鎌首を擡げる

▽▽▽▽

 驚愕に見開いた目が閃架から離せない。吸いつけられるように、閃架だけが周りからハッキリとして見える。

 この事態を予想できていたものはいないだろう。突然の闖入者に全員が混乱している。

 いや、1人だけこうなることをわかっていた奴が居る。それにしては随分と間抜けな姿だが。

「オイ、なんだお前は」

「やぁアオ」

 そんなわけが無いのに、声を荒げる大蛇サーペントが見えていない様子で閃架が左手を小さく上げた。

 ちょっと申し訳無さそうに眉を下げながらも厄介事の渦中にいる興奮と、面白い物が見られるのではないかという期待に輝く瞳に、呆けたまま焦点が合う。

 ――あの笑みから、申し訳なさが消えれば良い。ただ、面白そうなことに脇目も振らずに突っ込んで行ければ良いとそう思った。彼女を邪魔しようと刃が向かなければ良いと。そう思った。

「えー、あ、ん゛ん、さ、先、先程の音はこの方が。ぅ、こ、小瓶を地面に叩付け、音、と、光を。出しました。け、結界に何かの干渉は行われた様ではあるのですが詳細は不明です。全センサーにて索敵したところ伏兵は無し。戦闘能力も恐らく皆無。現在拘束しております」

「は?何がしたかったんだそいつ?」

「さ、さあ?」

 SF漫画の化け物サイボーグたどたどしく首を捻る。

 始めはどもってばかりだったのに、徐々に滑らかになる話し方。見た目に似合わず弱気な態度に思い当たる人物があった。

 我等が後輩“人面鳥ハルピュイア”。さっき重火器の話で大蛇サーペントが微妙な反応をしていたのはこのせいか。また随分弄ったもんだ。細腕でも使える重火器を手に入れたのはではなく、重火器を使えるガタイの方を手に入れた、ってわけか。

 ひょろい好青年の見た目からは顔から骨格、全てが変わっている。体積2倍くらいあるぞ。

 心の中で小さく舌打ちして、ちろりと大蛇サーペントに視線を向けた。予想して居なかった音と乱入者による混乱から頭が冷えた大蛇サーペントが閃架を睨む。爬虫類の温度のない目で、全身に巻きつくような動きで、頭の先から爪先まで。

 ヤバい。注意をこちらに向けなければ。

「――は、人面鳥ハルピュイアが俺の代わり?あんたの新しいバディか?随分思い切ったじゃん。マッチョな男になりたいと言ってなかったか?良いのか?人体改造なんてズルじゃねぇの?確かに文字通りの鋼の体ではあるけどよ」

「ちっげぇよ。さしあたっての取り敢えず、だ。団長殿もこいつが此処に居ること知らねぇしなぁ」

「無断で連れ出したのか?この街に?挙げ句重度の身体改造って……貴重な狙撃手だろ何やってんだ……」

「本人の意思だからなぁ。外野がごちゃごちゃ言うことじゃねぇだろ」

「お前が口八丁で誑かしたんだろどうぜ。この街だと人体改造できることを出しにして。怒られるぞ」

「俺よりもあいつの方が怒られるから良いんだよ。団長殿はうざったくはあるが口うるさくはねぇしな。筋肉だの体格だのは遺伝も体質もある。本人が納得してるならちょっと弄るくらい別に良いじゃねぇか。誰もが鍛えれば筋骨隆々になれるわけじゃねぇんだからよ。――あんまり虐めてやんなよ、なぁ。いくら俺からあの女の子を護りたいと思ってもよぉ。それは八つ当たりってもんだろう」

 弾かれた様に大蛇サーペントを見上げてから、自分の間抜けっぷりを呪った。こんなに分かり易い反応をしたら「そうです」って言っているのと同じじゃないか。

 大蛇サーペントが待ち構えていた獲物が巣穴から顔を出すの見る様に、二股に別れた舌が嫌らしく三日月形の唇を舐めた。

「なぁ、お前、そんなにわかりやすかったか?」

 大蛇サーペントが俺の肩に肘を乗せて、体重を掛ける。一区切り一区切り紡がれる言葉が俺の体に纏わりつく。あぁ、自分でもそう思うよ。

 自ら近づくことは少なくとも、パーソナルスペースが狭い相手でも苦じゃない俺とは違い、大蛇サーペントが馴れ馴れしい態度を取るのは珍しい。初めてじゃないか。

 ――初めてのことというのは、悪いことの前触れだ。

 大蛇サーペントが俺の耳に口を寄せる。笑いを押し殺している息遣い。

「あれが、お前の、愛する人か?」

「違ぇってっ、言ってんだろ――ッ」

 囁き声に、ゾクリと背筋に寒気が走った。

 返した否定は掠れていて、自分の喉から出たとは思えなかった。ああ、また墓穴を掘った。

 伝わる気配で大蛇サーペントが笑みを深めたのがわかる。「やっぱりお前、腑抜けただろ」と慰めるように肩を優しく叩かれるのに合わせ、脳内に鳴り響く警鐘のボリュームが上がっていく。

「まっ、」

 身体を起こした大蛇サーペントに追いすがろうとしたが、拘束に引き戻され叶わない。俺に見せつける為、大蛇サーペントがゆっくりと閃架を振り返るのが止められない。

「――で、お前は?」

 閃架に向けて大蛇サーペントが口を開いた。害意と悪意が毒の様に小さい体に注がれる。

 ――ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ!

 ドッ、と心音が一気に上がる。頭に昇っていた血の気が一気に引いた。口を開けば開いただけ、閃架の責め苦が強くなるとわかれば、もう迂闊に口も開けない。

 キーン、と頭蓋の中で甲高い音が響く。膜が張ったよう聞こえにくくなる聴覚の中、サイボーグの肘関節が締まる、キリキリという音だけがクリアに聞こえる。いや、これは俺の心臓が軋む音かも。

 強くなった締め付けに閃架が一瞬眉を顰めた後、にっぱりと笑顔を浮かべた。深くも透き通るアウイナイトの右目が大蛇サーペントを貫く。

 無邪気が故にふてぶてしく。


「あたしはね、そこで捕まってる奴の、雇い主……仲――あ――。……身内、ってやつ、なのかな」


 そこは言い切れよ。格好悪いな。

 ――悪趣味で危機感の無い奇人の類だとは思っちゃいたが、そんなもんじゃない。希代の大馬鹿野郎じゃねぇか。

 かなり強いんだぞコイツ。これからお前は普通に犬死にして……いや、サーペント悪趣味・変態野郎に拷問の末嬲り殺されることになるんだぞ。俺は目の前でそれを見せつけられた後、それ以上に酷い目にあって、最後は顔面ぶん殴られて死ぬ。さっきサクッと死んだ方がマシだった。

 いや……もう――、ちゃんと策があるんだろうなぁ!そこまでの馬鹿とは思いたくねぇんだが!?


 内心が大荒れだ。呆れと怒りと疑心が渦巻いている。

 ああ、でも。それでも。――彼女に身内だと、彼女の内側に俺が存在すると言われた瞬間、俺の身を貫く様に深く深く刻み込まれた感覚は、きっと一生忘れない。


 ――あーぁ。全く、嫌になる。

 眼球の奥に、じんわりと熱を持つ。腹の奥で燻る衝動のまま口角を吊り上げた。ギラギラと紅く眩む視界で閃架を睨み付けた。

 ――何だよ。ふざけんなクソッタレ。満足してたのに。

 ――死ねない理由があるわけじゃない。今だって死んでも良いとは思っている。

 けれど。それでも。

 

 ――勿体なく思っちまったじゃねーか。

 

 拘束されている身を精一杯閃架に向かって乗り出した。彼女から目が離せない。そんな俺を冷めた瞳で見下ろしていた大蛇サーペントが、鷹揚な動きで閃架に視線を移した。今までに見ない程ドロ付いた視線に興奮に煮えたぎっていた腹底が冷える。

「成程?ドラグーンの仲間ということはオレの敵と言う事だな?――オイ」

「待っ――」

 大蛇サーペント人面鳥ハルピュイアに向けて顎をしゃくる。制止は当然ながら何の意味も無く、ボキンと呆気ない音が響いた。

「~~~――――っ」

 ガクンと閃架の身体が大きく跳ねた。寿命が来た家電が最後に唸る様な、不自然な挙動。声にならない悲鳴は彼女のものか、それとも――。

「――閃架っ!」

「うるっせぇなぁっ!」

 体を揺すったところで床に固定された椅子は動かない。それでもしつこく身体を揺らしていると怒鳴り声と共に振るわれたハンマーが腹にめり込んだ。上体を曲げ、激しく噎せ込む。不自然な呼吸の合間、閃架の名が何度も洩れ、口端から落ちる唾液と一緒に地面に落ちた。


「アオ」


 静かに、しかし確かに呼ばれた偽名にぼやけた頭を上げる。一発キツいのを食らったおかげか、逆に冷めてきた頭で閃架を見た。視線が合う。

 だらだらと脂汗を流し、紙のように青白くなった顔でへらっと力なく眉を下げながら、閃架が自由な手を上げた。


「悪いアオ。助けてくれ」


 ――マッ、ジで何しに来たんだコイツ!!!

 俺が今なすすべもなくぶん殴られてんの見てただろーが!そんな相手に助けを求めんじゃね――よ!!

 本当に何の策も無しに来たのか?冗談だろ?腕を傷めているとか折れているとか関係なく、マジで戦闘能力が無いのか?この街で情報屋なんざ自殺願望でもあるのか問い詰めたくなることをしていて?今までよく生きてこれたな!

 仕事部屋を見てわかったことだが”閃鬼”は元々正面からカチコミ仕掛けるようなタイプじゃない。トランクケースの件は俺という”戦える奴”が居たが故のイレギュラーだ。だから多分、“情報屋閃鬼”はマジで弱い。

 にも関わらず、無計画に修羅場に突っ込んで来て。助けに来たのかと思ったら助けを求めて。本当に、何やってんだか。こんな馬鹿、見捨てられても文句言えねぇぞ。


 ……は~ぁ全く。

 ……あ――、もう。

 あぁ――。


「――ああ!任せとけ!」


 握った拳に力を込めた。


「オイオイ、何言ってんだテメェ。この状況で勝てると、というかそもそも逃げられると思ってんのか?」

「さてな」

 冷めた目で見下してくる大蛇サーペントに向かって笑う。いつもの軽薄な笑みとは違う、絶対勝てない相手に腕を掴み上げられて尚ふてぶてしい、大馬鹿野郎の隣に相応しい笑みを。

 大蛇サーペントの瞼がピクリと引きつる。握り直したハンマーを振り上げた。

「そうかよ。まぁせいぜい適当ほざいてろ。テメェはここで――」

 なんだよ。随分と余裕がないな大蛇サーペント。まるで追い詰められているのは自分だとでも言うようじゃんか。

 対する俺は完全に開き直りながら落ちてくるハンマーを見上げている。小さく息を吸って、腕に力を込めた。


「潰れんだからなぁ!!」


 大蛇サーペントが振るうハンマーが俺の顔面を潰す、直前、ブチリという音共に拘束が解けた。

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