竜の宝

▽▽▽▽

 椅子から転がり落ちる様にヘッドを避ける。頭の横ギリギリをハンマーが通り過ぎ、俺が拘束されていた椅子を叩き潰した。

 今まで破られたことのなかった拘束愚バインド・オブ・エデンが破られたことに大蛇サーペントが硬直する。その隙に立ち上がって体勢を整えた。

 勿論種も仕掛けもある。教えないが。

「キャー、アオ~!カッコイイよー!」

 空気を読まず飛んできた閃架の黄色い声援に口の端が引き吊った。

 余裕だなほんと……。焦燥感はおろか緊張感さえ感じられない。俺がピンチならお前は大ピンチって事だろうに。

「あー、もう。ちゃんと助けてやっから、大人しく待ってろよ……」 

「はーい。ゆっくりでいいぜ」

「いや――」

 しゃがんだ体勢から立ち上がりながら大蛇サーペントを蹴り上げた。

 ガン、と足に響いた固い感触に顔を顰める。ハンマーの柄で受け止められた。すぐさま跳び退り、そのまま回れ右して閃架に向かって駆け出した。


「――直ぐに助ける」


「チッ、オイ」

「はっ、ハイ!」

 人面鳥ハルピュイアが此方に向かって腕を上げた。ゴツい装甲に覆われていた腕が変形する。向けられたガトリングの銃口に地面を蹴った。

「おいおい竜騎士ドラグーン!寂しいじゃねぇか!俺よりもそのポンコツの方が良いってのか!」

「オメーが誑かして改造させたんだろーが!」

「い、いえポンコツ、というわけでは……。それに自、分で選んだことですし」

 大蛇サーペントと怒鳴りながら人面鳥ハルピュイアの腕先に指された瞬間、壁、天井へと飛び移る。おろおろと飛んできた反論は双方無視だ。

 煽り合いでのポンコツ発言はともかくとして、サイボーグ化が人面鳥ハルピュイアの足を引っ張っているのは事実だ。サイボーグ化によって加えられたオートエイムに引きずられて、動く俺から照準が半歩ズレている。こちらも人間よりもプログラムの方が予測を立て易い。新しく家電を買った時とか、今までになかった機能を使ってみたくなるよな。わかるわかる。でも今は切った方が良いぞ。教えてやらんが。

 飛んでくる弾丸を三角飛びで躱しながら回避する。スピードは十分だ。足りないのは閃架を奪う為の隙だ。

 跳躍。空中に身を躍らせてる間にスニーカーを踵までずり落す。壁に着地した足をクッション兼軸足に、振りかぶった足を蹴り出した。脱げ掛けだったスニーカーが人面鳥ハルピュイアの顔面に向かってすっ飛んで行く。一緒に脱げた靴下がべしょりと落ちた。

 勢いよくすっ飛んでいったスニーカーを人面鳥ハルピュイアが払った。弾幕が、途切れる。

 その隙に、真っ直ぐに、閃架へと――。

 伸ばした腕を塞ぐように一つの影が躍り出る。

 舌打ち。突っ込んでいた体勢を変更。彼の顔面を狙って蹴り上げた。

 振り上げた肉の脛に鉄の棒が深く食い込む。

 ハンマーの柄と競り合いながら溜息交じりに声を漏らした。

「やっぱテメェが止めに来るよなぁ。大蛇サーペント

「ああ、当然だろう?」

 かけっこならは俺の方が速いとはいえ、そりゃ弾幕を潜り抜けながらだと待ち伏せされるわな。

 獲物を定めた蛇のように歪んだ笑み。大蛇サーペントがハンマーをより強く押し込む。骨と鉄がぶつかる感触に眉を寄せた。

「随分と必死じゃねぇか。寂しいなぁ。おい相棒。俺と組んでた時はそんなことなかったじゃねぇか」

「なぁにが相棒だよ。白々しい」

「先に裏切ったのはそっちだろ」と口の中で転がす。いやいや恨んでねぇよ。おかげさまで嫌いじゃない出会いがあったんだ。

「我らが“Fictional”きってのエリート様がまさかこんな女に現を抜かしてるなんてなぁ。モテモテだったお前が随分と必死じゃねーか」

「何だ羨ましかったのか?言ってくれりゃぁ紹介ぐらいはしてやったのに」

 下卑た笑みに挑発で返す。加えられた力の動きに合わせ、ハンマーを脇に流す。地面を叩いた途端ヘッドが顔面目掛けて跳ね上げられるのに合わせ、身体を反らした。掠った鼻先にピリッと焼けるような痛みが走る。

 大蛇サーペントの性格上、いきなり閃架人質を盾にしてくることはないだろう。まずは俺を無力化した後、眼前で嬲る。ならば閃架その前に助け出す。

 とはいえ、このままでは攻めきれない。人面鳥ハルピュイアの腕が再度此方を向いた。ハンマーの追撃も来る。一度離脱をし、ぃ、ガッ、


 心臓直で絞め付けられる感覚に呼吸が止まる。強烈な違和感と痛みに前のめりに倒れ、大蛇サーペントの足にぶつかった。頭を小突いて退かされたと思えば、振り上げられた足が勢いよく、俺の頭に落ちてくる。

「俺としてもテメェと比べりゃ人面鳥ハルピュイアの方が良いがなぁ」

 踵で抉るように踏み躙られ、砂を舐める。酸素を吸おうと開いた口に力が入らず、だらだらと涎が垂れた。

 あ゛ぁ、ぐッそ。

「どうしたどうした。さっきまであんなに威勢が良かったじゃねぇかよぉ!」

「はっ、テメェこっ、そ、いぐづ、持たされ、てんだ。はっ、随分と、過保護にされてんじゃっ、ねぇがッアァ、ぐ」

 踏み潰された上体を大蛇サーペントの足ごと持ち上げる。が、強くなった心臓の締め付けに崩れ落ちた。

 霞む意識を必死で繋ぎ止める。閉じそうになる眼をこじ開け大蛇サーペントの顔を睨み付ける。――もっとだ、もっと油断しろ。至近距離の今なら、一発逆転が狙え――「アオ~~!」

 ただ一人が呼ぶ名が、場違いな明るさで響く。にこーっと向日葵みたいに笑った閃架がぶんぶんと自由な手を大きく振っている。人を見下しがちな大蛇サーペントどころかやたらと弱気な人面鳥ハルピュイアにすら「何だコイツ……」と胡乱な目で見られている。多分俺も同じ視線を向け、ようとして、その表情に僅かに混ざった弱気に気づいてしまった。


「君の我儘が聞きたいな!」


 多分閃架も無意識なのだろう。明るさの中にも申し訳なさとか、心配とかが混ざった廃ビルで見たのと同じ顔。その顔を見た途端、俺の中の欲が顔を出す。もう我が身の可愛さも、また騙されるかもという疑心も、どうでもいい。

 俺が彼女に向けて抱いていた好意が自身の欲へと形を変えていく。


 ――彼女の隣に選ばれたい。


 心臓の違和感が引いていく。

 頭も五感も冴え渡る。

 足りなかった部品が嵌め込まれる感覚と共に、刻印が鮮やかに刻み直される。


 良いだろう。彼女の望みを叶えよう。


 完成図は鮮明に。かつ詳細に。

 自分の奥から沸き上がる衝動を言葉として編み直し、流し続ける。


 俺の雰囲気の変化に気が付いたのか。それとも力の奔流を感じたのか。ギョッとした大蛇サーペントが俺の頭に向けてハンマーを振り下ろした。

 それさえも意識の外だ。先ほどの諦めとは違い、眼中に無いという意味合いで。


 材料指定――“コンクリート”。

 設計図面――描画完成。

 製作工程――想像代行。

 ――現実創造。


 俺が作ったミートソースバスタを美味そうに食べながらされたアドバイスを思い出す。

 俺がどんな“存在”か。どんな”存在イグジスト”になりたいか。自分の欲に正直に。

 事実だけではなく、少しの希望も込めて。

 自身の価値を、意味を――今、此処で、決める!


 存在を創る存在イグジスト――

「“我が欲へアルケミア”――!」

「がっ――!」

 

 鎖骨に刻まれた刻印から腕、指先まで張り巡らせた神経から力が床に流れ込み、形を変える。勢いよく隆起したコンクリートがハンマーを振り下ろす大蛇サーペントの鳩尾にめり込み、吹き飛ばした。

「ハッ、ハハッ!」

 スピード、質量、全てにおいて最高傑作。実戦で使用に足る影響規模。

「成程なぁ。“カラー”を鼻にかけている奴なんぞ、本質が見えてない馬鹿だと思っていたが――」

 一度大きく創り変えた反動で、アドレナリンが切れたらしい。帰って来た心臓の痛みに手汗が滲む掌を地面に叩き付けた。ぐっ、と四肢に力を込める。

「“我が欲へアルケミア”――実際上がると悪くない」

「ヒュ、ヒュ――ッ!」

 俺の腕を引っ掛けながら隆起する地面に寄り掛かり、身体を起こす。

 手が片方使えないから閃架がはしゃいだ声と共に遮二無二に太ももを叩いている。

 万雷の称賛よりも価値あるそれに柱に回した腕でピースサインを向け「テメェッ!」た。

 怒鳴り声に視線を向ける。拳で地面を殴りつけ、憎悪を込めた瞳で俺を睨みつけてくる大蛇サーペントと眼があった。

「テメェッ!”異在者イグジスト”かっ!」

「Yeah!!」

 絶叫染みたその声に閃架よろしくペッカーとした笑顔を返す。上げた大声が心臓に響いて何度も咳き込んだ。アブね。うっかり倒れるとこだった。

「“タグ付き”になるのが面倒で隠してたからなぁ。知らなかったろ?」

「テメェ、陰でオレのこと嘲笑ってやがったのか……」

「いや、別にそんなことはないが」

 今まで実戦で使えなかったのだし。使いまくっていた大蛇サーペントが羨ましく思うことは、まぁ、特になかったが。困ることもなかったし。

 大蛇サーペントは既に俺の言葉に聞く耳など持っていない。俺に向かって翳した手を軽く指を曲げながら捻った。

「イ゛、ぎ」

 心臓が、締め潰される。

 足が震える。ぐらりと揺れた体を支えに凭れかからせる。

 う~ん。これはヤバいな。必死ではなくとも致死の攻撃。必ず殺す技ではなく、必ず殺す為の技。ちょっとまともに動けないから、次の攻撃が避けられない。

 巻き付き、動きを鈍らせ、ハンマーによる一撃を確実に当てる。相変わらずの必殺コンボだ。

 ――だけれど。悪いな大蛇サーペント。今回はまだ俺が――俺達が驚かせる番だ。

「なぁ?閃架」

 口角を上げた拍子に米神に汗が伝う。

 視界の先、閃架がブン、っと勢いよく頭を振った。人面鳥ハルピュイアに殴られたのか、フレームが歪み、大きくズレていた眼鏡が地面に落ちる。

 帯状の眼帯が左半分を覆い隠す、未だ素顔とは程遠い顔をゆっくりと上げた。


 ブルーライトカットレンズの色で隠れていた瞳に刻まれた幾何学的な刻印。

深い青藍の中、眼の覚める様なネオンが無機質に脈を打つ。

 万華鏡の様に、彩々な光がチラつくラピスラズリ。


 へらりとした情けない笑みとも、闇雲に明るい笑みとも、愉悦を面白がっている笑みとも違う。ロイヤルストレートフラッシュ勝ち確カードを見せびらかすように。

 にんまりと引き結ばれた口を、開く。


「視ているよ」

 まるで神の宣託だな。なんて、閃架は良い顔しないだろうが。


 ――“異在者イグジスト”。

 ――存在を視る“眼”

 ――「“興味ない”んだよね」


 鬼眼についてつまらなそうに話していた閃架の声が頭の中でリフレインする。

 そりゃ自分の右眼孔に嵌ってんだもんなぁ。今更調べることもないだろう。


 立ち上がったのはこちらの方が動き易いから、というわけではない。前のめりに倒れてしまったもんだから、心臓が見えなかったから。

 尖らせたコンクリート片を胸に向けた。

「あ?」と訝し気に眉を寄せる大蛇サーペントに微笑んで、一度大きく深呼吸。軋む心臓に向かって突き刺した。

「――あぁ?」

「おー!」

 大蛇サーペントからは自殺したようにでも見えているのだろうか。俺が自死するタイプじゃない、ってのは知っているからガチで困惑している。中々愉快だ。ところでなんで味方の方が死にかける俺に嬉しそうにしているんだろう。

 霞む思考をだらだら流しながら、指先で体内を探る。いや、キッツ……。これこのまま死ぬんじゃねぇの。

 ん゛と咽せた拍子にコポリと口から血が零れた。気管でも傷つけたかな。

「アオー」

「お゛ぅ」

「もうちょっと奥」

「ぐぇ」

「は、はっ?テメェ等まさか!」


 ――もし本当に全てを“視る”ことができるのなら、全て存在するある、っていうのとイコールかも。


 指先が、滑らかな曲線を探り当てる。

 今までに無く締め付けられる感触がクリアになる。鱗の1枚1枚が心臓を這う感触までがよくわかった。閃架が“視て”いるせいで存在が確かなものに強化されているからだろうか。

 ここまでしっかりわかれば掴むのだって難しくない。得体の知れない存在モンに心筋直撫でされる感覚はめちゃくちゃ気持ち悪いけれど。

 背筋が粟立つ。抜けそうになる手足に無理矢理力を込めた。

「ぐ、う、あ゛、ああぁ」

「――人面鳥ハルピュイア!眼だ!塞げ!」

 閃架の“鬼眼”に勘付いたのだろう。大蛇サーペントが声を荒げる。流石察しが良い。だけれど一歩遅かったな。武装されたグローブみたいな掌が碧い瞳を覆うよりも速く、心臓に巻き付くリボンにコンクリート片を突き刺す。

「あ゛あ゛ああぁぁッ!」

 そのまま切断したリボン《蛇》を無理矢理に引っこ抜いた。

「お゛ぇ」

 体内から異物が抜ける感触が嘔吐に似て、肩で息をしながら大きく嘔吐く。

 いやはやドキドキしたぜ。これで失敗したらちょっと恥ずかしかった所だ。っていうか普通に死んでた。

 口内に溜まった血を吐き出し、ぼたぼたと垂れる涎を啜った。抜く前も大変なら抜く時も抜いた後も大変だ。

 手の甲で口元を拭う。大きく息をして呼吸を整えながら掌の中、俺の血で汚れた黒い蛇を見た。

 存在を空かれているので物理干渉無効の筈だが――。よっ、と。

 地面に落とし、頭部を踏み潰す。ぐちゃだかぐちゅだか粘っこい音を立てて黒い蛇が爆ぜた。

「うおっ、こんなんなるんだ」

 派手に飛び散った固体だか液体だかよく分からないもんから慌てて足をどける。いや、これ見たことあるな。

 碧い眼球に引きずられる様に強烈な既視感を覚える。未だ全てを思い出したわけではないけれど。破壊シーンを見るのは多分2回目だ。

 ハッキリと思い出したわけではない。ああ、でも、どうりで、なんとかなるという確証があったわけだ。

 汚れを拭う為に何度か靴を地面に擦り合わせ、顔を上げる。サーペントの無邪気に丸い瞳と目が合った。おお、良い顔するじゃん。そんなに開くんだなその瞳。

 そうだよなぁ。お前だって我等が敬愛すべき団長殿の“存在異義レゾンデートル”が破られるところを見るのは初めてだよなぁ。

 “視認”による存在力のそのものの強化、か。なるほどね。

 仕切り直したくて、もしくは仕切り直して欲しくて手を叩いた。乾いた良い音が狭い空間に響く。プラ、と掌を垂らした。

「さて、と。これで改めてイーブン、ってところでどうだ?」

 俺はサーペントの手の内わかってて、サーペントは俺の存在異義レゾンデートルについて初見ではあるけれど。そこはほら。俺は結構痛めつけられているし、現相棒はとっ捕まってるので相殺ってことで。つか、いい加減閃架助けないとな……。

 “鬼眼”のことは相手にももう割れている。さっきみたいに易々と使わせてはくれないだろう。まぁ何ができるのかぶっちゃけ、よくわかってないし、別に良い。代わり閃架の最低限の安全は保障されているだから。

 ”鬼眼”は現状唯一他人に移植ができる“存在異義レゾンデートル”だ。能力自体も強力だし、潰すのは敵だろうと惜しい。閃架自身は簡単に無力化できるし、実際できている。摘出には医術が必要な為、少なくとも命と眼球は直ぐには潰されない。――手足落とされてダルマにされる可能性はあるけれど。

 と、そんな内心の焦りと心配はおくびにも出さず。

「んじゃ、もう言わせてもらって良いのかな」

 余裕気な態度で上体を倒して床に触れる。

 地面のコンクリートを取っ払い、露わになった鉄骨を作り替える。生み出した柄を掴み、ゆっくりと引き抜いた。

 粗削りなそれに、力を流し続け、形を整え、即興で研ぎ上げる。

 出来上がった大刀を大きく振り、肩に担いだ。あー、ずっしりと来るこの感じ。いつも使っている大刀には大きく劣るが無いよりマシだ。

 肩を竦めて首を傾げて口角を上げて、胸を張って堂々と。

「これからだ」

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