食事が終わって
▽▽▽▽
「んあ」
「うん?どうしました?」
背後からした不明瞭で素っ頓狂な声に振り替える。
先程からチョコレートアイスを食べながら何やらスマホをいじっていた閃架が眉を寄せて画面を睨んでいた。半開きの口に引っ掛かるようにスプーンが辛うじて咥えられている。
あと一口程度になったアイスをじんわりと溶かしていく閃架に再度声を掛けながら蛇口を閉める。
「どうした。なんかトラブルでもありましたか」
「ん、いや、大したことじゃ……ないかな……うん」
画面を見つめながら歯切れの悪い閃架の言葉に片眉を上げる。最後のフォークとスプーンを洗い物籠に向かって纏めて放った。
カラカラと金属音を聞きながらピッと手を振り、水滴を払う。
「まぁ、それならいいですけれども。……そういえばそのトランクケースの中身、どうするんですか?」
胡乱な態度の閃架に一瞬どうしようかと迷いはしたものの聞き出すのも手間だと投げ出した。
閃架がトランクケースを指先で軽く叩いた。ポコンと間抜けな音。
「さっきクライアントに聞いたら欲しいってさ~。あげちゃう。……良いよね?」
「いや、俺に聞く必要なんてないでしょ。あんたがボスなんだから好きにすればいい。それでなんか問題起こったら俺に指示してくださいよ。……まぁあんだけ命懸けだったことを考えればちょっと勿体ない気もしますけどね」
「勿体なく思うようなもんなんてないよ。全部劣化コピー品だ。あってもどうせ使わないだろうし、だったら貸しにしちゃおって。ん――、うん。そうしよ」
不安そうに眉を下げ、唸っていた閃架が自身の決定を肯定するように一つ頷く。すっきりとした顔でアイスの最後の一口を平らげた。
「ごちそうさま~」
「はいお粗末様」
トランクを持って立ち上がった閃架に急いでタオルで手を拭う。俺の行動を見咎めた閃架が諫めるように目を細めた。
「ちょっと外出てくるだけだから着いてこなくて良いよ。そんな危ないところ行かないし、一人で大丈夫」
「……何処行くんです?」
「新しい仕事の依頼が来たんで依頼主とちょっと会ってくる」
閃架が捨てようとしている空のカップを受け取ろうとした手が止まった。
「お得意さん?」
「一見さん」
握りつぶしたカップをゴミ箱に捨てる。溶けたアイスが指を汚した。顔を顰めながら再度蛇口を捻る。
「それ絶対俺居た方がいいやつでしょう」
小さく会釈した閃架に頷きながらコーヒースプーンを洗う。それで、と促した。
「別に会って話すつもりはなくて……、とりあえず顔だけで見ておきたいな、と。場合によっては仕事を受ける前に身元を調べておきたいんだよね」
「と、なると俺が居ない方が目立たなくていい、と。大丈夫でしょ。距離取るし。俺上手いですよ、尾行とか」
洗い終わったスプーンを手慰みにくるくると回す。
「や、別にそういうことじゃなくて。っていうかそれ以前として――舐めらてるのは、気に食わない」
突如冷えた空気に回していたスプーンを止めた。ヒュッ、と喉から異音が鳴る。滑り落ちそうだったそれを慌てて持ち直した。
一瞬尖った碧い眼光が直ぐに解けた。気まずそうに視線を泳がせた閃架が頬を掻きつつもごもごと口を開いた。
「弱く見えるのは分かるけどさ。今までこの街でそれなりに生きてきたんだよ。そんな心配しなくても大丈夫」
「……まぁ、そうだな」
やばいな。怒らせたか。
今まで職場が職場だったからなぁ。あんまり
踏み込み過ぎた。過干渉だった。
我ながら常に無く、心配しているとは薄々自覚していたが。距離を見誤った。こんなことは初めてだ。護衛の仕事だってやったことはあったのに。
この小さくなつっこい女の子を軽んじたつもりは無かったんだけれど。自尊心を傷つけた。それでなくとも煩わしかっただろう。
これは俺が悪いな……。
スプーンを籠の中に入れる。テーブルを挟んで閃架の前に回り込み、するりと背筋を伸ばした。
「失礼しました」
頭を下げた俺に閃架が瞳を瞬かせた。薄く残っていた威圧感が完全に霧散する。動揺しているのか高速で瞬きを繰り返し、「あー」と口から無意味な音が漏れた。最後にギュ、と強く目を瞑った。
「一人で外出ぐらいできますー」
べー、と出された舌に苦笑を返す。俺自身に纏わせていた固い空気を解く。
確かに今までこの街で生きてきただけの事はある。文字通り“眼力”って感じだ。視線が、“眼”そのものが力を宿している感じ。
「ごめんな」
「ん、いいよ」
吐息と混ぜた謝罪に穏やかな受容が返ってくる。全身に覆い被さってくる倦怠感に従ってテーブルに手を付いてうなだれた。
「俺もどっか出かけようかな~」
「気分転換に?」
「気分転換にぃ」
お道化た声を出す閃架に視線を下げたまま手だけ上げて応じる。すぐに力なく机に落とした。
「閃架もう出ます?」
「ん、ドライヤーして着替えたらね。……着いてこないでね?」
「行きませんよ~」
「そ?」
俯いたままひらひらと手を振る。カチャリと直ぐ近くに置かれた金属音に視線をズラした。照明を反射して光る、無骨で不愛想な鍵に目を見張る。
「……防犯これだけ?無防備だなぁ」
「それ結構なテクノロジーでできてるんだよ。開けるときはこのつまみの部分に親指当ててね。指紋登録しといたから。鍵穴に差し込むとセンサー同士が反応してドアが開く様になってんの」
「へぇ~」
摘まんだ鍵を手の中で弄ぶ。冷たいそれにじんわりと体温が移っていく。
「……これ家の鍵だよね?」
「そうだけど」
「わー」
「あとこれもね~」
「おー」
テーブルの上に置かれた携帯端末を引き寄せる。とりあえず付けときました、って感じの単色のスマホケース。ストラップが引っ掛けられるナスカンがぶら下げられている。黒い画面をタップすれば電源が付いた。白い光に目を細める。
元々入っているアプリに混じって並ぶ、見知らぬ無名のアプリをタップした。表示されたパスワード入力画面が指を迷わせる。
「弊社の支給端末で~す」
「……どうもぉ」
……またいまいち信用出来ないもん渡されちまった。普通に考えたら、盗聴とかされてそうなもんだが。
でも、それなら、家の鍵は。
「何かあったら連絡してね。あとなんか夕飯買って帰って。なんでもいいから」
端末から視線を起こし、閃架を見上げた。注がれる視線がなんだが気まずい。再度くたりと机に上体を倒しながら力の抜けた手を上げる。
「はぁい」
鍵の上部に空いている穴にスマホのナスカンのフックをねじ込んだ。
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