一方そのころ~碧い瞳に映るもの~

◆◆◆◆

 雑多な人通りに向かって目を凝らす。目当てのものは見つからない。強く瞑った後に、溜息と共に目を逸らした。

「……おっそいなぁ」

 ここを通ると予測していたんだけど。想定から2時間17分45秒過ぎている。1人待つには長い時間だ。変な意地張らずにアオと一緒に来れば良かったととっくの昔に後悔している。折角善意で言い出してくれたのに。

 あたしの予測はあくまで情報収集と演算によるものであり、存在異義レゾンデートルでもなんでもない。多少ズレることもある。特に今回は本人を視ることなく、この島への上陸情報、街に起きた事件など周囲の情報のみで相手の行動を推測している為、更に外れ易い。

 とはいえ今回はズレ過ぎだ。あたしの知らないトラブルでもあったのか。

「大抵のことなら足止めされないと思ったんだけどなぁ~」

 有名な傭兵団“Fictional”の一員であり、本人の名も知れている。イエローカラーの異在者エグジストという話だし。“外”での評価などこの街では簡単にひっくり返されるとはいえ、無意味ではない。

 少し迷って取り出したスマホをタップする。ロック画面に表示された時間よりも中心に表示されたバーナーに目を奪われた。

 アオに渡した携帯端末はプライバシーへの配慮としてこちらから位置情報は見れないようには設定した。ただし、例外として破壊された時はその限りではない。アオの拒絶を見逃さないようにしたかった。

 渡した携帯端末の最終位置情報が通知されているということは、アオが、自分で壊したということだろう。

「チッ」

 トラブルで壊れた、っていうことは……ないんだろうな。

 スマホをパーカーのポケットに仕舞い直す。

 彼の強さを思い出し、口の中で短く舌打ちをして目を瞑った。視界の情報処理分がなくなり、思考の容量が空いたからか、とりとめのないことが勝手に脳裏を駆け巡った。


 扉の鍵を交換、いや、あの家自体引っ越さなければ。

 依頼人にまだ会えていない。いや、必ず会う必要はないんだっけ。そもそもこの仕事を受ける理由は。

 食器も、家具も買う必要はなくなった。 仕事の予定を立て直さなして。今まで通りにすれば。危ない仕事は断って。


 面倒臭い。

 億劫だ。

 ――寂しい。


「あー……」

 道の端なのを良いことに、その場にしゃがみ込んで頭を抱え込む。

 

 ――わかッていたコトじゃン……。

 脳裏に流れた呆れ声に、苦し紛れに縋った幻聴に、うっそりと顔を上げた。

「そうだね……」

 深く考えることなく、一時の衝動で動いたあたしが悪い。おかげで要らないショックを受けたのみならず、我が身を危険に晒している。漸く自由に生きれるようになったばかりなのに。まったくもって我ながら、愚に愚を重ねた愚行だよ。

 溜息に紛れ込ませるように呟いて、再度スマホを取り出した。

 画面の四隅上下左右を規則性無く、のろのろとした手つきではあるが淀みなくタップする。次いで親指で画面にいくつもの線を引き、軽く押し込むようにして指を放した。

 フリー素材から拾ってきた猫のホーム画面から一転、研究所の様に無機質な画面に変わる。目の覚めるような白に目を細めた。

 まずは玄関が開錠できるよう登録していたアオの鍵を外す。次にタイトルのない、白い四角が青い線で四分割されたアイコンを叩いた。

 お得意様に以前報酬として作って貰ったニュース収集アプリを起動する。もう隠す必要もないか、とずっと邪魔だった眼鏡を外した。

 ディスプレイに映る下向きの矢印をタップした。細かい文字で埋まっていた画面が1画面0.2秒にも満たない速さでスクロールし始める。

〈飛走列車の爆破事件〉

〈危険指定カルト教団”レミアテッド教”による銀行強盗〉

〈”次世代宣戦”による同時多発テロ〉

 その他大小様々な規模な事件、事故がいくつも勢いよく下に流れていく。毎日が乱痴気騒ぎなこの街に相応しい記事を読んでいきながら膝に頬杖を突いた。

 まぁいつも通り。概ね平和の範囲内だ。調べた通りの依頼人ならこの程度に手を引くとは思えないのだが、――家、マジでどうすっかなぁ。

 いや違う。家のことは今は良い。そんなこと考えるつもりはなかった。

 取り敢えず簡単なことから済まそうと、依頼人に起こったトラブルを探ろうとしたんだった。とっちらかった思考に頭を振る。全然集中できない。なんかもうダメかも知れん。帰ろっかな。

 ぼう、と画面を見つめる。惰性でスクロールしていた親指が引き攣るように跳ねた後、止まった。

 先ほどまでの喪失による脱力とは違う、緊張がじわじわと脳を蝕み、思考を鈍くする。それでもパチリ、パチリと頭の中でパズルのピースが嵌め込まれる。

 冷え切っていた体温が上がる。呼吸は荒くなり、心臓が早鐘を打った。

 待て。待て、待て。

 落ち着け。期待するな。さっき後悔したばかりだろう。これ以上愚行を重ねるつもりか。


 細く長く息を吐きだして、眼鏡を掛け直す。逸る気持ちを抑え込んで、努めてゆっくりとホーム画面に戻り、白地に青い波紋のアイコンをタップした。

 もう見ないつもりだったのに。縋る気はなかったのに。もしかして、と期待することを止められない。

 アオの携帯端末が破壊された際の位置情報とそこまでの道程がマップに青く示された。

「ハハッ」

 ――あの野郎。

 あれだけのやり取りをしたにも関わらず、後を尾けられた怒り以上に喜びと安堵が沸き上がる。

 少し希望が見えただけでこれとは。我ながら現金なことだ。結局愚行を重ねている。

 ま、いいや。

 反動をつけて勢いよく立ち上がる。

 予定変更。まずはアオに渡した携帯端末を回収しなければ。

 踏み出そうとして、思い直してスマホを取り出した。

 くるくると親指を無意味に回す。落ち着きない動きに合わせてブックカバー型の蓋が揺れる。

 迷っている時間はない。どちらにしても結果がでるまで後悔するのだろう。

 ――ええい、ままよ。


 パーカーのポケットに荒々しく突っ込んだスマホにはアオの鍵で玄関が開けられることが映っていた。

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