巻き付かれないよう、ギリギリ逃した腕でキャッチする。

「“我が欲へアルケミア”」

 閃架に向かってちらりとアイコンタクトを送りながら、装甲で大ぶりのナイフを創り出す。

 肩を竦めた閃架が1度眼を瞑り、瞼を開いた。瞳の色に混ざって近くで見なければわからなかった刻印に、ネオンのように光が灯る。肌をビリビリと震わせる文字通りの眼力に口角を上げた。

 いやぁ、ありがたいな。

 締め付けられる感覚を目印に蛇に向かって装甲を突き立てた。

 切っ先が見えないけれど確かに存在する、確かに存在する様になった“何か”にぶつかり、しかし抵抗も音もなく阻まれた。

 ――あ?

 振るえる腕で上半身を支えた大蛇サーペントがゆっくりとした仕草で視線を向けてくる。二股の舌でねっとりと唇を舐め、にぃと歪に口角を吊り上げた。

 動揺している俺見て楽しそうにしやがってよぉ。テメェこそいつまで痺れてんだ。

 最早嬲るつもりは無く、切羽詰まって畳みかけてくる。喘いだ隙を待っていたかのように蛇の締め付けが強くなり、呼吸が詰まる。肺が空気を吐いた後の凹んだ状態から膨らませることができない。

 血も酸素も足りていないせいか、頭が働いていない。浅い呼吸を繰り返してもどんどん視界が狭くなる。

 “拘束愚バインド・オブ・エデン”はあくまで存在に巻きつく存在イグジスト。鉄骨で質量戦したりハンマーうねらせたりしてるのを見ていると疑わしくなってくるが、拘束はできても絞め殺すことは出来ない。が、胸に大穴が開いているなら話しは別だ。今の俺みたいに。

 致命傷と致命傷の掛け合わせ。

 巻きつかれることで死ななくても巻きつかれたことで死んでしまう。

 伸ばした指が見えない壁にぶつかる。揺らがない水面をひっかく感覚。指先が滑る。マジでなんだこれ。

「結界だね」

「結、界って――部屋隔絶用の……異在道具オーパーツ?」

 閃架の言葉に振り返る。

 右眼が興味深そうな偏光を湛えながらこちらを視ていた。

「それそれ。“ここには2人だけ。貴方はもう私しか見えない”のキャッチコピーでおなじみ、“ラッピー”だ」

「な、なに……?」

 なんだそのちょっとエッチな監禁モノのサブタイルにありそうな文言は。思わず息苦しさも吹っ飛んだんだが。フィクションだから許容

できるのであって、実物の監禁用アイテムに付けるな怖いから。

「座標指定じゃなくて範囲指定だから。その辺の空間を細長い形で包んだんでしょ。んで、それを蛇として操ってる」

「そ、れって、こわ、っせ、ないんだろ」

「そうだね」

「だ、よなぁ」

「ハッ、ハハッ。どうだよ。アオ」

 割って入った大蛇サーペント言葉に顔を顰める。相も変わらず、爬虫類染みた嫌らしい笑み。

「その呼、び方、止めろ」

「ヒヒッ。いやぁ妬けちまうよ本当に」

 どうするか、と考えて、どうしようもねぇなと諦めた。

 大蛇サーペントは膝に手を付きながらもゆっくりと立ち上がった。それでも痺れは残るらしく、細かい痙攣が続いている。

 今ならまだ、範囲攻撃なら当たる。

 せめて大蛇サーペントを、閃架の障害を、少しでも退けようと地面に手を伸ばす。部屋自体を創り変え押し潰そうと、冷えた指先を動かした。

 締め付けられた拍子にガクリと膝が崩れる。動きにくかったし、地面に触れられるなら丁度良いと重力に従って力を抜いた。

「ダメだよ」

「ぅぐっ」

 蛇とは違う圧迫感に呻き声を上げる。無遠慮に伸ばされた腕が俺の身体に回されていた。

 いつの間に近づいて来たのだろう。直ぐ後ろに閃架が居た。

 は、ちょっ、蛇。

 俺を伝って閃架に巻き付いちまう。

 背後から理矢理支抱きかかえようとしているが、小柄な少女の細腕では30cm違う上、筋肉質な男性を支えきれる筈もない。更に俺に巻きついた結界が邪魔で支えにくいのだろう。俺が振り返ろうと身を捩ったことで閃架の腕から簡単にすっぽ抜けた。

「あ」

「う゛」

 膝を付く前に落ちる身体を無理矢理支える。軋んだ関節に漏れる呻きを噛みしめた。大蛇サーペントの注意が俺に向いているからだろうか。蛇が閃架に絡みつく気配はない。

 それを良いことにえっちらおっちら俺の胴体を支えようとしている閃架に形だけ寄りかかる。丁度顔の高さが同じになる。

「ど、した」

「えっとさ。ギリギリの戦いで、泥臭く勝つのもカッコイイんだけど。そういうのは格上相手にやるから良いんだよ。恨みがある奴なら、若しくは恨みもない奴なら。ライバルなら、若しくはライバルでさえないのなら大上段からの方がカッコイイよ」

 まるでそれが当たり前のことだとでも言うように、無邪気な声が耳元で囁く。くすぐったくて目を細めた。揺れそうになる体を耐え、代わりに閃架に身を寄せた。

「……つまり?」

 見えないけれど、ニッ、と閃架の口角が上がったのがわかる。小さいが、何故か頼りがいのある手が俺の腕を取った。即先ナイフの切っ先が俺に――俺に巻き付く透明な膜に向けられた。

 閃架が短く息を吸い込む。

 朗々と、堂々と。

「背筋を伸ばして、胸を張って、前を見て。勝って」

 閃架の視ている世界が“鬼眼”を介し、現実へと書き出される。

 力の入っていない手に導かれ、吸い込まれるように手が動く。切っ先が俺の胸の上をなぞった。

 切っ先が薄く弛む膜に沈み込む感触は、サランラップに爪を沈み込ませるのに似ていた。

 そのまま滑らかに進み、俺の体を大きく袈裟斬りにしたあたりで、圧迫感がなくなった。

 息苦しさが消えた胸を大きく膨らます。ふ――っ、と細く長く息を吐いた。

「了解。あんたがそういうのなら」

 開放感に腕をグルグルと勢いよく回す。

 ところでこれ、種明かししてもらえるやつ?

「ふむ。大蛇サーペント、だっけ。も聞きたいかな?んじゃ、手早くやろう。この結界って全部がくっついてるって訳じゃないんだよ。どうやってこの部屋に入ったんだ、って疑問の答えにもなるんだけどさ。この結界は”存在を包む存在異義レゾンデートル”を元にした異在道具オーパーツ。空間を結界で包むんだ。切った野菜をラップで包んで空気に触れないようにするみたいにね。だから当然、切れ目がある。そこからなら破ることができるんだよ。ドンピシャでなぞらないと意味の無い、細い細い線なんだけどね。あたし鬼眼なら、それがわかる」

「はー、スッゲ」

 これ、鬼眼って情報収集、解析能力だけでも結構な価値あるな……。

「巻き付いた時、切れ目が切り易いところにあって運が良かったね。腹に接していたらどうしようもなかったよ」

「うわ、マジか。日頃の行いが良いからかな……。――さて、とういう話らしい。世界って広いよなぁ。この街来てよかったぜ。大蛇サーペントは?」

 適当なことを言いながら、閃架を押しのける様に1歩前に出る。睨みつけた先、ガクついていたのが嘘のように、しっかりと2本の足で、大蛇サーペントが立っていた。

「遅かったな。そんなに電流強かったか?」

「ハッ。最後の会話だからなぁ。待っててやったんだよ」

 ひょいっと、首を捻って見せれば大蛇サーペントが吐き捨てる様に嘲笑した。その勢いのまま、大蛇サーペントが勢いよく地面を蹴った。う~ん、元気いっぱいだ。

 瘦せ我慢、ではあるんだろうなぁ。ただ、同時にこの状況で痩せ我慢できる程度にはタフ、ということで。それは俺も同じだろう。

「つか、散々鬼眼に助けてもらっといて、偉そうにしてんじゃねぇよッ!」

「あんただって異在道具オーパーツ滅茶苦茶使ってんだろうがよぉ!」

 振り下ろされたハンマーに大刀を構える。ぶつかる直前うねった蛇に合わせて刀身を創り変えた。

 ガツンと重い手応え。得物を自在に操作できるのは大蛇サーペントの専売特許じゃない。寧ろ“存在異義レゾンデートル”の内容的には能力を派生された大蛇サーペントよりも俺の方が正統派だろう。

 交差する武器越しに大蛇サーペントに笑いかけるよりも速く、ハンマーが刀身に伸びる。

 あ、やべ。

 “我が欲へアルケミア”使用。巻き付かれるよりも速く刀身をひっこめる。ハンマーが空しく空気を抱きしめた。

 飛び退いて閃架まで大きく距離を取る。大蛇サーペントから視線を逸らさないまま、隣に立つ閃架に話しかけた。

「さっきはありがとよ。離れとけ」

「ん、わかった」

「ああ、あと」

 再度大蛇サーペントが突っ込んでくる。大刀の変形を駆使してハンマーの攻撃を捌きながらぱたぱたと距離を取る閃架に背中越しに声をかけた。

「取り合えずは“視”なくて良い」

「良いの?」

 閃架が怪訝そうに首を捻った。をりゃあ助けが無ければ死んでたやつがそんなこと言っても説得力はないわな。

「まぁ大丈夫だろ。閃架に煽られちまったし。大蛇サーペントに挑発されちまったし」

 ここで鬼眼に頼っちまったら、大上段で勝てないし、大蛇サーペントに馬鹿にされてしまう。

 閃架がこくん、と頷いたのが気配でわかった。多分真剣な顔をしてくれているんだろう。

「――わかった。頑張って」

「おう。頑張る」

 言いながら、ぶつかって来たハンマーを受け止めた。

「テメェッ俺のこと無視してんじゃ、ねぇっ」

「してないしてない。っていうかできないって」

 勢いを殺しきれず、背後に下がる。靴裏が地面に擦られ大きく削られた。

 パタパタ走る閃架の背中にヘッドが伸びる。伸ばした掌で受け止めた。衝撃を殺しつつ、巻き付かれる前に、至近距離での取り回しが良い様折り畳んだ棍棒で打ち上げる。跳ね上げられるハンマーの慣性に影響されることなく、大蛇サーペントの上半身が沈み込んだ。

「う、おっ」

 下からカチ上げられた拳にぎりぎりで身を反らす。僅かに空いた隙間に強引に差し込んだ靴裏でサーペントの体を押し出し、距離を取った。

「ッて――……」

 ハンマーを受けた掌を振る。罅くらいは入ったかも。大蛇サーペントが俺に蹴られた脇腹を鬱陶しそうに拭った。

 憤激と冷酷を混ぜた視線がチリチリと肌を焼く。へらりと軽薄に口角を上げた。

「と、言う訳で一騎打ちだ。いい加減、〆にしたいしな」

「何がと、いうわけでだよ。脈絡ねぇなぁ」

 そうイケずなこと言うなよ。いい加減あんたとサシでケリ付けたくて閃架に離れてもらったんだ。

 大蛇サーペントがくるりと回したハンマーで自分の肩を叩く。

 俺は棍棒を大刀に創り直した。

「いやぁもう竜騎士ドラグーン大蛇サーペント2人しかいないわけじゃん?」

「故に騎士らしく。どっちが勝っても恨みっこ無しってか?――いいぜ」

 爬虫類の瞳にチロリと歓喜の火が灯る。二股に割れた分かれた舌が唇を舐めた。

 冷たい鱗に絡みつかれたようでにゾクゾクと背筋が粟立つ。

 近所を散歩するような気負いのなさで、2人の間は自然に決まる。互いを知り尽くした、双方にとってベストな立ち位置。決闘シーンでお決まりな開始の合図も必要ない。組み手ならば何十回と熟してきた。

 身体の横で大刀を構え、上体を引き絞る。爪先で地面を抉り、飛び出した。

 鏡映しのように、大蛇サーペントが腕を振るう。

「く、た、ば、りやがれええええぇぇェェ――――!!!」

「テメェがなァッ!!!」

 米神を狙ったハンマーが。側頭を狙った大刀が。互いに唸りを上げ、空中で交差する。

 一瞬の競り合い。大刀が砕け散った。

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