竜蛇の喰い合い②

▽▽▽▽

 いや、えぇ……。

 目の前で急に元相棒が感電して、ざまぁみろ、とかよりも戸惑いの方が勝つ。

 閃架か?

 振り返れば人面鳥ハルピュイアを無理やり振り解いたらしい。閃架の片腕は関節が逆方向に折れ曲がり、不自然に膨らんでいる。反対側の腕は何かを投擲したように振り抜かれ、その掌からぽたぽたと黄色い液体が垂れていた。先ほどまで半ば浮いていた足が、地面に散らばるガラス片を踏んでいる。

 いや、いくら俺に注意が向いているとはいえ、戦闘用にモデライズされた馬力を振り解くなんて不可能だろ……。

 楽し気ながらもいつもしっかりと相手を測る右眼。碧い瞳が、輪郭を水に垂らしたインクのように溶かしている。


 “プリズム・ティア”。


 ”狂戦士製造薬”だとかいう、絶対にまともではないクスリが脳裏に浮かび、血の気が引く。

 いや、これは閃架にこんな事させた俺が悪いな……。

 倒れた大蛇サーペントの傍らには俺が捕まった時、未“我が欲へアルケミア”でメチャクチャに創り変えた携帯端末が落ちている。絶対盗聴器なりGPSなり入っているだろうと、閃架を遠ざける為に放棄したそれは黄色い液体に濡れ、細かい火花が爆ぜている。鉄と皮膚の焦げる臭いが漸くここまで届いてきた。

 “プリズム・ティア”と一緒に回収したパチモンポーションで壊れたバッテリーを放電状態、且つ電力増幅してんのか。

「アオ、任せた!」

「任せろ!」

 ぐるぐると思考を回す中、閃架の言葉に反射的に怒鳴り返す。ああ、そうだな。自己嫌悪や反省は後回しだ。俺の都合はどうでもいい。

 今が最大のチャンスだ。

 驚愕に緩めていた足を再度強く踏み込む。

 視界の端、閃架は人面鳥ハルピュイアに再度目元を掴まれ、引き戻されていた。

 顔を歪ませながらも、分厚い指の間から覗かせた目元を笑みの形に変え、俺に向かってぶんぶんと手を振っていた。う~ん、元気いっぱい。


 それにしても、だ。

 “プリズム・ティア”で多少ブースト、更にパチモンポーションで放電状態とはいえ、そこまでの威力は無いはずだ。――海千山千の傭兵が一発で倒れる程の威力は。

 ――今の“鬼眼”だよな。アスクレピオス、か?

 死人を生き返らせ、ゼウスの雷電の矢に撃ち抜かれたが、医術の腕前を讃えられ、へびつかい座として夜空に上げられたギリシャ神話の医神。

 笛の音で蛇を操る《インドの蛇使いっぽい》大蛇サーペントとギリシャ神話の医神を“へびつかい”というキーワードによって結び付け、大蛇サーペントをアスクレピオスに見立てると視ることで医神の死因を――大蛇サーペントに雷属性の遠距離攻撃という弱点を付与した。


 箱外の異在者イグジストは管理の為、自身の存在異義レゾンデートルの影響範囲をタグカラーで分けられる。下から紫、藍、青、緑、黄、橙、赤の7色。1番下の紫は目視による変化は無し、体質レベル。1番上の赤は非物質に対する影響だ。

 いくら何でも、と思い口にしなかった鬼眼に関する”都市伝説”。

 自分が視たいように世界を視る眼。存在そのものの改変能力。規格外の“空色クリアカラー”。

 彼女の机の上、神話やらオカルトやら無差別に積みあがった本を思い出した。あれら全てが閃架の素在か。

 畏怖を通り越して笑えてきた感情を置き去りに、弾避けに隆起させた壁を踏み台にして人面鳥ハルピュイアに跳びかかった。

「待たせたな!」

「待ってましんぶ!」

 閃架は顔面を顔の3倍くらいデカい手で掴まれながらバタバタと不格好に動かして抵抗している。狂戦士薬もそこまで強いものではないのだろうか。何よりだ。散々待たせといて何だが大人しくしていて欲しい。

 見据えた人面鳥ハルピュイアは人工骨格で様変わりしているが、こうして近くで見ると表情に面影があるな。

 人面鳥ハルピュイアの肩の装甲が開く。覗いたミサイルの砲門と機関銃の銃口に身を捩る。

「ほらよっと!」

 発射されたミサイルに向かって大蛇サーペントが割り砕いた地面の破片を投擲した。4つの内1つに命中する。触接信管に衝撃が伝わり、残りの3つも巻き込んで爆発した。爆風に煽れた銃弾がコースを外れ、俺の脇腹を掠めただけで背後に飛んでいく。至近の爆発に僅かにのけぞる人面鳥ハルピュイアの体に着地した。 

「念願のサイボーグ化おめでとう。初戦闘が俺とは、運が悪いな」

 ひたりと腕に埋め込まれた武装に指先で触れた。

 武器や兵器の構造、材質は一通り頭に入っている。それはサイボーグの人工生体も範囲内だ。

「“我が欲へアルケミア”」

 皮膚の表層から骨格まで。埋め込まれた人工生体が作り替えられる。金属同士のぶつかる甲高い音と共に前腕に埋め込まれた部品がガシャガシャと地面に転がった。同時に閃架の身体を地面に落ちる前に引っ張り上げる。

「悪い、遅くなった」

「ほんとにね」

 顔は笑っているものの、声は疲れきっている。言うなり支えを失ったようにへたり込んだ。その隣にしゃがみ込み、背中を摩る。

 麻薬のせいで痛覚は麻痺しているらしいんだが。薄らと掻いた汗に張り付いた前髪を払う。むずがゆそうに瞑っていた目が開いた。

 しっかりと此方を見返す瞳は徐々に輪郭を取り戻している。“プリズム・ティア”も抜けて来たらしい。後でちゃんとした対処は必要だろうが、取り敢えずの緊急性はない。

 安堵の息を吐いた俺の腕が強い力で掴まれる。ラピスラズリが得意げに輝いていた。

「ね、だから言ったでしょ。アオはもっと凄いって」

「……おー。流石の慧眼だな」

「んふ。でしょ」

 引っ付いてくる閃架の頭をガシガシと掻き混ぜる。掌の下からキャーキャーと楽し気な悲鳴が聞こえてきた 。

「“錬金術の女神アルケミア”。良い名前だね。綺麗だよ」

「光栄~」

 この無邪気な笑顔。その女神が自分であることバレてないんだろうな……。言わんとこ……。

 早々に言えない秘密が出来ちまったことに、ひっそりと苦笑しながら立ち上がろうとして、ぎゅ、と引かれて阻まれた。振り返ると閃架が俺の裾を握っている。

「お、何。今割と忙しいんすけど」

「そう言うなって、1個だけ。――欲しいものは見つかった?」

「……」

 軽やかに地面を蹴った。閃架の手から裾がすり抜け、くるりと体が回転する。踵を唸りを上げながら俺等に向かってくる金属腕に添えた。

「見りゃわかんだろ!」

「確かに!ギラついた顔してる!」

 閃架の、自分が満足してると言わんばかりの満面の笑みに向かって口角を上げる。強引に身体を回転させた。

 そのまま人面鳥ハルピュイアの拳を蹴り落とした。

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